第1章

その次の日から、私達はたまに話をするようになった。私は話しなどしたくなかったのだが、向こうから声をかけてくるので、どうすることもできなかった。

周りに人がいない時は、無視してしまった事もあるのだが、彼はその時でも諦めずに私に声をかけ続けていた。

彼のしつこさには、敵わなかった。

彼に声をかけられるその度に、私は言葉を返す。

そして彼に返す私の言葉は、日を増すごとに増えていったのを、自分でも自覚していた。

ある時、私は彼に「なんでいつも愛想笑いなの?」と聞かれた時があった。始めは答えなかったのだが、何度も聞かれるうちに答えてしまった。

人を信じられずに、生きづらさを感じていることを。

私の本音を、彼だけが知っている。家族だって知らないことだ。私は誰にも言うつもりはなかった。誰にも言わずに、私の心に留めたまま生きていくのだと、そう思っていた。

彼に言ってしまったのは、彼を信じ始めた、彼を好きになったとかでは決してない。彼のしつこさに負けてしまった、それだけの話だった。

そして卒業式が終わった後、私は彼からプロポーズを受けた。付き合っていたわけでもないのに、告白を超えてプロポーズをされてしまった。それはいきなりの出来事で、私は人生で一番と言っていい程に驚いていた。

「……どうして?」

「…笑花の隣にいたいんだ」

「私のこと、好きだったの?」

「……あぁ。だから、俺は笑花と今すぐに結婚したい」

「普通、付き合いたいとかじゃないの?」

「普通はそうかもしれないけど、ずっと一緒にいたいと思えるのは、俺にとってはこれからも笑花だけだ。だから、結婚したい」

ただのクラスメイトであり、付き合っていたわけでも、「付き合おう」と言われたことがあるわけでも、「好きだ」と言われたことがあるわけでも、そして私が好意を抱いていたわけでもない。彼が私のことを好きだったことも、全くもって気づくことはなかった。

いや、本当に好きなのかは分からない。嘘をついている可能性だってあるだろう。

しかし、彼がプロポーズをするのに、嘘をつく理由がどこにあるのだろうか。私はその理由を、すぐには思いつけなかった。

私は、彼のことを何も知らない。知ろうとしたことも、もちろんあるわけがない。今まで好意を持ったこともなければ、今も好意を持っているわけでもない。

そして本当はもっといろんなことを聞いたり、言ったりするべきなのかもしれないのだが、私には必要がないことだった。

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