20.知らぬが損

「本日の授業はここまでだ」


 ザッハ先生が授業の終わりを告げると、途端に教室が賑わいだした。

 なんてことない、いつもの光景である。


「修、行こうぜ!」


 隣で響が勢い良く席を立ち上がって言った。


 から一週間が経過した今、僕たちはそれぞれの課題を見つけ、放課後に二人で特訓をすることが日課になっていた。


 僕たちは真っ先に教室を後にした。その時なんだか視線を感じた気がしたが気のせいだろう。




 やって来たのは学園の第四演習場。

 教室程の広さがあるその部屋を僕たちは学園に申請して貸切っている。


「うっし、いつも通り準備運動からだ」


 響が身体を伸ばしながら言った。


「了解」


 僕は入り口の反対へと向かう。

 そして響に合図として軽く手を振った。


「<熾光閃剣ルクスグラディウス>!」


 響の周囲に神々しく輝く光の剣が現れる。響が新たに習得した光の魔法である。

 その数は五。全て剣先が僕へと向けられる。


「『狭間の理、世界の穿孔、我が存在は無条の内界』」


 僕の詠唱に周囲の魔素が呼応する。


「<空間掌握スペースグラスプ>」


 不可視の魔力領域が僕を中心に展開され、僕と響の中間辺りまで拡大した。


 魔力領域を媒体とする魔法は行使している間、絶え間なく魔力を注ぎ込まなければならない。そしてその量は魔力領域の範囲に比例する。


 この部屋の端から端までの凡そ半分。約五メートルといったところか。それが今の僕が継続的に<空間掌握スペースグラスプ>を使用できる魔力領域の半径である。


「準備はいいか?」


 響は腰に下げた剣を鞘から抜き放つ。


「いつでも」


 その言葉を皮切りに輝く光剣が解き放たれた。


 光の速さを持つ五本の剣は一瞬にして僕の魔力領域に侵入する。


 次の瞬間、五つの光剣その全てが空中にて静止した。


 <空間掌握スペースグラスプ>にて掌握された空間に存在する魔法は全て僕の意のままである。


 僕が魔力を送れば、五つの光剣が反転し、その剣先は魔法を使った本人へと向けられる。


「来い!」


 先ほど光景から一転し、光速の剣が響に向けて放たれた。


「はあ!!」


 響は全ての<熾光閃剣ルクスグラディウス>を容易く叩き落した。


「まだまだあ!」


 準備運動と言ったものの、休む間もなく次の魔法が放たれる。


 今度は<熾光砲ブライトカノン>が十発だ。


 先程同様、放たれた魔法は<空間掌握スペースグラスプ>の魔力領域に入った瞬間に静止、反転して術者本人へと迫る。


「っらあ!!」


 響は身を捻り、一度も被弾することなく全ての魔砲を斬り落とした。


 その後も同じやり取りを続けていく。


 僕と響はそれぞれ予戦が始まるまでの課題を立てていた。


 僕の課題は魔力量の向上だ。


 学園対抗戦の予戦、その先にある本戦で僕の切り札となるのが<空間掌握スペースグラスプ>だ。


 切り札の持続時間を増やすためには魔力量を向上させるのが一番効率が良い。


 魔力は動物の筋肉と同じだ。適切に鍛えることでその量が増していく。

 つまり、日々魔法を行使し魔力を消費することで魔力量というのは段々と増えていくのだ。


 よって響との訓練ではひたすらに<空間掌握スペースグラスプ>を使い続ける。魔力を鍛えつつ、『空間魔法』の精度も向上させる。


 対して響が課したのは基礎戦闘能力の向上だ。


 響は直近の二人の強敵相手に敗北を喫している。


 そこには魔法の精度や相性以前に、身のこなしや剣術のような基礎的な戦闘能力に差があったと本人は言っていた。


 よってこの訓練だ。響の魔法を僕が送り返し、それを響は一切の魔法を使わずに対処する。


 本来ならもっと効率の良い方法があるかもしれないが考えるよりもその時間を鍛えることに使った方が良いということになり、とりあえず思い立ったものを実践している。


 思いつきで行った方法ではあったが、ここ数日で互いに目に見えて強くなったと言えるほどに効果があった。


「ふぅ、一旦休憩にするか」


 響は額の汗を拭いながら言った。


「予戦まで後一週間……。あっという間だね」


「そうだな。まあ俺たちなら予戦くらい余裕だろ?」


 響は自信に満ちた笑みを見せた。


「ははっ、そうだね」


 僕は迷いなく答えた。

 響に影響されたのか、二人で戦えばどんな相手にも負ける気はしなかった。


 ガチャッ


「ここに居たのか」


 扉が開けられる音共に、聞き馴染んだ声が響いた。


「神崎会長?」


 最近はやたらとこの人に会う。


「また何かあったんですか?」


 神崎会長の様子を見るにまたしても僕たちを探していたようだ。


「大したことじゃない。ザッハ先生が対抗戦の要項を渡すために君たちを探していてね。先生は忙しそうだったから俺が代わりに渡しに来ただけさ」


「要項ならエントリーした時に貰ったっすよ?」


 響が魔法陣に手を入れ、そこから以前貰った物を取り出した。一般収納魔法、<収納ケース>だ。


「今年は想定していたよりも多くの参加者が集まってね。ルールが少し変わったんだ」


 神崎会長はそう言って僕たちに一枚の用紙を手渡した。


 僕と響はそこに書いてある内容に目を通した。


 ・予戦の対戦形式はトーナメント戦からグループ戦に変更とする。

 ・全参加者を四つのグループに分け、グループ毎、指定会場にてバトルロイヤル形式で戦闘を行うものとする。

 ・各グループの上位四チーム、計十六チームが決勝トーナメントに進出する。

 ・決勝トーナメントにて上位四チーム、計八名の生徒が本戦出場の権利を得る。


「バ、バトルロイヤル!?」


 響も新たな要項を読み終わったのか驚きの声を上げた。


「要はグループの全員が一斉に戦うってことだね」


 神崎会長が解説を挟んだ。


「えっと、お聞きしてもいいですか?」


 僕は小さく挙手をして言った。


「答えられる範囲であれば答えよう」


「グループ分けはもう出ているのですか?」


 僕が一番気になったことはグループ分けについてだ。要項によれば学年問わずに完全ランダムということだ。


 当初は一チーム同士で戦うトーナメント戦だった。神崎会長のような強敵と戦うことになっても対策をすればどうにかなると考えていた。


 しかしバトルロイヤルということは一度の戦いで複数の強敵とぶつかることになるだろう。場合によっては敵と戦わずに一旦退却することも必要だろう。


 よって今までよりも事細かに作戦を立てる必要がある。


「その要項の右下に魔法陣があるだろう?そこに魔力を送ってみるんだ」


 言われた場所には確かに小さな魔法陣が描かれていた。僕はそこに魔力を送った。


 瞬間、如何なる魔法か、目の前に文字の羅列が宙に浮かびあがった。


 それは参加者が四つのグループに分けられた表であった。


「俺たちはBグループだな」


 響が先に僕たちの名前を見つけた。


 次に同じグループ、つまり最初の敵となる生徒を確認する。

 といっても同じクラス以外の生徒とは殆ど面識がないため、名前だけみても分からないのだが……


 ふと目に止まる名前があった。


「イデオ……」


 僕たちと同じクラスの生徒、イデオ・グラミーの名前がそこにあった。


「チッ、アイツがいるのかよ」


 響も気づいたようだがどうやらあまり嬉しくないようだ。


 以前、『基礎戦闘訓練』の授業で響は一度だけイデオと戦ったことがある。


 その時は決着が着かなかったらしいがつまり実力は互角ということだろう。


 紛うことなき強敵だ。


優馬侑ゆうま たすく……この名前どっかで聞いたことがあるような」


 響が読み上げたのはイデオのパートナーの名前だ。

 響は思い出せないのかむず痒そうに頭を掻いている。

 ちなみに僕は全く聞き覚えがない。


「彼は俺と同じ四回生。過去三年間、この学園の代表メンバーでもあるね」


 つまり学園内でトップの実力者ということだろう。

 響はそれを聞いて合点が言った風に、あーと声を上げた。


「そういえば神崎会長はどこのグループなんですか?」


 ふと気になったので聞いてみた。

 だが聞かれた本人はきょとんとしている。


「今回俺は出ないんだけど……言ってなかったかい?」


「なっ、どうしてすか!?」


 響は驚きを露わにした。

 確かにグループ表のどこを見ても神崎会長の名前は無かった。


「てっきり出場するものだと……というか響を勧誘してましたよね?」


 以前、神崎会長は予戦のメンバーとして響を勧誘していた。

 響も僕の言葉に大きく頷いている。


 神崎会長は開けたままだった扉を閉めた。


「ああ。ここだけの話、最初は出ようと思っていたんだが陛下に止められてね。まあ確かに去年優勝はしたわけで、今回俺が出る意味はない」


「そ、そうすか……」


 響はどことなく残念そうだ。

 まあ響のことだ。おそらく前回のリベンジをしたかったのだろう。


 まあ僕はそんなことよりも……


「ゆ、優勝……?」


 またしても何も知らないのであった。

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