第7話
「でましょうか」
「割り勘にしてくださいよ」
ミモザは強い口調で言う。
「はいはい」というように成田は手をひらひらさせた。
ドライブといってもふだん車に用のないミモザにはよく分からない。成田はすたすたと歩いていく。その後ろ姿をまだためらいを込めながらしばしミモザは眺めていた。成田が振り返る。
「この道」
「え」
「車入るのきついでしょう。パーキングまで一緒に来てもらえませんか」
成田は車で下北沢まで来ていたようだ。ミモザはさらに呆れる。
初めからそのつもりだったのだろうか。ドライブ。本当にそれだけだろうか。
「ミモザさん」
不信感を抱きながらもミモザは成田の声に動かされて再び歩きはじめた。
少女向けの雑貨屋の角を曲がった細い道の先にコインパーキングがあった。数台の車があったが、見た途端にミモザは嫌な予想をした。
「分かりましたか。あの黄色い車です。あなたの色」
「こんな車持ってたんですか」
「まさか。レンタカーですよ」
このとき、ミモザは成田がある笑みを浮かべた時だけ片えくぼができることに気づいた。
他人の車に乗るのも久しぶりだった。戸惑っていると、先にドライバー席に入った成田が助手席のドアを開いた。
「いえ、私は後ろで」
「ドライブですよ。そのくらいいいでしょう」
仕方なく身をかがめ助手席に入る。
入ってから気づいた。後部座席には何かの荷物がいくつか積んである。見ないふりをして席に着く。フロントガラスはきれいに磨かれて光が眩しい。先ほどのカフェの窓からのぞいた成田の目がふいに思い出された。
ものも言わず成田は車を動かした。軽くバックしてから出入り口で代金を払う。そのままはじめは細い道を、次にバスルートらしい道に入った。
「あの、どこへ行くんでしょうか」
「どこでも。早くあなたの希望を言ってください」
すまし顔の成田はミモザの言葉を待っていたようだ。
「ええと。緑が多いところがいいですね」
「じゃあ、山の方」
「はい。あとはお任せします。あの、あまり詳しくないんで」
「そうだな」
成田は考え込んでいたが、
「時間はいつまで空いてます?」
「え」
「夜も大丈夫?」
「夜」
「いやいや、あのさ、ティームラボってあるでしょ。あのライトアップが見たくないですか、森の中の」
「あ、そうですか。そうですね」
次には成田は鼻歌を歌いだす。どこかで聞いたことのあるメロディー。
「知ってるんですね、この曲。ソロのときの曲ですよね」
「ええ、いったん解散してから」
「けっこう好きですね」
「はい」
「好かった。曲をかけてもいいですか」
「はい」
「窓も開けて。風を聴きながらもいいでしょう」
ミモザは素直に窓を開けた。
季節の気持ちよい風。透き通っているようで、でも濃い空気のかたまりが頬を撫でる。
成田は自分の趣味を調べ上げているのだろうか。そういう妄想さえミモザは抱いていた。
私の見たかったもの、私の大好きな音楽。
「高速乗りましょう」
「はい」
さらにスピードが上がると、ミモザは風と音楽の心地よさに身を任せていた。
こんな気分は本当に久しぶりだった。どんどんと加速して、左右の景色が飛び去って行く。山の方に出たら、もっと気持ちがいいだろう。
ミモザは恋をしない 仁矢田美弥 @niyadamiya
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