第5話
違和感の正体をいきなり突きつけられた気分だった。ミモザはいつもの自分から離れるようなものを意識して服を選んだ。けれど、それは成田が言っていた意味とは少し違うものだったらしいとミモザは悟る。
それと同時に、では自分にふさわしい格好とはどういったものなのか。成田の趣味に合わせればそれでいいのか。
ミモザは成田とそういうふうな関係になることを好まなかった。
極まりが悪くなって、テーブルの下で両手を組み合わせた。
硬質の、けれど軽い氷の音がして、アイスジャスミンティーのグラスが運ばれた。ミモザはほっとして紙製のストローを差し込むと、冷たいさわやかな飲み物を口に含み、咽喉に流し込んでいった。
飲みはじめてようやく、自分がからからに乾いていたことについて知る。
そんなミモザを成田は眺めていたが、いつの間にかその目に笑みが滲んでいた。
「美味しいですか」
「ええ、とっても」
「ちゃんと中華街から仕入れている本場のジャスミン茶だそうですよ。ほら、花びらも浮かんでいるでしょう」
言われてみればその通りだった。
「日本人の口に合うようにさわやかめに薄めているけれど、味は絶品です」
「よく来るんですか」
「以前に一度だけ。でも僕も実はこの味が懐かしくてこの店を選んだんです」
「そうですか」
ミモザのグラスは三分の一より少ないくらいになっていた。
「すみません。おかわり。この方の」
改めて二人は向かい合った。
ミモザは初めてじっくりと彼を見、それがまた先日の第一印象の彼とは違う様子なのを感じた。今日はスーツを着ている。
「今日はわりときちんとした格好をされてますけど、この後ご予定が?」
少し澄ました口調でミモザは尋ねた。心の中にはそうでないといいという期待と、そうである方がほっとするという思いがせめぎ合っていた。
「ミモザさんとの商談ですからね。今や一張羅に近いスーツにしたんですよ」
「一張羅?」
「前の会社を辞める時におおかた処分しましたからね」
ミモザは沈黙した。自分は以前のスーツを皆持っていて、だから先日の交流会でもそれを着ていったのだった。
今日も無理をしないでビジネススーツにした方がよかったかもしれない。その方が冷や汗の出ることもないに違いない。
私服をリクエストした成田がどこか意地悪く感じられる。僻みかもしれないが。
「あの」
一息入れてミモザは気になっていたことを訊ねた。
「私らしいって、どういうイメージなんです? そんなの自分では分かりません」
「人が決めるものでもないでしょう?」
即座に否定された。ミモザは言葉を継げなかった。
「あなたが自分らしいと本当に思えるものです。だから今のあなたの生き方にかかわってくるものです。そしてもしもそれに変化が生じたなら、また『自分らしさ』は変わっていくものです」
成田が今、子どもたちの成長の一コマを人形にしていくビジネスを始めていることを思いだした。
「そのときの、自分らしさの現れているもの?」
「そうそう。こんなに話が通じやすい人は珍しい」
いたずらっぽい目つきになる成田に自然ミモザは胸がうずくような心地になった。
「でも、私は私、という生き方はこれまでもしてきたつもりです」
半分は嘘だと自分でも気づいていた。
以前の会社での優秀な社員ぶりが、自分らしいものとは到底思ってはいない。根っこではそのことの違和感がとうとう臨界点に達しかかった頃に、ミモザは逃げるように会社を辞めたのだった。
会社員ではなく、フリーランス、あるいは自分で会社を興したいということの経緯は自分でもよく自覚していた。
今何をしたい、ということがあるわけではない、だが、今のままで行くことはすでに苦痛でしかなかったのだ。
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