第1章
「笑花、ただいま」
「…おかえり」
私は彼の顔を見ることなく、感情がこもっていない小さな声でそう言った。彼が帰ってきたことは、鍵を開ける音で分かっていたのだが、出迎えなど必要のないことなので、私は気にもしていなかった。
「……ごめん、料理失敗した」
謝るのは、彼のためではない。人として謝るべきだと思ったので、口に出しただけだった。
私が謝ると、彼は私に近づき始め、そのまま後ろから私のことを抱き締めた。
「いいよ、失敗しても。…笑花、料理してくれてありがとう」
彼は、スキンシップが激しい方だ。私は、文句を言わずに彼の好きにさせている。わざわざ嫌だと言うのも面倒なのでその度に言うことはないが、胸が高鳴ったことも一度もなかった。
彼は、失敗した料理でも文句を言わずに食べてくれて、皿洗いは「俺がやるから」と言ってくれた。
「できる旦那」、世間での彼の評価はそこに入るかもしれないが、私にとっては入っても入らなくても、どうだっていいことだった。
夕飯を食べて少しした後で、私が先にお風呂へと向かった。シャンプー、ボディソープなど、彼とは使っているものを全て別々にしているのだが、掃除の時は少し面倒だと思う時もあるのだった。
お風呂から上がり彼に声をかけようとしたのだったが、彼はスマートフォンをじっと見ているようだった。ここからは彼の画面は見えないのだが、見ているのものの予想はつく。
それは、一枚の写真だ。その写真は、中学校の制服を着た女の子と彼が、二人で自撮りをしている写真だった。女の子は私と同じミディアムヘアで、写真の中で彼と一緒に可愛らしい笑顔を見せていた。
なぜ写真のことを知っているのかというと、悪気はないのだがたまに彼のスマートフォンが一瞬目に入ってしまうことがあり、目に入ってきた時、画面に映っているのが一番多いのが、その写真だからだった。
「……お風呂いいよ」
私が声をかけると、彼は焦ったりすることはなかったが、スマートフォンの画面をすぐに暗くし、スマートフォンの画面を下にしてテーブルの上に置いていた。
どうしてその写真をよく見ているのかなんて、私には分からない。それに、私は知ろうともしなかった。
知ったところで、私には関係のない話だ。それに知ったからと言って、私への彼の気持ちが何かしら変わることもないのだから。
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