17 魔龍襲来

「殿下……!」


 王都守備隊の隊長ケリー・シモンズが上空を見上げ、アルバートの横でうめいた。


「でかいな……床弩は何基残っている」


 アルバートも魔物を見上げたまま歯を噛み締めた。


「一番、二番、七番の三基です」


 ほかの四つは前の魔物に破壊されていた。

 残った三つでさっきよりもはるかに巨大な敵に相対せねばならない。

 魔物の咆哮に大気も城も振動する。

 凶悪かつ不快な音に精神までダメージを受けた兵士たちが膝をつく。


「目だ! 目を狙え!」


 アルバートは声を張り上げ床弩を巡らせた。

 ケリー・シモンズをはじめ兵士たちも床弩の操作に向かう。

 それを嘲笑うかのように魔物が突っ込み、また一基破壊した。


「七番もやられました!」


 兵士のひとりが叫ぶ。


「おのれ!」


 シモンズの声が重なる。

 アルバートは矢の狙いをつけながら無力さを感じていた。

 この場にココがいれば、と思ってしまう。

 ココなら邪神を召喚してあの魔物を倒すことができるのではないか。

 しかし、邪神を呼べば、呼んだものの命が危ない。

 アルバートは余計な考えを振り払った。

 魔物の異様と声が精神を蝕み心を弱くさせているのだ。

 ココを危険にさらすわけにはいかない。それに、ココの命と引き換えに魔物を倒したところで、またつぎに現れたときは結局自分たちで追い払わなければならないのだ。


「なんとしてもおれたちでやつを仕留めるぞ!」


 アルバートはまた声を張り上げた。


「はっ!」


 少なくなった兵士たちが精一杯の声で応えた。




 ココはなんとか上階へ向かおうと階段の瓦礫をどかしていた。

 しかし、非力な上に片腕ではどうにもならない。


「ココ様!」


 そこへ下から兵士が数人駆けてきた。


「ここは危険です」


「殿下のおそばに行きたいの、力を貸して」


「では、我々もご一緒に」


 兵士たちはココに代わって瓦礫をどかしはじめた。ココを連れ帰るのではなく護衛するように王に言われているのだろう。

 ある程度隙間ができたところで、ココは小さな身体を潜らせ踊り場へ出た。


「ありがとう」


「お待ちください。ココ様おひとりでは……」


 兵士たちはまだ通れない。

 そのとき、また城が大きく振動して上に向かう階段が完全に壊れた。


「大丈夫?」


 ココは上から覗き込んだ。


「こちらは問題ありません。ココ様は?」


 兵士たちは束になって倒れていたが、大きな怪我は無いようだった。


「わたしも大丈夫です。行きます」


「ココ様!」


 ココは兵士の制止の声は聞かず、「陛下を頼みます」と言って別の階段を目指して廊下を走り出した。

 なるべく魔物が見渡せる場所がいい。

 邪神を呼び出し魔物を駆逐するところを見届ける。そして、速やかに邪神を帰すためにこの身を生贄として捧げなければならないだろう。今度も腕一本ですむとはかぎらない。

 廊下を進んでいくと、轟音が響いて前方の横壁が崩れた。

 ココはふらついて手と膝をついた。

 魔物が壁を突き破って入ってきたのだ。


(大きい……)


 想像以上に巨大な身体だった。

 長い胴体がココの前を横切り、そのまま反対側の壁を破って外に出た。

 魔物はこれを何度もくり返している。

 暴れるだけ暴れたらいずれどこかへ帰っていくのだが、それまでにどれほどの被害が出るか見当がつかない。建物だけならまだいいが、人命はなんとしても守らねばならない。

 魔物が通り過ぎるとココは立ち上がってふたたび走りだした。階段を駆け上がり、見晴らしのいい広いバルコニーに出る。

 その建物は屋上より上に突き出ていて、眼下には戦っているアルバートたちが見えた。

 魔物は一匹だけのようだが、以前、ウガイの森で見たものとは比べものにならない大きさだった。

 屋上にはいくつも穴が空いていまにも崩落しそうだ。

 正面にあるはずの一番高い塔もすでに崩れ落ちていた。

 王太子を死なせるわけにはいかない。

 ココは邪神を召喚するための呪文を唱えた。




「矢を!」


 アルバートの声に反応して兵士が床弩に矢をつがえる。

 魔物の目を狙うも、七つあった床弩のうち五つは壊されてしまったので、当たる確率は格段に落ちてしまっていた。


「来るぞ、よけろ!」


 アルバートがまわりの兵士たちに言った。

 魔物が彼の床弩に迫ってきていた。


「殿下!」


 ケリー・シモンズが叫ぶ。

 アルバートは兵を退避させたあと、ギリギリまで引きつけて矢を放つと自分も飛び退いた。

 矢は魔物の顔に当たったものの硬い鱗によって弾かれた。

 アルバートがいた床もろとも床弩は粉砕され、ついにつかえるものはひとつだけとなった。


「殿下、ご無事ですか!」


「ああ、大丈夫だ」


 アルバートは立ち上がりながらシモンズに応えた。


「あとはおぬしだけだな」


「これは責任重大ですな」


 ケリー・シモンズはそう言いながら、城を突き抜けて出てきた魔物に狙いを定めた。

 魔物も最後のひとつを潰しにくる。

 結果はアルバートのときとおなじだった。

 さらに引き付けたぶんシモンズは吹き飛ばされてダメージを負った。


「ケリー!」


 アルバートが駆け寄った。


「なんの……まだまだ」


 シモンズはふらふらと立ち上がった。


「ああ、まだだ」


 アルバートは腰の剣を抜いた。

 兵士たちもそれにならう。

 魔物の餌食になるならその刹那目を抉り出してやる、という気概が剣に籠る。

 ふと、人の気配がしてアルバートは一際高いバルコニーに目をやった。

 そこに右手に義手をつけた片腕の聖女が立っていた。





「ココ、駄目だ!」


 ココの耳にアルバートの声が入ってきた。


「アルバート」


 ココはちらりと視線を下に向けた。


(どうか無事でいて)


 魔物が、ココを見つけ、新しい獲物として狙いを定めた。水中を揺蕩たゆたうようにくねらせていた胴体が、彼女に向かって真っ直ぐに伸びつつある。

 ココはすでに口の中で召喚呪文を唱え終えていた。


「いあ! クトゥグア!」


 左手を突き出し、手のひらを空中にかざすと、邪神の名を呼んだ。

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