6月第5週 狂乱のデスマーチ

『ボルドー ロゼ

 2021

 シャトー ド ルーケット』


 1740年にルーケット氏がシャトーを建設したという名前通りの歴史を持つワイナリーである。

 現在はボルドー大学醸造学部教授を要するダリエ家が所有している。


 これ以上の情報は調べても見つからないが、きっと値段以上に楽しめるワインだろうと期待しよう。


 フランス産では珍しくスクリューキャップを捻る。


 黄昏れたような色合いのロゼ、香りはラズベリーのような甘酸っぱさとピーマンのような青臭さも感じる。

 カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローで造られたワインであるので、青臭さが出ても品種の特徴としては仕方がないことだろう。

 味わいはわりかし酸味が効いていてシャープ、今のようにジメジメした暑い時期には気分良く飲める。


 幅広い食事と気軽に楽しめる1本だろうと思う。

 

『生ハムとチーズのオードブル』


 この週はとにかく時間との戦いなので簡単に作れるものにしようと決めた。

 生ハムとニオイの強い白カビのナチュラルチーズ・ブリーをカットし、クラッカーを盛り付ける。

 

 以上、三分足らずの調理時間で早速食べよう。


 生ハムの塩っ気の強い肉、これと乳製品との相性は良い。

 ニオイが強いと思っていたが、今回のブリーは意外にもあっさりとしていて癖は少ない。

 同じブリーでも、ブリー・ド・モーはもっとニオイはきつかった気がするがまあ良い。


 さて、ワインと合せよう。


 前評判通り、このワインは実に幅広い料理に合わせられそうだ。

 今回はド定番の生ハムとチーズだったが、塩気がさっぱりと洗い流されていく。

 程よい酸味とクリーミーな甘さ、これが研ぎ澄まされた五感を落ち着かせてくれる。


 どれほど忙しいストレスフルな日々であろうとも、どこかでホッと一息つけると生きる活力となるだろう。


☆☆☆


 邪悪なりし者どもにより燦然と輝く希望の灯火潰える時、闇の獣が今目覚めんとす。

 闇の獣の咆哮、狂乱の白き御力が緑の野に降り注がん。

 邪悪なりし者共滅されし今宵、神の血を啜る闇の獣、安らかに眠る。


 🍷🍷🍷


 一体何が始まったのかと思っただろうが、この週は殺人的な忙しさであり、さらに続く。

 それというのも全てはヤツラのせいだった。


 邪悪なりし者共、虫・コウモリガの幼虫である。


 月曜日はそこそこの雨であり、希望の灯火である苗木たちには恵みとなった。

 いつも通り見回りをしてプチプチとコガネムシを潰していたのだが、その時異変に気がついた。


 十分に水を蓄えたはずなのに、萎れかけている苗木を発見した。

 僕は一歩近づき、様子を見ようと触れてみる。


 パキーン!


「……バ、バカな?」


 まるで予期せぬ強敵に剣をへし折られた負けイベントの勇者のように呆然としてしまった。

 ヤツラ、コウモリガの幼虫に根本から食い荒らされてしまっていたのだ。

 

 これが三本連続で発生してしまったのである。


「……してやる。殺ってやるよ!」


 さらに、まるで闇堕ちした主人公のように怒りに震えて決死の覚悟でヤツラに挑みかかった。

 

 即日、ガットサイドSという農薬を購入、翌日には怒りのデスマーチが始まった。


 この農薬は散布型とは違い、根本に直接ペンキを塗るように刷毛を使う。

 コイツを塗ってやるとヤツラが食いつかなるという代物である。

 白き御力であるが、この畑の苗木は全部で600本ある。

 つまりはスクワット+アルファを600回やるわけだ。


 まさに、狂乱のデスマーチである。


 しかし、この週は他の畑も本格的な梅雨入り前にブドウを守らなければならない。

 そのため、これを1日で全てやりきる覚悟を決めた。

 今やらなければ、被害がさらに大きくなってしまうのだ。


 やってやった、やってやったが流石に足腰が死にかけた。

 ヤツラのせいで余計な仕事が増え、身体は悲鳴を上げる。


 だが、まだ戦いは終わっていない。


 もう一つのブドウ畑を放置してしまったら、今度はこちらが腐海と化してしまう。

 そうならないためにも、身体に鞭を打ってさらに励む。

 霧……鞭野サマを呼びたいところだが、身体に鞭を打つのは気合でどうにかするしかない。

 

 さらには、朝5時から2時間だけだがさくらんぼの収穫を手伝い、生活費も稼がねば。

 この週はとにかく時間との戦いで大忙しである。


 多分、週100時間近く労働はしている。


 異常な天候とヤツラのせいで全てが重なり、急ピッチで殺らねばばならなくなってしまったわけだが、後もう少しである。

 ここで踏ん張れば、次の水曜日の大雨までにブドウの雨仕舞が間に合うはずだ。


 楽しい収穫祭ができるように、今が決戦の時なのである。

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