8.決闘

 翌日、神崎蓮は再び響に接触する。


「今日は一人のようだね」


「またあんたか…」


 響にいつものような元気は無かった。


「元気がないね。俺でよければ相談に乗…」


「余計なお世話ってやつですよ。用がないならもう行っていいですかね」


「ふむ…君の誘い断るなんて彼は損な人間だね」


「嫌味でも言いに来たんすか…」


 神崎の言葉に響は怒りを露わにする。


「落ち着きなよ。癇に障ったのなら謝ろう、だが普通に誘っても君は断るだろう?」


 響に返す言葉はなかった。しかしそれは神崎に反論の余地がなかったからではない。


「おや?その様子だと俺の予想は外れていたかな?」

 響は迷っていたのだ。

「思ったよりも話が進みそうだ」


 神崎はなにか企んでいるといった風だった。


「……話?」


「ああ、俺はあれから色々考えたんだが…結局、一番簡単な結論へ行き着いた。……君に『決闘』を申し込みたい」


 僅かな沈黙。軽い気持ちで答えるわけには行かない。響は考える。


「もちろん、行うのは教師が立ち会う正式な『決闘』だ。君が勝てば二度と君を誘わない。僕が勝てば僕と共に予戦を戦って貰う。いいかな?」


「少し考える時間を貰えませんか?」


『決闘』で敗北した先には望まぬ未来しか残されていない。響は今すぐには答えを出せずにいた。だが神崎はそれを許さない。


「フッそんな無駄な時間は必要ないさ」


「………?」


 響が目にしたのは今までに見たことのない残虐な笑みだった。


「君が断るはずがない。……もし断られたら俺は腹いせに強硬手段に出るかもしれないね」


「強硬手段…?」


 察しの悪い響に溜め息が吐かれる。


「まだわからないかい?例えば…人質とかかな」


「…て、てめえ!!」


 響には誰とは言わずに伝わった。


「修に何する気だっ!!」


「もしもの話さ」


 果たして学園内でそんなことができるのだろうか。教師達に見つかれば神崎は終わりだ。そんな懸念を抱いた響だが、神崎から溢れ出す自身からそれは無に帰した。


「受けてくれるかな?」


「…当たり前だ。その腐った性根ごと叩き潰してやる」


 響は憤慨していた。それは修を利用されたからだけではない。さっき見せたあの笑み。その邪悪さに響は本能的に怯え、怒るしかなかった。


「良い眼だ。では今日の放課後に運動場に来てくれ。諸々の手続きは言い出した俺がやっておこう」

 この時、彼らは一つの勘違いをしていた。

 相手の実力の底である。





「あっ、やっと戻ってきた」


 購買に昼食を買いに行っていた響が戻ってきた。かなり機嫌が悪そうだった。


「待たせて悪いな。……実はさっき神崎…」


「聞いたよ響君!あの神崎会長と『決闘』するんだって!?」


 数人の生徒達が響が戻ってきた事に気づいて駆け寄った。


『決闘』!?響が?神崎会長と?なんで?


「な、誰から聞いたんだよ」


「誰って今学園中で噂になってるよ?」


 ちなみに僕は初耳だ。


「チッ、あの野郎……」

「俺達も応援しに行くからな!」

「ああ…」


 そう言って響は人混みを抜けいつもの席に戻る。僕の隣の席だ。


「大丈夫?」


 かなり深刻な表情だったため思わず話しかけた。


「おうよ!めちゃめちゃ元気……ってわけじゃねえけどな。あはは」


 空元気だった。


「何があったの?」


 思い切って聞いてみた。


「……まあ、な。あの野郎に『決闘』を申し込まれてよ。色々言われてカッとなっちまって…そのまま受けることになった」


 あの野郎とは神崎会長の事だろう。言い様を見るに相当なことを言われたようだ。ここまで不機嫌な響は初めて見た。


「それで?『決闘』の条件は?」


『決闘』に勝利した者は敗者に条約を果せるらしい。まあ大体予想は付くけど…


「今度の予戦の相方だ。向こうが勝ったら俺は強制的に組まされるってわけだ」


 予想してた通りだった。もう決まったことだし僕にできることは応援くらいか。


「僕も応援に行くよ!」


「おいおい、そんな心配すんなって!」


 未だ空元気で振る舞っているようだ。


「いつも助けて貰ってるんだ僕にできることは何でもするよ!」


 当然のことだ。

 だが響の返答が詰まる。何かおかしなことを言ったかな?


「…………修、ありがとな。…でもそれはお互い様だろ!」


 なんだか吹っ切れたようだ。感謝を言われるような事をした覚えはないが、僕が響の助けになったのなら心嬉しいことだ。




 キーンコーンカーンコーン


 今日の授業が全て終わった。

 あと残されたのは…


「よし、じゃあ行ってくるぜ!」

 覚悟を決めた、という眼ではない。あれは勝ちに行く眼だ。

「うん、応援してるよ!」


「響くん頑張って!」

「頑張れよー!」

「応援しにいくよー」


「おう!」

 そう力強く答えて教室を後にした。





 さて、僕もそろそろ行くか。少ししてから僕も教室を出る。


 すごいな。運動場の入り口に行列ができていた。その列に並びやっとの思いで運動場に入ると、既に観戦席は満席だった。


 生徒会長の人気ということだろうか?仕方ないので立ち見のエリアに行く。そこでもかなりの数の人が居たが、奇跡的に最前列に来ることができた。


 生徒達の歓声が広がる。響と神崎会長が出てきた。二人とも剣を装備しているようだ。


 今になって気づいたが、僕が響の実践を見るのはこれが初めてだ。以前の授業でイデオと戦ったときはかなり良い勝負だったらしい。


 だが相手はこの学園の生徒会長。おそらくこの学園でトップレベルに強いはずだ。


 さっきまで響のことが心配ではあったが、なんだかこの戦いが楽しみになってきた。


 響達に続いて、立ち合い人らしき教師も現れる。すぐに始まるのかと思ったが何やら響と神崎会長は話をしているようだった。




「さっきは怖い顔だったけど…なにかあったかい?」


 奴は俺の微細な変化にも気づいて揺さぶりをかけてくる。だがそれは想定内だ。


「あんたには関係ない事ですよ」


「……そうかい。じゃあ、始めようか」


 深呼吸する。俺は奴の言葉には耳を向けない。ただ静かに、集中する。


「それでは神崎蓮と響・シャムロックによる『決闘』を行う。立ち会い人の私がどちらかが戦闘不能と判断した時点で勝敗を決するものとする。それでは………」


 俺と奴は同時に抜剣し、それぞれの構えを取る。


「始め!!」


 瞬間、奴は地を蹴り、俺の目前まで接近する。おそらく奴の『身体強化魔法』だろう。


 奴の剣が俺の上段を薙ぐ。

 ……ように見えただろう。"その魔法"を使えるのはコイツだけじゃない。俺は『身体強化魔法』により通常不可能なタイミングでそれを躱した。


「ふっ!!」


 空を薙いだ剣が流れるように上段から振り下ろされる。


 ガキンッ

 瞬時の判断。二つの剣が交差してぶつかる。


「…よく防いだね」


 間合いを取り直して奴は言った。


 ……いきなり危なかったぜ。


 今の一撃には何かしらの魔法が乗っていた。初撃よりも数段速く、回避しようとしていれば斬られるだけでは済まなかっただろう。


 チッ、情報収集でもしておくべきだったか。


「さあ、第二ラウンドといこうか」


 来るっ…!!

 気づいた時には俺の足元に小さな溶岩火山が現れていた。


 ドゴオオン


 火山が噴火する。


 間一髪。瞬時の判断で後ろへ飛び、噴き上がる溶岩を回避した。


 さっきの攻撃で既に仕掛けていたのか。


 だが、なんだあの魔法は……。炎魔法なのか?いやそんな事よりこいつ……


「まだだよ」


 奴が剣を大地に突き刺す。数多の魔法反応。さっきの火山が辺り一帯、俺を取り囲むように現れる。


「<大地の怒りヴォルカ>」

「<光化エドラム>!!」


 溶岩が次々と噴き上がる。だがそこに俺は居ない。俺は文字通りで噴き上がる溶岩を回避する。光魔法による光速機動。噴き上がった溶岩が湾曲し、俺を追尾する……が遅すぎる。数多の溶岩流を回避し、奴の眼前へ迫る。


 油断するな、この体勢から最速で攻撃に繋げろ!!


 放たれた光の一突き。奴は咄嗟の反応で身を捻る。


「っ!!」


 俺の攻撃が奴の左肩を掠め、今まで余裕のあった表情が崩れる。


 しかし奴の対応も速かった。再び無数の火山が周囲に現れ、後退を余儀なくされる。


「<熾光砲ブライトカノン>!!」


 数多の魔法陣から光の砲弾が放たれる。


 ドゴオオオオン!!


 二つの魔法が相殺する。


「ようやく本気を出したようだね。流石に今のは危なかった」


 奴は回復魔法をかけながらも再び余裕のある態度だ。危なかったとは言うものの実際はどうだろうな。


「本当さ。少しでも反応が遅れてたら終わってたよ」


「お前が殺す気で来るなら俺もそのつもりで行く」


 全ての攻撃に奴の殺気が込められていた。


「ふふ、そうでなきゃね」

「ふぅ…」

 俺は再び深呼吸をする。まだ始まったばかりってことか…。

 先の一瞬、俺は紛うことなく本気で殺しにかかった。

 だが奴は違う。

 奴はおそらく………


 まだ本気を出していない。

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