16.願いと対価

「き、記憶って……そんな物どうやって…?」


「その点は安心して欲しい」


 目の前に立つ青年、この国の王たるロイド陛下は自信のある顔でそう言った。


「俺は『記憶魔法』を使えるんだ。分け合って精度はあまり高くないが……それでも君がローブの男と接触したかくらいは読み取れる」


 ロイド陛下は平然とそう言う。


「あの、自分で言うのもなんですが、もし僕がその男の協力者で記憶を読まれることを想定して敢えて接触しなかった可能性はありませんか?」


 陛下の話だと記憶を読むのは断片的。その場合、僕の疑いは拭い切れないのではないかとふと思ったのだ。


「その可能性は限りなく零に近いな。そもそも俺が『記憶魔法』を使えることを知っている者は王宮の人間を含めて一握りの数もいない」


 つまり極秘の情報ということだろう。


「そして何より、あの時ローブの男は蓮に存在を感知されているとは思っていなかった事が分かっている」


 確かにそういうことなら大丈夫そうだ。


 しかしどうして…


「どうして僕なんかにそこまで……」

 思っていたことが口に出てしまった。


「なに、俺は王としての責務を真っ当しているだけだ」


「王としての責務……?」


 僕の言葉にロイド陛下は頷いた。


「王とは、民を正しき道へ導く者。偽りの罪への糾弾。それを正す力を持ちながらも静観するような真似、俺は絶対にしない」


 ロイド陛下は先程までの雰囲気とは一変して強く厳格に言い抜いた。

 圧巻であった。


「理由はこれで充分か?」


 ロイド陛下はニヤリと笑ってそう言った。


 その言葉に僕は跪く。


「はい。先ほどまでの非礼を深く謝罪致します。またこの度の御厚意、心からの感謝を申し上げます」


「良い」


 ロイド陛下は一歩踏み出し、僕の頭に手を置いた。


「<追憶レミニ>」


 記憶に干渉されているからか、意識が朦朧としてくる。


 ……………………………っ!!


 ボヤけていた視界が途端に明瞭になった。

 記憶を遡る魔法が終了したのだ。


「よし、終わったぞ」


 その言葉を聞いて僕は立ち上がった。


 そしてこの場にいる全員の視線が陛下をへと向く。これから告げられる結果が僕の運命を左右する。僕自身は分かっているはずなのだがとても緊張している。


 陛下は一度大きく頷いてから口を開いた。


「現時点で確認される問題は一切無かった」


「ということは…」


「ああ、君への疑いもこれで消える」


 陛下は確信を持った顔で告げた。


「あ、ありがとうございます!!」


 僕は深く頭を下げた。


「よっしゃあ!!」


 先ほどまで静観していた響が僕に飛びついてきた。


「俺はずっと信じてたぜ!!」


 その表情は僕よりも嬉しそうであった。


「ふふ、ありがとう」


 響の様子に僕も思わず笑ってしまった。


「さて、用は済んだし俺はそろそろ行くとしよう」


「あっ、ちょっと待ってください!」


 陛下の言葉を聞くなり響が焦った様子で引き留めた。

 何か用があるのだろうか?


「陛下にお願いしたいことがあります」


 響はそう言いながら姿勢を正した。


「聞こう」

 響はすぅと息を吸った。


「"俺達"と戦って頂けませんか!!」


 沈黙が走る。

 本人を除くこの場にいる者全てが言葉の意味を理解できずにいた。

 戦う?陛下と?

 それよりも"俺達"って僕のこと!?


「いきなり何を言い出すんだシャムロック」


 最初に反応したのは神崎会長だった。

 僕も神崎会長


「ロイド陛下は俺でさえ足元にも及ばない程の実力者だ。俺に負けたばかりの君が陛下と勝負しようだなんて無礼ではないか?」


 正論であった。


 響は返す言葉も無いといった表情だ。


「陛下、生徒がとんだ無礼を…」


 陛下が手を差し出し、神崎会長の言葉を遮った。


「"俺達"というのは君と三空くんということか?」


 どうやら陛下は興味があるといった様子だ。


「はい!」

 響も希望が見えたのか、力強く答えた。


「………なるほど。フッ、そういうことなら良いだろう」


 陛下は理解したと言ったふうに笑って言った。


「なっ!ロイド様!?」


 神崎会長がいつにも増して慌てた様子だ。まあ当然だろう。


「御身は一国の王にあらせられるんですよ!!公務も残っている上、何より陛下の威厳がですね……彼らを相手にするくらいなら私にお任せください」


 正に主人に手を焼く部下といった構図であった。


「なに、条件はある」


 陛下は視線を神崎会長から再び響に移した。


「……お聞きしてもよろしいでしょうか」


 響は緊張した面持ちで言った。


 その条件が響に取って飲むことのできないものであれば響の望みは叶わぬものとなる。


 陛下は言葉を漏らさずに指を二本立てた。


「一つ、今回の『学園対抗戦』で優勝すること…」


 陛下は指を一つ折る。


 響の表情が僅かに和らぐ。対抗戦の優勝は元々響が目指しているものだ。


 だが立てられた指は二本、条件はもう一つ残っている。


「一つ、その後は『進王護衛騎士団』へ入団すること」


 一瞬の静寂が流れた。


「そ、そんなことで良いんですか?」


 戸惑った風に響は聞いた。


 何故なら揚げられた条件は元々響が目指していたものと一致するからだ。響にとって又とない好条件である。


「フッ、対抗戦の優勝を"そんなこと"とはな……まあとりあえずこれが俺と戦う条件だ」

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