〇ライブの後、オレたちは四人で食事することにした。
ライブの後、オレたちは四人で食事することにした。Dはそれについて不満だったみたいだが。
「せっかく二人きりになりたかったのによ。」と愚痴るDを、新井ナナが笑い飛ばした。
「せっかく来てくれたんだから。」もちろんそれは、オレと田中美千代のことである。
「お邪魔なら消えてもいいんだぜ。」とオレは言ったが、そう言われるとDは肩をすくめてみせる。
「みんないたほうが楽しいよ。」とそこで言ったのは美千代だった。
「だよね。」とナナも言って、それでオレたちは渋谷のレストランに入った。ワインを飲めるようなスペイン料理屋だ。
「よくこういう場所に来るのか。」とDが聞いて、ナナと美千代はほくそ笑んだ。
「まぁね。」と言ったのは、男たちと来るからだろう。だがそれについてはオレもDも追及しなかった。オレたちは適当にスペイン料理と酒とを注文した。そしてこじゃれたウェイターとウェイトレスからワインを受け取る。
「乾杯といきますか。」とオレが言って、みんながうなずいた。
「みんなの未来と、ナナのライブの成功を祝して。」と言ったのは美千代だった。あまりにも祝福ムードで、オレは早くも酔っ払いそうだった。
「こういうのは苦手なんだ。」とまっさきに言ったのはDである。
「こういうのって?」と言うナナの周りでは、カップルや女性たちが楽しそうに食事をしていた。
「いや、こういう洒落た店ってことさ。」とオレがDの代わりに言う。
「いいじゃん。オシャレな店。」とナナが笑う。
「そうだよ。女の子はみんなこういう店が好きなんだよ。」と美千代も言った。
「それはわかるが。」とDは赤ワインを飲んだ。
「性に合う、合わないってのがあるからな。」とオレもワインを飲む。そしてデカンタのお代わりをすぐに注文した。
「モグラだもんね。」とナナが言って笑った。
「ネズミとモグラ。」と美千代がオレの肘を叩いて笑った。
「どっちがモグラで、どっちがネズミなんだ。」とDが聞いた。
「どっちでもいーさ。」とオレは言ったが、二人の女の子は交互に顔を見て笑っている。
「どうだろうね。」とナナは言って、また笑った。そもそもモグラがどんな顔をしてるのか、彼女たちが知ってるわけもない。
「かわいいんじゃん、どっちも。」と美千代が好意的な発言をしたおかげで、オレもDも多少機嫌がよくなった。単純なものだ。
「この歳でかわいいなんて言われるとは思わなかったな。」とDは言って、タバコに火をつけようとする。
「たしかに。」とオレは答えると、ウェイターが禁煙席であることをDに知らせに来た。
そのスペイン料理屋を出ると、夜はさらに深まった。坂を降りながら、オレたちはタクシーを拾うことにする。終電はなくなっていた。家までタクシーを走らせるとそこそこの料金になる。ホテルに入るという手もあるが、四人だから別々に入るのか。思案のしどころだった。
「あたしはいいよ。」と最初に言ったのは、美千代だった。
「いいって、オレとか?」とDが言うので、彼女は笑った。
「あんたでもいいけど。」つまりオレのことを意味していたのだ。もちろんそうだろう、なぜならDとナナはいい仲なのだから。
「いいの、みっちゃん?」と新井ナナは友達に聞いた。
「うん。」と彼女は答えて、その白い腕をオレの腰に回してきた。
「酔っぱらってるよな。」とDがいらぬことを言うが、美千代もナナもそれを笑い飛ばした。タクシーは坂を再び上って、ホテル街へとオレたちを誘い込む。
「じゃあ、別れて入るか。本当は四人って手もあるが。」とオレが言って、ナナと美千代の腰に手を回した。
「なに言ってる。」とDがナナの手を引っ張った。
「だめよ、ちぎれる。」と再びナナは笑いながら言った。タクシーから降りて、オレたちはホテルへと入った。オレは美千代と、Dはナナと一緒だった。でもオレは気づかなかった、それがまさかDを見る最後になるとは。
「じゃあな。」とオレは言って、奴らに向かって手を振った。
「おう、さよなら。」と冗談めかして答えるDの姿が、今でもオレの脳裏に染みついている。別れとはいつでもあっけなく訪れるもんだ。
「入るよ。」と美千代は言って、ホテルのドアを開いた。とてもカラフルな部屋で、なんだか少し憂鬱になった。
「いい部屋だな。」とオレは言って、彼女の頬にキスをする。
「なんで唇にしてくれないの?」と彼女は言った。意外に積極的な女だった。
「酔っぱらってる。」とオレは少しとぼけたフリをしながら、次には彼女の唇にキスをした。そして彼女の乳房をまさぐった。そこで何をしようが、ラブホテルなのだから自由というわけだ。当然血みどろの事件にならない限りは。早朝にホテルを出るとき、Dたちの部屋を確認しようとした。だが奴らの部屋がどこだったのか、すっかり忘れてしまっていた。
「いいんじゃない。後で電話すれば。」と美千代が言うので、それもそうだなと思った。それでホテルを出て、ラーメン屋に入った。夜中に入った店とは別の店だ。カラスがそこらにたむろしてて、早朝から鳴いていた。
「さすがに眠いな。」とオレが言うと、美千代はオレの肩に頭をつけて目を閉じた。
天国の階段を上る、ってのはどんな気分なのだろう?オレは目覚めながら、そう思った。どんな夢を見た後だとかは忘れてしまったが。隣には、古ぼけたドラム缶みたいなDの顔があった。
「どうしたんだ。」と言いかけたところで、階段を踏み外す。それで正気に戻ったのかは分からない。いつだって夢は、一歩掛け違えた現実の続きのような気がする。
「探偵に向いてないんじゃないの。」と美千代は言った。
「そうかもな。」と青白い顔のままオレは答える。
「警察には届けた?」と彼女は白い手をコーヒーカップにやりながら言う。
「警察なんて信用できないけどな。」とオレは経験から言った。
「そうだけど。」だからって、どうしたらいいの?と彼女は言う。
「自分たちで、手がかりを探るんだ。」とオレはいかれたイカロスのように答える。
「手がかり。」と言ったまま、美千代は空中を十秒間見続けた。
「そうだ。まずはホテルに行こう。」とオレは言った。失踪したDとナナの跡を追うには、百万の方法があるように思えた。だが、選択したのは一番手堅いものだ。
「聞き込み?」と美千代が聞く。オレはうなずいて、できたばかりのコーヒーに口をつけた。
「そうだ。探偵の一番最初にやること。」とオレは知ったかぶって言った。自分は探偵になりたてだというのに。
「じゃあ、あたしはナナの友達とか当たってみる。」と彼女は言った。それも一つの手ではある。
「そうだな。オレもDの奥さんとかに。」と言いかけて、オレは黙ってしまった。
「どうしたの。」と美千代が聞いてくる。
「実は連絡先がわからん。」とオレはコーヒーカップを置きながら答える。
「そんなの調べればわかるんじゃない。いくらでも。」とオレのことを少し軽んじながら彼女が言った。
「そういう言い方は男のプライドをずたずたにするもんだぜ。」とオレは言ってしまった。
「だって探偵なんでしょ。」と彼女は真剣に言う。
「そうさ。ただ、探偵にも得意と不得意というのがある。」とオレは言い訳がましいことを言った。
「ふーん。」と言う美千代の言葉には、不満が見て取れた。
「もちろん、当たってみるけど。」とオレは仕方なくそう答えた。我ながら情けない。
「とにかくさ、無事だったらいいんだけど。」と彼女は言って、フーっとため息をつく。
「そうだな。」とオレは言って、満面の笑みを浮かべているDの顔を思い出した。
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