第2話 冒険の始まり
「なぁ。これどう思う?」
「俺の新作。」
「冒険の始まりの部分だ。」
そう言って手のひらからコードを垂らしながら彼は近づいてきた。
コードをこちらも伸ばし、データを受け取る。
送り付けられてきた文章は、これまでの歴史が大雑把に書かれていた。
「冒険?」
「ぱっと見歴史小説でも書くような内容に見えるけど。」
「まあ、それにしちゃあ適当な部分も見受けられるけど。」
「悪かったな。」
「今回は異界に潜って、様々な物品を回収して荒稼ぎする回収者に着目した作品だ。」
「まあ、要するに俺たちの副業をそのまま話にしちまおうって話だ。」
「ついでに、異界の中から金になりそうなものかき集めて一石二鳥!!」
「そんな都合よくいくかな?」
「あと、もう一つ気になったんだけど、回収って副業だったの?」
「副業!!」
「本業よりも稼いでいるけど副業!!」
「ほら、目標地点ではこの時代に作られた失敗作が陣取っていることが多いだろ。」
「だから、こういう風に書いたらわかりやすいかなぁって思ったんだよ。」
「で、で!!」
「ここから先、主人公は回収に向かい点数を稼いで小さな目標を少しずつ達成していくんだ。」
「そして最後には大きな夢を叶える。」
「そんな感じで話を進めていこうと思う。」
「で、助手君。」
「読んでみてどう?」
そう言いながら、向けられた目は輝いていた。
口と目に小さな穴が開いているだけの顔面パーツにもかかわらず何でそんな表情ができるんだ。
私はそう思ったが、態々口に出す事でもないかと考えた。
そして黙って読む。
「この程度の量じゃ、まだ何も言えないよ。」
「第一、ちょっと前に言ってた小説はどこに行ったの?」
「なんだっけ?巨大な戦斧を持ったスーツのおじさんの話だったっけ?」
「あれ、3話ぐらい書いてたよね?」
そういうと、彼は顔をそらす。
「いや、ちょっと。」
「その…。」
「ね!!」
「いや、何がね!!なのかは知らないけど。」
「ちょっと書いている内に新しい構想が浮かび上がってしまってね。」
「ほら、わかるだろ?」
「お前が継続力が皆無なのはよくわかった。」
ショックを受けたような顔をした気がする。
いや、笑っているのかも?
わかりにくいなぁ。
「ねぇ、いい加減顔面パーツでも買ったらどう。」
「前の作品は一応売れたんでしょ?」
「ま、まぁ売り上げは入っているから。」
「ほらこの財布見てくれよ。」
わざわざデータから実際の形に変えて見せびらかしてくる。
「ほぼ小銭じゃねぇか。」
「でも、売れたのは事実だから。」
その言い訳を聞きながら、私は繋がっているコードを伝って本来は見えない売却データを覗き見る。
「でも売却データ見ると見覚えのある名前が多くあるね。」
「知り合い以外には?」
「売れたの?」
しばらく彼は黙った。
どうやら売却データの中から都合のいい情報を探しまくっているようだった。
「あ、ほら。」
「あったよ、知らない名前。」
満面の笑みのスタンプが頭上に表示される。
「お前そんなのに点数使ったのか。」
「つ、使いこなせば無駄使いじゃないから。」
「後、お前って言わないでよ。」
「俺には作家という立派な名前があるんだから。」
「そうだね、ごめん。」
「でも、まあそれはそれとして。」
「今度は途中で書くの諦めるなよ。」
そう言うと、私は作家の方を見る。
作家は目を泳がせながらこう答えた。
「大丈夫だよ。」
「…多分。」
自信なさげな様子であったが、暫くすると胸を張った。
「俺の名前は作家だよ。」
「自分でそう決めた。」
「自分の在り方を自分で決めたんだ。」
「製造番号で呼ばれる気はもうない。」
「だから、自分自身を裏切る気はないよ。」
「多分。」
「多分?」
「まあ、いいや。」
「そうか。」
「ならよかった。」
私は自分でもやっとわかるぐらいかすかに笑った。
「作家がやる気にならないと助手の仕事が無いからね。」
「それじゃあ、そろそろ行こう。」
「準備は大丈夫?」
「うん、多分大丈夫だと思うけど。」
「一応確認しておくよ。」
そうやって作家が手を動かし始めた。
彼の顔の前には半透明の画面が浮かび上がっていた。
その画面をメモとして記録しているようだ。
「やっぱり記憶の方も強化しておくべきかな?」
「最近は昔の本のデータとかを点数で交換しているからなぁ。」
「最近腕の調子も悪いし。」
「いっそ腕ごと取り換えようかなぁ。」
「でも点数掛るしなぁ。」
「いっそ、自分で修理してみようかな?」
「いや、うまくいかないかなぁ。」
私はその画面に見覚えはない。
「それ?」
「買ったの?」
「欲しいものが大量にあるのは良いけど、そういう無駄遣いは点数稼いでからにした方が良いんじゃない?」
その言葉を聞いた途端、あいつの頭の上に土下座のスタンプが浮かんだ。
「いや、申し訳ないとは思っているんだよ?」
「それでごまかせると思っているの?」
「正直、煽っているようにしか見えないよ。」
「うーん。」
「それもそうだね。」
「それじゃ、行こうか。」
旗色が悪い。
そう感じたのか、サクッと話を切り上げて彼は全力で走り出した。
走ったってごまかせると本当に思っているのかな?
ゴマ粒ほどの大きさとなった彼には聞こえてはいないと分かっていても、声をかける。
「はぁ。そうだね。」
「行こうか。」
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