第4話 首都を離れた土地

 日高見府は、日本国の中でも特別な区画である。首都として、一定の科学水準の中で機能している。他には、東京府や大和府なども存在するが、そちらとも一線を画している。他の多くの地域において、西暦2524年現在の人々は、退行した文明の中で生活を営んでいる。日高見府を遠く離れた雪深い山国、ここもそんな人々の集落の一つで、蝦夷えみし区画のはずれである。そこには喜瀬きせの一族が暮らしていた。彼らが日高見府と接触を取るのは、基本的に人生で一度、子を得る時のみである。


 喜瀬優雅きせゆうがは、この一族で成人したばかりの青年だ。喜瀬の一族では、十八歳が成人年齢である。黒い髪に、同色の瞳をしていて、その眼は切れ長だ。凛々しい外見を裏切らず、行動力もあり、山に分け入れば必ず獲物を仕留めてくる。黒装束に狐面を身に着ける事が、一族の決まりだ。もうじき彼は、子を得るために日高見府へと向かう。


「オナゴが戻れば、このような旅はいらぬのになぁ」


 優雅が社に入ると、長老のはるかが嗄れた声を発した。


「遥爺様。またその話か? 女なんていうのは、ただの昔話だぞ?」


 苦笑した優雅に対し、遥は首を振る。

 喜瀬の一族には、喜瀬の一族の神話が伝わっている。その中において、古代の世には女性がいたという伝承があり、古文書にも確かにそういう記載はある。なんでも西暦2100年頃、アサナガシオリという女性が、喜瀬の一族に知恵を与えたという物語だ。


「最近は天啓がないがの、アサナガシオリ様はちょくちょく喜瀬の一族に声をかけてくれたのだよ。儂の曾祖父は、直接声を聞いたというておったからの」

「耄碌して幻聴でも聞いたんだろ? ないない、いるわけがない」

「優雅よ。何事も否定すべきではない。世界中を探したわけではあるまい? オナゴはどこかにいるやもしれん」

「俺はそうは思わねぇよ。そんなんだから、蝦夷地の者は田舎者だって馬鹿にされるんだ。俺はきちんと日高見府でも堂々として、上手くやってくる」


 そう述べると、優雅は快活に笑った。遥はそれを見て、皺だらけの顔に苦笑を浮かべる。


「優雅よ。日高見府の者には、この地よりも、『月の悪姫あっき』の影響が強いという。気を付けるようにな」

「それも俺はお伽噺だと思うけどな」


 日本国において『月の悪姫』というのは、幼子でも知るお伽噺の一つだ。古来より月に住まう邪神が存在し、地表の民を害しているという神話である。かぐや姫や竹取物語といった、月に由来する物語の一つだと考えられている。


 ――『月の悪姫』に目をつけられた人間は、決して逃れられない。


 そんな有名な一文がある。またこの悪姫は、女性だとされている。世界には女性など存在しないから、その段階で架空のお話だと、優雅は判断している。


 この物語の内容では、月に住まう悪い姫神が、地表の民を害そうとしている中で、地表に存在する数少ない女性が、それを排除すべく男性である人間をまとめるという骨組みがある。男性が添え物の内容は、民衆には受けが悪い。お伽噺は時に残酷な一面を持つが、このお話も同様で、月の悪姫は民を滅ぼすべく地球に女性が生まれないようにし、残った数少ない女性は男性を陰から支配しながら対抗策を練っているという記載がある。その上この物語には、結末がない。そこもまた、後味の悪さや薄気味悪さを感じさせる。このお伽噺によれば、女性は今も世界を、男性を支配しているという設定で終了だ。めでたしめでたしにはほど遠い。


「俺は、きちんと子を得て、ここに戻る。だから、気にしないでくれ」


 そう口にして、優雅は朗らかに笑ったのだった。




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