第5話 月
地球から384,400 km離れた位置にある衛星・月。
望遠鏡で覗いたならばクレーターに見えるドーム外壁、過去にスペースシャトルなどで降りた者や物には、思考・視認イメージを改竄する装置が存在する場所。古来より、地球人類を支配・使役する存在が住まう区画。決して大きなドームではなく、少し地下をくりぬいて、さらに地表に少しだけ展開している建造物は、見る者が見たならば、平安時代の寝殿造に酷似している。管理された酸素、天候、気温。在りし日の令和の時代から考えれば、超科学というほかない技術力で構築された月社会は、既に月歴180500年を迎えている。
日本国における歴史において、縄文時代と呼称される時期の少し前に栄えた葦原文明。彼らはその直系の末裔である。氷河期が理由で月へと逃れたごく少数の人類は、その後地上に生き残った人間に、操作を加えた。以後、支配し、幾度も地球文明を滅亡させては、再構築してきた。時に人間は、彼らを『神』あるいは『敵』と呼ぶ。滅亡させた文明の代表例は、アトランティスやアッカドであろうか。
透渡殿を十二単を纏った一人の女性が進んでいく。平安の世の日本女性との違いは、髪型だけだ。その容貌も地球の人間と変わらない。ただし僅かに宙を浮かんでいるため、衣を持つ侍女はいない。するすると進みながら、月を統べる女王である
全世界規模で広がっていた葦原文明の首都、それが現在の日本国である。よってこの月社会においても、日本国は特別視されている。実際、現在も他国が月文明に屈しようとしている中で、日本国は敗北を認めない。鎖国政策を用いて外国の情勢を民に伝達しない部分を含めて、対抗意識が見える。それもこれも、悪いのは――『朝永機関』である。少なくとも馨弥はそう考えていた。
「忌々しい事ね。早く潰してしまわなければ」
ブツブツと呟きながら、彼女は先へと進む。現在、葦原文明からの直接の生存者は、馨弥のみである。他には月で生まれた少数の者と、世話をさせるために生み出した人間のみだ。ただこの人間らは、地球の人間とは、生み出す際の操作を少し変化させていた。
「姫! どちらですかー?」
その時大きな声がした。使用人の人間の声だ。何か用かと、馨弥は足を止める。最近は忌々しいことばかりであるから、さっさと現在の文明を滅し、新しく己の思い通りになる社会を築きたいというのに、さっぱり上手くいかない。それが彼女を苛立たせる。
月の日々は、そのように流れている。
コウノトリと女 水鳴諒 @mizunariryou
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