13.暗躍する者

 デイヒル上級学園。

 この日は二人の生徒による『決闘』が行われ、学内では一段と賑わいを見せた。


 しかし太陽の進みと共に生徒達は次々に下校し、月が登る頃には、最後に残った職員が門を施錠して帰路に着いた。


 風によって植物の擦れ合う音がよく聞こえるほどの静寂が学内を包んでいた。


 唯一の灯りである月が雲に隠れたことで学園は更なる暗闇に染まった。


 タッタッタッタッ


 本来であれば人ひとりいるはずのない夜の学舎内をローブを纏った男が気配を寸分たりとも出さずに駆けていた。


 特殊なローブと洗練された身のこなしによって普通の人間は彼を認識することはできないだろう。


「ッ!!」

 男は何かに気づいたのか突然足を止めた。


 コツ、コツ、コツ


 どこからか、彼とは別の、ゆるりとした足音が鳴り響いていた。


 上級学園というだけあって建物はかなりの大きさがある。そのため足音は聞こえるがまだ姿を視認できていない。


 さらには夜の静寂に生まれる音は通常よりも響き渡り、音のする方向さえも認識困難だった。


 ザッ…

 それでも男はは瞬時の判断で足音の遠ざかる方へと駆けた。


「はぁはぁ…ここもか…」


 直線の廊下の先にある扉を見て男は呟いた。

 一見ただ閉ざされているだけの扉には、魔法による結果が張られていた。


 ここに来るまでいくつもの扉や窓を回ったが全てが同じ結界によって閉ざされていたのである。


 コツ、コツ、コツ


「っ!!」


 男の背後で再び足音が鳴り響く。男が振り返れば、廊下の先に微かだが人型のシルエットが見えた。


「チッ……」


 男はダメ元とばかりに周囲を見回すがここは直線通路、逃げ場はない。


 コツ、コツ、コツ


 依然、姿は見えない足音の主はすぐそこまで迫っている。


 ローブを纏った男、デイヒル上級学園の教師であるゼン・バッハは構えた。彼はその身のこなしも宛ら、戦闘力も教師達の中ではトップレベル。言わば達人の域である。


 眼前に迫るのが並大抵の者であれば、瞬時に間合いを詰め、一蹴することが可能であろう。


 だが彼はそうしなかった。先程から鳴り響く足音から感じられる、圧倒的余裕。だが目視している人影には僅かな隙もない。

 

そして隠そうともしない殺気。


 紛うことなき強者。

 ゼンはそれを確信し、あらゆる攻撃に備える。


 雲に阻まれていた月光が再び地上を照らす。

 窓から差し込む光に二人の人影が照らされる。


「こんばんは、ゼン先生」


 ゼンは驚愕を隠しながら被っていたフードを捲り上げた。教師に似つかわしくない、軍人のようなゴツゴツとした顔が顕になる。


「誰かに追われていると思っていたが、神崎君だったか」


「不審な人影を見つけたものですから」


 姿を現したのはデイヒル上級学園の生徒会長たる神崎蓮。神崎は先程までの気配が嘘のように、笑顔を浮かべていた。


「学園に忘れ物をしてしまってね。それより、いくら生徒会長とはいえ、こんな時間に生徒が学園にいるのは問題ではないかな?」


 二人は教師と生徒会長という立場上、面識もそれなりにある。


 だがゼンは警戒を解いていない。それは自らがやろうとしていたこと故に。


「そうでもないですよ。放課後に学園に入ってはいけないという規則はありませんから」


 神崎は依然として涼しい顔を崩さない。


「他の生徒が真似する、ということだよ。では私はこれで失礼するよ」


 ゼンはゆるりと足を進めようとする。


「ところで…」


 二人の体がちょうど横に並んだタイミングで再び神崎が口を開いた。


「一体、何の忘れ物をされたんですか」


「……授業の道具を置いてきてしまってね」


 ゼンは真顔でそう答えた。


「そうでしたか。私はてっきり………国防の機密文書を…」


 刹那、ゼンが仕込んでいた短剣で切りかかった。


 だがそれと同時に神崎も剣を抜いていた。


 ガキンッ


 金属のぶつかる音が廊下中に鳴り響く。

 ゼンは初撃が失敗による終わるや否や、神崎から大きく距離を取った。


「どうやら最初から私の目的が分かっていたようだな」


「最初からずっと警戒していたでしょうに」


 神崎はフッと鼻で笑って言った。


 両者は間合いを取って牽制し合う。


「目的がバレているということは…私が何者か分かっている、ということでいいのかな?」

 ゼンは依然として無表情を貫いている。


「まあ…国家転覆を目論むテロリスト集団、『自由の会』のメンバーってくらいには」


 僅かではあったが確かにゼンは驚愕を露わにした。


 まだ一般には公表されていない情報。水面下で活動するテロリスト集団『自由の会』。

 ゼンはその幹部の一人であった。


「そんな馬鹿な……。何故そこまで知っている?我々の正体とその目的までは『騎士団』にも知られていないはず」


 ゼンは数多の思考を巡らせる。

『自由の会』はまだ表立った行動は起こしておらず、密かに情報を集め、メンバーを増やしている段階であった。

 だが只の学園の生徒にそれが知られていた。

 ゼンにとってこれは由々しき事態であった。


「貴様……何者だ?」


 ゼンは静かに問うた。


 国にも知られていない筈だった情報を一生徒が知っているわけがない。神崎は只の学生ではない。そう読んでの質問。

 今まで涼しい顔をしていた神崎からその涼しさが消えた。


 そして少しの間。

 ゼンは何も言わずに答えを待ちながらも思考する。


 目の前にいる男は勢力の強い組織の一員か、或いは裏社会に通じた人間か。確かな筋の情報により王宮の関係者ではない。そう考えた。


 神崎が小さく息を吐いた。そしてようやく口を開く。


「『進王直属護衛騎士団』…上級騎士、序列第七位。神崎蓮……と言えばわかっていただけますか?」


「な、なん…だと!?」

 答えはゼンの予想の遥かに上であった。


 この国の頂点に立つ王、『進王』の直属であり、軍事力において最強の一団。

 それこそが『進王直属護衛騎士団』である。


 そしてその序列七位。つまり神崎蓮という男は国内で十本の指に入る実力の持ち主であるということ。


「フッ、つまり君に勝てば私は国内屈指の強さということだね?」


 ゼンは動揺したもののすぐに落ち着きを取り戻していた。

 彼は昼間の『決闘』を見ていた。そこで見せた神崎の実力よりも自分の方が上であると判断したのだ。


「まあそういうことに…」

 不意打ちの如くゼンが地を蹴った。

 ゼンも達人の中の一人である。相手が格下と言えど油断はない。


『神崎が響との戦闘で見せた自然魔法は周囲の被害を考え使えない、そして神崎にはまだ見せていない手札が残っている』


 この予測に従って最高最速の一撃で決めることを決断する。


 幾つもの強化魔法を重ねがけし、剣閃を走らせる。


 彼の全身全霊を持った一撃の瞬間速度はあの時のの響をも上回った。

 ゼンの視界に映る神崎は微動だにしていない。


 蒼電が走る。


 ゼンの視界が送った次のコマには神崎の紺碧の稲妻を纏った剣が振り下ろされていた。


「がっ…あ…」


 言葉とは言えない声を上げ倒れたのはゼンの方だった。


 神崎によって振り下ろされた刃は短剣を握ったゼンの右腕を斬り飛ばしていた。


「いくら攻撃が速くてもそれに追いつく眼と頭がなければ、それよりも速い相手には反応できない」


 神崎は床に伏したゼンを見下ろして淡々とそう告げた。


「な、ぜ…」


 ゼンの声には既に戦意は無かった。


「ん?……ああ、見ていたんでしたっけ、今日の『決闘』を」


 先程見せた神崎の動きは、響との戦いで見せたものとは明らかに別物であった。


「手を抜いてたわけじゃないんですよ。あの時は視界の端であなたの方に注意を払っていましたから」


 ゼンの表情が更なる驚愕に染まる。

 彼が纏っていたローブは魔力による探知を逃れる加工が施されている。更には完璧に支配コントロールされた気配。

 彼はあの場で自分に気付ける者はいないと思っていたのだ。


「さて、大人しく投降してくださいね」


静かにそう告げた男の眼光にはこれまでにない程の殺意が込められていた。


翌日、ゼンの規則違反による懲戒処分という通達に学園中の誰もが虚をつかれる物となった。

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