4.無駄な努力

「ねえ三空くーん。お願〜い」


 入学してから二週間が過ぎた。僕と響の前には同じクラスの三人の女子生徒がいた。


「お前らなあ…いい加減にしろって…」


 響が呆れた風に言う。


「うちらこの後予定あってー急いでるんだよねー。だからお願ーい」


「修、早いとこ断っちまえよ」


「まあ大した手間もかからないし…」


 僕はそう言いながら空間魔法<空間接続スペースコネクト>の魔法陣を描く。

 僕の傍らに空間の裂け目が現れ、その先には学園の購買が見えている。


「どうぞ」


「ありがとー」

「三空君の魔法まじ便利だよねー」

「それなー」


 そう言って彼女達は裂け目を通って行った。


「修よぉ、お前あいつらに舐められてるぞ」

「うん…でも、その…誰かの役に立てるなら…」


「そうかぁ?あんまり下手に出るのもよくねえと思うんだけどな」


 事の発端は僕と響が空間魔法を使って移動しているところを偶然見られてしまったことだ。それ以来こうして僕の空間魔法を尋ねてくる人が次々とやって来る。今日はこれで三件目だった。


「そろそろ授業始まっちまうから急ごうぜ」


「うん、運動場なら僕の魔法で…」


「いや今日は歩いて行こうぜ」


「どうして?」


「それ結構魔力喰ってるんだろ。あんま無理してると授業で使う魔力が空になっちまうぞ」


「そうだね。ありがとう」


 そんな会話をしながら僕たちは次の授業の集合場所へと向かった。



「よし、それでは『基礎戦闘訓練』の授業を始める」


 運動場にてザッハ先生が全員揃ったことを確認して声をかける。


『基礎戦闘訓練』…はっきり言って苦手な授業だ。何しろ僕はこの授業で使用を許可されている魔法の一つ、魔弾を使うことができないのだ。


「本日は一対一の実戦演習だ。始める前に幾つか実戦のポイントを教えよう。それではイデオ、前へ」


「はい」


 どうやらイデオが見本の相手になるようだ。僕の横にいる響は不満げな表情だった。


「以前解説したように戦闘で攻めに使われる魔法は二種類ある。一つは魔弾を含めた攻撃魔法だ。もう一つは誰かわかるか?」


 前方にいた生徒が指名される。


魔法技まほうぎです!」

「その通りだ」


「イデオ、魔法技を実演してみろ」


 ゴゴゴゴ…


 ザッハ先生の魔法によって大岩の的が現れる。


「<雷光拳らいこうけん>!!」


 イデオの拳から稲妻が放出される。


 ドカーーン‼︎


 一瞬にして大岩が跡形もなく吹き飛ぶ。


「見事だ。魔法技は自身の魔法属性を身体や武器に纏わせて放つ魔法だが、その最大の長所は速射性にある」


 確かにイデオの放った<雷光拳らいこうけん>は他の魔法を起動するよりも早かった。


「知っての通り魔法技は魔法陣を描く必要がない。それゆえに攻撃魔法よりも速いというわけだ。だが短所もある。響、分かるか?」


「飛距離の短さです!」


「そうだ。殆どの魔法技は攻撃魔法の飛距離に遠く及ばない。つまり距離によって攻撃の手段を見極めなければならないということだ」


「それが難しいんだよなぁ…」


 響は小声で呟く。確かに間合いの取り方は想像するだけでもかなり難しいように思えた。


「それでは実戦演出を始める。ペアを作れ。そして今回は下級までの攻撃魔法と魔法技の使用を許可する。くれぐれも気をつけることだ!怪我をしたものはすぐに報告しろ」


 生徒達は各々で仲の良さや強さでペアを形成していく。


「修!一緒にやろうぜ!」

「嬉しいけど僕なんかでいいのかな」

「なに言ってんだ!やるぞ!」

 そう言いながら響は僕と肩を組んでくる。


「おい三空、俺と組めよ」


 一人の生徒が僕に声をかけてくる。一度も話したことない人だけどなんで僕なんだ?


「修は俺と組むことが決定したんだ!ていうか誰だお前」


「これは心外だなぁ。同じクラスの桐生涼きりゅう りょうだよ。シャムロック、お前はグラミーとかと組めよ。その方が練習になるだろ?」


 確かに響は僕なんかよりイデオ辺りと組んだ方がいいと思う。


「ごめん響、僕もそう思うよ」

「じゃあ決まりだな」


「修がそう言うならわかった…」


 響は残念そうに肩を落とす。気持ちは嬉しいけど響のためだ。


「その代わりお前、おかしな真似をしたらタダじゃおかねえからな」


「フッ…何の話だよ。じゃあ三空向こうが空いてそうだ、行こうぜ」

「わかった。ごめん響…また後で」

 そう言って僕は響と別れた。



「それじゃあ始めるか」

「うん」


 元居た場所からかなり離れたところまで来てしまった。


 桐生君はそう言いながらもザッハ先生達の方を気にしているようだった。


「どうかした?」

 僕もそちらを見るとザッハ先生は生徒に個別で教えてるようだ。


「いや何でもない。それよりも三空って魔法技使えるのか?」


「いやぁ…魔法技はおろか攻撃魔法も使えないよ…はは」

「……そうなのか。じゃあこれからどうやって戦うんだ?」

「それはこれから見せるよ!」

「そうか…」


 桐山君は僕から距離を取る。


「それじゃあ始めるぞー」


 かなり距離があるので僕は手を振って応える。


「……ッ!!」


 一呼吸おくと思っていたがいきなり赤く燃える魔弾が飛んできた。距離があったため弾道を見切って回避する。


 自己紹介の時に彼が『炎魔法』と『風魔法』の使い手と言っていたことを思い出す。


「次は避けられないぜ…はぁ!」


 再び同じ魔弾が複数放たれる。


「ここだ!<空間接続スペースコネクト>!!」


 魔弾の軌道上と僕の傍らに空間の裂け目が現れる。空間の裂け目へ入った魔弾は僕の傍らの裂け目から出現し、放った本人へ向かう。


「なに!?」


 送り返した魔弾は一発命中したが身体強化にて防御された。


「なるほどな……『空間魔法』にそんな使い方があるとはな」


 "あの日"から攻撃魔法を持たない僕が導いた結論。


 再び魔弾が複数放たれるが全てを送り返す。


「ちっ…耐久勝負ってわけか」


 <空間接続スペースコネクト>は攻撃魔法に比べ魔力の消費が少ない。このまま攻撃を送り返していれば先に隙を見せるのは向こうだ……と言いたいところだが些か今日はすでにかなり消耗している状態だ。


 さてどうするか……


 魔弾を使うのは悪手と判断してか桐山君は魔法陣を形成する。


「<鋭刃風ウィンドカッター>」


 風に乗った斬撃が放たれる。


「<空間接続スペースコネクト>!」


 魔弾よりも速度が数段上だったため、反射的に空間の裂け目を自ら通って回避する。


「<風脚ウィンドウィア>」


 桐山君が目にも止まらぬ速さで距離を詰めてくる。さっきより魔法の発動が数段速い!?


 咄嗟の出来事で反応が遅れる。その隙に彼は僕の懐へと迫った。


彼の様子がおかしい。


「へへっ…」

 彼に胸ぐらを掴まれる。この距離に来て彼がとてつもない殺気を放っていることに気がついた時には遅かった。

「……………………」


「先生ー!三空が気を失って…」


「………………っ!」


 気がつくと知らない教室?にいた。

 僕は…どうやら桐生君に投げ飛ばされて気を失っていたらしい。


「やっと目を覚ましたか。このまま起きないんじゃないかと心配したぜ」


「桐山くん…これゔぁっ」


 不意に腹部を殴られ前方に崩れ落ちる。


「けほっげほっ…なんで…」


 見上げる僕に桐山くんは下卑た笑みを見せる。


「いやぁ…お前さ、ムカつくんだよねっ!!」


「っあ!」


 顔面に蹴りを喰らう。今まで感じたことのない痛みだ。


「お前みたいな金でなんでも手に入れるような貴族には反吐がでるってんだよっ!」


 倒れる僕に彼は何度も蹴りを入れる。僕はどうにかこの状況を打破する方法を考える。


「安心しろ。先生にはお前は早退するって言ってあるからよ。そしてここには誰も来ない」


 蹴りが止んだ隙を見て空間魔法を使って脱出を試みる。


 ……魔法が発動しない。


「魔力切れか。貴族の癖に情けねえな」


 どうするどうするどうするっ!!


 このまま彼が飽きるのを待つか…そうすれば後に学園へ被害を届け出ることができるか。

気絶している間にも攻撃を受けていたのか体に全く力が入らない。


「お前みたいなやつはこのまま耐えれば助かるとでも思ってんだろ?甘いんだよっ!」


 再び蹴りを入れられる。段々と意識が朦朧としてくる。


「お前がこのまま耐え続けるってんなら俺にも考えがあるぞ?一生の深手を負わせるか、もしくはお前から何か奪っちまうか…」


 彼は僕の懐を探る。


 まずい!!今の所持してる物の中には…!


「……!これなんか大切そうだよなぁ!」


 彼が青く輝くブローチを手にする。


「それ…だ…けは…」


「ぶっ壊されたくなかったら俺と契約を結ぶんだなぁ」


 彼は下劣な笑みを浮かべ語りかけてくる。


「一つ、今後は俺に服従すること、一つ、ここでのことは誰にも言わないこと」


 その言葉に合わせて契約魔法が描かれる。調印した者は絶対に逆らうことのできない魔法だ。


「さぁどうすんだぁ?」

「…くっ………………」

 クソ!!


 …どうして僕はこんなに弱いんだ

「戦って思ったわ」

 なんでもっと強くなれなかったんだ

「弱いなりに色々考えて」

 努力した気になっていただけだったのか

「努力したんだろうなぁ」

 どうして!

「教えてやるよ、そりゃあ無駄な努力ってんだよ」


 意識が朦朧とする……





「……!?」

 何かがおかしかった。

 桐生くんの気配が消えた?

 しかし顔を上げるとそこにはちゃんと彼がいた。

 だが動かない。まるで…



 まるで時が止まったように…



「よぉ大丈夫か?」


「あな…た…は…?」


 桐生くんの後ろに不思議な青年がこちらを向いて座っていた。


「思っていたよりも酷い目にあったな」


 その言葉には感情がないように感じた。正確にはこれくらいの傷はなんでもないと言うような…そんな言い方だった。


「っん…」


 僕は痛みに耐えながらなんとか体を起こす。


「これは一体……僕を助けてくれたんですか?」


「偶然だがな」


「……?」


「偶然通りかかったところに偶然おもしろそうなやつがいて偶然そいつがピンチだったから寄り道しただけだ」


 何を言っているか全然わからない。


「さあ」



「お前はこれからどうするんだ?」

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