9月第6週/10月第1週 収穫災

『グラン ラルジュ

 2023

 カーヴ ド ガン ジュランソン』


 フランス南西部ジュランソン、ピレネー山脈に位置する緑豊かな土地にあり、300以上の農家と契約するこのエリアで非常に優良かつ重要な共同組合である。

 JAのような組織が運営しているワイナリーだろうか?


 今回のブドウはグロマンサンという品種、似た品種であるプティマンサンによる極甘口デザートワインは有名だが、今回は辛口白ワインだ。


 では開けてみよう。


 色は明るいレモンイエローのよう、香りは桜桃のような甘さを感じる。

 味わいは酸味控えめさが口当たり良く、やや南国のフルーツのような甘みがある。

 後味にほのかな苦みがあるか。


 庶民派の価格帯であるコスパの良さ、そして中年サラリーマンを思わせる悲哀のある苦い余韻も面白い。


『イワシの素揚げスペイン風』


 本当はイワシの竜田揚げにしようとしたが、下味を付け忘れるという痛恨のミスを犯した。

 そこで急遽メニューを変更して今回のスペイン風になった経緯がある。


 作り方は実にシンプル、内臓を取ったイワシに薄力粉をまぶして油で揚げる。

 そして、塩をまぶすだけだが、クレイジーソルトで軽くアレンジしよう。

 作り方のコツはたっぷりの油を使う豪快さだけだろう。


 実食。


 シンプルゆえにサクッとしてお手軽なスナック感覚で食べられる。

 塩のみならもっと素朴な味わいだっただろうが、クレイジーソルトであるため様々な風味を楽しめる。

 これは意外と美味しいメニューであった。


 ワインと合わせよう。


 魚と白ワインは合わせやすいと言われるが、今回のワインだと生臭さは感じる。

 だが、小魚であるが青魚らしいクセもまた好き好きで楽しめるだろうと思う。


 食事の好みは千差万別、生きるために必要なことであるが美食は道楽の領域に入ると思う。

 ワインも当然嗜好品であるので、結局はそれ相応の満足感が得られれば良いだろうと個人的には考える。


 しかし、それでも作り手となれば自分自身にできる限り良いモノを提供することは大事なことであろう。


☆☆☆


 収穫祭初日となった金曜日


「では皆さん、楽しく収穫しましょう!」


 と後ろを振り返る。

 

 老若男女、実にまばゆい笑顔で目がくらむ。

 瞬きをすると不思議なことに徐々にどこか異世界のように儚く消えていく。

 まさに人の夢のように理想は現実に打ちのめされ泡のように散るものなのだ。


「……さて、始めるか」


 冷静になるとそこに残された生身の肉体はただ一つであった。


 ボッチ収穫祭である。


 これが人望の無さか、と思うが本日金曜日は雨の予報である。

 そのため、大々的に人も集める気がなかったので仕方がない。

 そう、決して強がりではない。


 そうと決まれば後は無我夢中でブドウをもぎ取るだけである。

 しかし昨年に比べると悪天候があったため、腐れや未熟果も多く切り落としていく作業に時間がかかる。

 

 ひたすら作業に没入すると気が付けば昼になっていた。

 食事を済ませばすぐに作業再開、燃料さえ投入すれば肉体は再び動き出せるのだ。

 そして、予報よりもやや遅れたが大雨となり途中で強制終了させられた。

 

 雨となることは分かっていたし、午前中も少々雨が降っていたので水分が入らないようにシートをかけていた。

 収穫したブドウは極力濡らさず、自分だけはずぶ濡れとなって一旦帰宅した。


 家のガレージという名の農機具小屋で選果をして計量し、ワイナリーの冷蔵庫へ運び入れれば本日の収穫災は終了だ。


 金曜日分の収穫量は想定の半分以下、翌日土曜日は先行して明るくなったら一人で取れるだけ取るか。

 大雨に濡れても大丈夫な軽トラを畑に置いて歩いて帰宅、暗い中できる限り準備をし必要な荷物は運搬台車に積み込む。


 土曜日は3時起床、明るくなるまでに残りの準備を整えて出発だ。


 昨日の大雨が嘘のように畑の木々やブドウの房は乾いている。

 だが、収穫コンテナの雨除けに被せていたブルーシートがずぶ濡れなのでかなりの大雨だったことが分かる。


 さて、すぐに収穫を災害……じゃなかった再開だ。


 6時前の薄暗い時間帯から始め、8時頃、とんでもないことに気が付いた。


「……今年、多くね?」


 房数は少ないが、水分が多く実に重量があるのだ。

 そのため、収穫コンテナはすぐに埋まるが、一向に先に進まないのである。


 この土曜日中に全てを終わらせないと翌日日曜日にワインを仕込めないのだ。

 自分の場所であれば自由に予定変更ができるのだが、場所と設備を間借りさせてもらっている。

 そして、日程調整もまた相手都合となる。

 

 それはそれで仕方がない。

 造らせてもらえるだけありがたい話なのである。


 そんなわけで強硬策に出るとするか。

 

 そう考えていると土曜日は助っ人が参上してくれた。

 昨年に引き続き、地元ワイナリーの方々が買い取ってくれるブドウを自分たちでも収穫しに来てくれたのだ。

 仕事ではあるのだが、それでも大きな助けとなった。


 これで計4名となったのだ、ズンズン先に進んでいく。

 しかし、思っていたよりも量が多いからか、焦りを感じ始めていた。


 この後僕はまた一人になるわけで、その作戦を伝えてみた。

 

 とりあえず全部急いでもぎ取って、家で選果しようという作戦だ。


 どうやらその策に同意してくれたのか、なんと、こちらのワイナリーの方も同じやり方でやってくれるというのだ。

 おかげで販売分の収穫は予定よりも早く終わり、一緒にランチタイムだ。

 

 今回の楽しい収穫は終わったわけで、ちょっと値は張るが古民家風で雰囲気と本格的な蕎麦を食した。

 収穫祭とはいかずとも、楽しい時間はここまでだ。


 ここからが、収穫災の本領発揮である。


 再び一人で畑に戻り、精神が肉体を凌駕した状態でひたすらブドウを収穫コンテナに詰め込んだ。

 あっという間に予定した収穫コンテナは満載となった。

 しかし、まだブドウが木にぶら下がっていた。


 とりあえず、翌日曜日のワインを仕込むための準備をしなければならなかった。

 

 前回仕込んだロゼの様子を見て、それから除こう破砕機の準備だ。

 次が本番の赤ワインとなる。


 日が暮れてしまったが、選果どころかまだ木にブドウが残っている。

 こちらのワイナリーの収穫コンテナを急遽借りて、運搬台車のライトで明かりを灯して取れるだけ取る。


 それでも少し残ってしまった。

 選果すれば多少はコンテナにスペースが出来るだろう。


 さて、結果だけ伝えよう。

 この選果が収穫災の真骨頂であった。


 とにかく数だけはあるわけだ。

 これを一房ずつ痛んでいる粒や全く熟していない粒を取り除くわけだ。

 

 終わった頃には月に吠える狼ですら眠りにつく時間、とまではいかないが3時近くになっていた。


 土曜日の稼働時間は20時間を超えてしまったわけだ、最後にはボッチで。


 とりあえずシャワーを浴びて仮眠、5時前に起き出し、収穫災最終日の戦いへ向かった。


 外が明るくなった頃、そして、ワイン醸造予定時間前に無事に全てのブドウの収穫が終わった。

 ギリギリの戦い、だが、これが生存するということだろう。


 やるべきことがあれば無我夢中でやり遂げる、というか、ここでやらなければいつ本気で行動できるというのだろうか?


 そんなわけですべてのブドウが出揃い、ブドウたちは粒だけの状態となり、タンクに安置された。

 気力だけで動き、そして、やり遂げた。

 ここでも助っ人が登場してくれた。

 同県出身どころか隣の市出身の農民仲間が手伝ってくれたのだ。


 いずれにせよ、これで、おそらく今年最大の山場である『収穫災』が終わったのだ。


 一人の人間の力など微々たるものだ。

 どんな困難も成せば成る。

 しかし、実はどこかで誰かに助けられていたりする。


 関係者の皆様には本当に感謝ばかりである。

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