9 城内会議

 ウガイ城内は、ヴァンバルシア王国のリック城とおなじように川と水路で繋がっており、船のまま入城できた。

 先行した船が知らせたのだろう、入れ替わりに救助船が出港していた。

 帰還した王をグレッグの父で城主のオーガスト・ペダンが出迎えた。


「大変な目に遭われたと聞きました。ご無事でなによりです」


 オーガストは王に一礼して言った。


「ああ、ほんとうに肝を冷やしたぞ。こうしてその話をできるのもあの娘のおかげだ」


 王の視線の先、王子アルバートのとなりにナタ・デ・ココがいた。


「ぜひ中で詳しい話をお聞かせください」


 オーガストは王を城内に招き入れた。

 父に目配せされて、グレッグは兵士たちに今後の指示を出した。




 城内に入ると、一度休息がとられた。

 ココはまた見張りか護衛の付いた個室だった。


「お嬢さん」


 部屋に入る前にオーガストに声をかけられた。


「夕食はなにがいいかな? 客人をもてなすように陛下に言われているのでね。食べたいものや嫌いなものがあったら遠慮なく言ってくれ」


 オーガストは前かがみになって言った。


「お気遣いありがとうございます。森では久しくまともな食事をしていなかったので、どんなものでも食べれます」


「それは頼もしい。料理人に腕を振るわせるよ」


 ウガイ城城主は身体を起こすとにっこりと笑った。

 オーガスト・ペダンは息子ほど大柄ではないが、端の跳ね上がった立派な口ひげをしていた。年齢はレイモンド王とおなじくらいか少し下に見える。一見厳格そうだが話してみると気さくな雰囲気があるのは息子のグレッグと似ていた。




 しばらくしてドアがノックされた。

 魔物の件について話し合いをするので同席してほしいということだった。

 大きな円卓を囲んで、王と王子、ペダン親子、数名の臣下たちが座っていた。王の斜め後ろには王妃もいる。ヴァンバルシアでは公の場で王妃を見ることはあまりなかったが、エキドナでは政治にも参加するのだろうか、とココは思った。


「あの怪物があらわれる直前に、ヴァンバルシアから同行していた使者が『見送りはここまで』と言って小船に乗り換えて離れた。しかし、出現した怪物に最初に襲われている」


 臣下のひとりが発言した。


「召喚したものが真っ先に襲われるというのは、ナタ・デ・ココの言と一致しているな」


 参加者の視線がココに集中した。


「もっとも疑わしい人物だと思います」


 ココは「しかし」とつづけた。


「邪神を崇める組織や教団は世界各地にあると聞いています。仮にヴァンバルシアの使者が召喚したのだとしても、それが、ヴァンバルシア国王の意志だと決めつけるのは早計かと」


「なるほど、慎重な意見だな」


「単なるテロリストという可能性も拭えないか……」


「他国の王はどうなんだろうな」


 ランデル王子とババロアの婚礼には隣接する各国の王も出席している。


「各国の王が襲撃を受けたのかは、まだ情報が入っていないのでわからない」


「早急に調べさせよ。こちらの出来事を教えてもよい」


 王が言うと、臣下たちは「はっ」と返事をした。


「情報が揃わんと、すべて憶測では話し合いにならんな」


 オーガストが腕を組んで背もたれに身をあずけた。


「ヴァンバルシアがこの国を欲しがっているかどうかもわかりませんからなあ」


 ヴァンバルシア王国内にもふたつの考えがあった。

 このウガイ川を下ればやがて海に着く。陸地に囲まれているヴァンバルシアは海を——港と海軍を欲しがっている。しかし、それは海からの脅威も発生するということである。ヴァンバルシアの国力があれば大海軍を編成することは可能だ。それが海から攻められるというリスクに変えても益となるかで考え方は変わる。穏健派は、むしろ、これまで通りエキドナを緩衝地帯としておいたほうが得と考える。

 後者ならそのうち王族の娘をアルバートの嫁にという話も上がってくるかもしれない。しかし、これまでは懐柔策を採っていたが、近年は婚姻関係もあまり結ばれていないのであった。

 話し合いは結論が出ぬまま、「報告会」というかたちで終わった。




 ココはいったん部屋にもどったが、すぐに夕食に呼ばれた。

 食事の部屋は広く、長いテーブルに清潔なテーブルクロスが敷かれ、その上に、イチジク、リンゴ、ナシなどが入ったフルーツのパイや、サケやタラの入った魚のパイ、川魚の香草焼き、豚や鶏の丸焼き、ウサギのシチューにフルーツのタルトなど、森の生活どころか、ヴァンバルシアの生活でも食べたことのない見たこともないものがつぎつぎに運ばれてきた。

 魚や肉はまだ焼き上がったばかりのようで、じゅうじゅうというかすかな音とともに小さなあぶらの玉がパチパチと弾けていてるのが見える。その少し焦げたようなにおいと、焼けた香草や香辛料のにおいが混ざって室内に漂い、長いこと料理人の手がけた料理など口にしていなかったココはそれを嗅いだだけでよだれが垂れそうになった。

 彼女の席は貴賓席とばかりに王子の横に用意してあった。

 自分用の皿の横にナイフとフォークとスプーンが置いてある。

 この時代、まだ素手で掴んで食べている国もあったが、エキドナ王国は戦乱や飢饉などもなく、十分に食物が供給されていたので、ゆっくりと食事を楽しむ習慣ができていた。

 素手ではないので行儀悪くテーブルクロスで手や口を拭いてはいけない。個別にナプキンが用意してあり、必要なら給仕が追加した。

 ココは聖女学校でひと通りのテーブルマナーは学んでいた。マナーといっても、世の中はカトラリーをつかった食事がやっと確立したころで、さほど厳しく言われることはない。

 とは言っても、片手なので学んだとおりにはできそうにない。

 さらに、王子のとなりだとみんなから見られているようで緊張した。


「やっとまともな食事にありつけるな」


 給仕が皿に料理を取り分けるのを眺めながら王子が言った。

 船の料理人が聞けば憤慨しそうな言葉だが、船上では食材や調理器具にも制限があるのでいたしかたないところである。さらに帰路は魔物の出現によりそのほとんどが失われていた。


「育ち盛りなんだから遠慮なく食べてね」


 王妃がやさしくココに声をかけた。


「は、はい」


 ココの皿は片腕でも食べやすいようにと、料理がひと口サイズに切り分けてあった。とりあえず、フォーク一本あればなんとかなりそうだ。

 たくさんのご馳走を前にして、フォークを握る手に力がこもる。

 レディーがガツガツ食べるのは好ましくないと思われるが、このときばかりは「育ち盛り」の言葉に甘えてつぎつぎと胃に流し込んだ。

 美味しいものをたらふく食べてやわらかなベッドに横になると、ココはあらためて——長い森の生活に耐え抜いて——生きててよかった、と思えるのだった。




 翌日も会議があったようだが、ココは呼ばれなかった。

 おそらく自分の処遇についても協議されているのだろう。

 「もう一回森に捨ててこい」とさえならなければよい。森の生活にはだいぶ慣れてはいたが、片腕となるとさらに困難であることはまちがいなかった。

 どこであれ、ヴァンバルシア以外の人の住む街で暮らせればありがたいことだった。

 会議からはアルバートもはじかれたようで、ココのところに遊びにきた。

 王子は城内を案内したり、ココにヴァンバルシアや森の生活のことをたずねたりした。

 アルバートとココは城壁の上の通路をぐるりと走った。城と隣接して大きくはないが城下町があり、そこもまた城壁で囲われていた。川を見下ろす城壁の上に立つと、自分たちが船で来た方角が一望できた。森は果てしなく広がり、川は曲がりくねってどこまでもつづいている。


「ウガイの森は広いなぁ」


 王子が感心したように、そして、あきれたように言った。


「はい」


「ココはこんなところに六年もひとりでいたのか」


「ええ、まあ」


「六年前というと、まだ五、六歳のときじゃないか、よく無事だったな」


「ああ……いえ、わたし、いま二十歳」


「やはり、さびしかったか?」


「……寂しかったですよ、話し相手もいないというのは」


 ココは、いま無理に正すようなことではないか、と思いそのまま会話をつづけた。


「とくに、病気になったときの心細さといったらありません」


「病気か……ずっと健康とはかぎらないからな」


「ええ、怪我もしますし。弱っているときに頼れる人がいないというのは本当に心細いものです。たったひとりで不便な暮らしをしていると、人が社会をつくって生活している理由がよくわかります」


「そんなところに六年か……」


「いたくていたわけではありませんけどね」


「おれなら一日ももたん。やっぱりココはすごいな」


「またそんなにお褒めになって……」


 言い終わらないうちに、ココの身体がほんのりと光った。


「お」


「あら」


 ふたりは顔を見合わせて「フフ」と微笑んだ。


「殿下ー!」


 下から声がした。グレッグだった。


「剣術の稽古の時間ですよ」


「わかった、いま降りる」


「王宮にいないときも剣の稽古をされるのですね」


「ああ。夕食前の腹減らしだ。王宮の剣術指南役は連れてきてないのであいつが代わりに教えてくれるのだ。腕は確かだが遠慮がなくていかん。降りよう」


 アルバートはココの左手をとって階段に向かった。

 ココは王子がいなくなるととくになにもすることがないので、そのあいだは左手で文字を書く練習などをしていた。




 ココの予想通り、会議では彼女のことをどうするかも話し合われていた。


「あの娘を王都までお連れなさるのですか?」


「うむ、アルバートがいたく気に入っているようだからな」


 ココのことをまだ信用できないという臣下たちと、連れて帰りたい王の対話がつづいた。


「あのような魔物を呼び出す術の使い手、王宮に入れるのは危険すぎるのではないかと」


「片腕を失ってでもわれわれを救ってくれた恩人ではないか」


「陛下に近づくための自作自演かもしれません」


「それなら最初の魔物を倒さずに放っておけば、わしは死んだだろうし、娘も片腕をなくすこともなかったろう」


「殺害以外の目的があるのかも」


「追放されたのも嘘で、あそこで待っていたと?」


「住処に同行した兵士によれば、長年暮らした形跡はあったと——しかし、王の懐に入るのですから何年も前から準備していたとも考えられます」


「おぬしらは疑い深いのう」


「これも仕事のうちですので」


「では、それらすべての疑念は置いておくとして、おぬしらのあの娘に対する評価はどうだ?」


「賢く気も利いていて礼儀正しい、とても良い娘かと」


「あらゆる憶測よりもただ目の前にあるのが真実だ。まあ心配する気持ちはわかる。用心をしておくのはよいが、くれぐれも恩人に失礼のないようにな」


 会議の結果、ココは王都へ同行することになった。

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