21話 綾瀬柚穂は予断を許さない(2)
…………全然よくなかった……帰りたい。
俺は今柚穂さんに連れられて渋谷108という街のシンボルマーク的ファッションセンタービルにいる。
先刻、俺はデートで(元)男がリードしたい〜みたいなことを言ったが、あれは撤回しよう……真のリードってのは、俺自身がリード紐になることだ……
さて、ひとまず現状についてだが?────俺は今、涙目で柚穂さんの右腕に縋り付いている。さながらリード紐のように。
……こうなった理由は駅からビルまでの数百メートルを相合傘で和気藹々とよろしくやっていたからでも、俺と柚穂さんがマジで恋する5秒前まで距離が縮まったからでもない。
……俺の周囲は見渡す限り、“令和ギャル”に“平成ギャル”に“地雷系”に“女子高生”etc……女の子ばかりという始末。
つまりはだな……その、ええと……怖い!女の子ばかりで怖いのだ……!
なんというか、この空間に男がいると不自然な感じ?無理だよぉ……怖いよぉ……ここ絶対男の子が来ちゃダメなとこだよぉ……
「……ま、茉莉ちゃん……?そんなにくっつかれると私、色々危ない……よ?」
「……ご、ごめんなさい。あまりこういった所は慣れなくて……」
童貞標準装備のギャル感知ガイガーカウンターが悲鳴をあげ、俺の膝はまるで鳴り止まぬバイブレーションのようにカタカタと震え、まったく言う事を聞かない。
ポンコツと化し、直立二足歩行を忘れかけた俺を、柚穂さんは箱入りお嬢様が人混みにビックリしているくらいに誤解してくれたようで、
「あ、あはは……茉莉ちゃんあまりこういう大衆向けのファッションビルでお買い物しなさそうだもんね……」
と優しい苦笑で俺を気遣ってくれた。
そこで俺は、その何かと便利なお嬢様キャラ的勘違いに……乗っかることにした。
「……え、ええ。柚穂さん、私、もう少しこのままでいてもいいかしら」
「えっ!?う、うん!茉莉ちゃんがいいなら私はむしろ嬉しいというか……」
頬を朱に染めて言う柚穂さん。ああ、なけなしの良心の呵責で胸が痛む……
「ありがとう……柚穂さん優しいのね」
なんて、詩織姉さん直伝の作り置きお嬢様スマイルで言ったものの……お天道様に照らされて、俺の鉄面皮はヒリヒリ痛む!でも怖いものは怖いからなぁ……
俺がぎゅっと身を寄せると、柚穂さんの手は驚いたように強張る。
「へぅ!?え、ええっと、ど、どうしよ?やめて他のところに行く?」
「いいえ、これも社会勉強……頑張るわ……!」
柚穂さんに丸投げした手前、今更場所を変えるというのも忍びない。
何より一人でこんな女の子ばかりの空間立ち入ることなんて出来ないし?柚穂さんのエスコートがある今日を逃す手はない!……我ながら俗物だな。と思いつつも。
結局、柚穂さんの好意に徹底的に甘える。俺は柚穂さんの右腕に身を寄せたままでいることにした。
「ほんと?……無理しなくていいのに」
「初めてでなれていないだけ……大丈夫よ」
そう言って店内へ歩を進めてもらう。
……残念ながら柚穂さんの二の腕の感触を楽しむ余裕は俺にはなかった!非常に、残念ながら。
「いらっしゃいませェ〜↑現在2点で10ぱ〜せんとオフとっ、大変お買い得となっておりますゥ〜↑」
ヒエェ怖いぃ……何を言っているのかわからない……
「店内どうぞご覧くださァ〜い↑秋物新作多数取り揃えておりまァ〜すゥ〜↑」
柚穂さんの右手を頼りに詠唱や呪文が跳梁跋扈する魔窟の奥へと進んだ。
前方には資本主義の回し者、右方には大量消費社会の悪魔、前方には購買欲を麻痺させる魔女……俺は九龍城か、はたまた魔王城にでも迷い込んだのではなかろうか……今の俺は傍らの聖女、柚穂さんだけが頼りだ。
そんな俺の狼狽っぷりを見かねてか、
「茉莉ちゃんお腹空かない?ご飯にしようよ。上の階にあるんだけど……」
と提案してくれた。
ここまで、情けなく腕に抱きつくだけの俺に、柚穂さんは呆れるどころかむしろ嬉しそうに「茉莉ちゃんの可愛い一面が見られて嬉しいよ」と気遣う言葉さえ用意していた。
イケメンすぎる。もし俺が女だったら惚れてたね。今、俺女なんだけど。
俺と柚穂さんはエスカレーターを上って最上階のレストランに入った。
「ふぅ……一息だね」
「ご迷惑おかけ致しております……」
「そ、そんな!むしろ役得なくらい!ふふっ……でもちょっと意外だったかな?」
邪念のかけらもない聖母のような微笑み!ああ、ほんと面目ない……
「それに今日はこの前のお礼もできていないし、気にしないで!」
なんと優しいのか!気遣いが佇んでいらっしゃる!
「その……この前というのは料理研究部にお邪魔した時のことよね?」
「う、うん」
そういや今日の約束もその延長だったな。たしかあの日、俺は盛大に柚穂さんの下敷きになった挙句、すったもんだの末にクッキーを作ったのだ……
あれ?思い返すと俺、なにもしていないのでは?
「……お礼なんて、お気になさらないで?」
「え!そんなわけにはいかないよ!」
柚穂さんは叫ぶように言う。なんか変な補正入ってないか?
すると、どこか遠くを見つめるように目を細めた。
「ああ、でもあの時。茉莉ちゃんすごくかっこよかったな……」
……ウヘヘ……褒められたでござる……女の子にかっこいいと言われて悪い気はしないもんだ。
「う、ぇへへ……」
「……あ、女の子にかっこいいって言うのもちょっと変だね……あ、ええと、茉莉ちゃん、綺麗だった……」
デュフフ……そういえば小生、あの時は他にも醜態を晒しましたな……その説は大変失敬したでござるよ。
「うふふ……ありがとう。それだけで十分よ」
「う、うーん……」
取ってつけたような上品さで応える俺をちっとも疑わない。柚穂さんは気が咎めるといった様子で唸っている。
人の良さが透けるな……冬司とは大違いだ。
「あ、そうだわ!」
「?何か思いついたの?なんでも言って!」
先程、十分、と言いつつ釈然としない柚穂さんを前に、俺はある懸案事項を思い浮かべていた。
「ええと、柚穂さん。最近学園に私のファンクラブがあるらしいのだけど、ご存知かしら?」
俺が尋ねると、柚穂さんは落ち着きがなくなったように慌てた声になる。
「……は、へぇ、ぞ!?存じ上げないです、ねェ……」
「?」
少し突拍子もなかったな。柚穂さんは俺のファンクラブについて知らないようだ。自意識過剰みたいでなんだか恥ずかしい!
「そう、よね……」
「あ、ええと、そ……その、ファンクラブがどうかしたの?」
「大したことじゃないのだけれど、私、生徒会選挙に立候補したのよ」
正確には半ば強制的に立候補させられたんだが。
「う、うん!もちろん知ってる!すごいね!」
「……その選挙で私のファンクラブの会長さんに助力をしてもらおうと考えているの」
「ふ、ふーん……」
「もしよければ……ファンクラブをまとめている方が誰なのか、柚穂さんからクラスの子に聞いてもらえないかしら?」
「わ、私!?」
難しいか……?我ながら厚かましい気はする。しかし社交的な柚穂さんに頼むのが手っ取り早いのも事実だし、引き受けてくれるといいのだが。
「ええ。その、私が尋ねるわけにはいかないもの……もう柚穂さんしか頼れる人がいないの」
「え、えへへ……私しか、いないの……?」
あ、ちょっと嬉しそう。案外押しに弱いのかも。
もうワンプッシュ!
「私、転校してきたばかりであまりお友達がいないもの……」
……嘘である!悲しいかな、俺は普通に中等部から居て単純に女子の友達がいないのだ……まあ、男だった頃の話だが。
「そ、そっか……」
「……引き受けてくださる……?」
「うっ……そんなふうに可愛く言われると断れるはずがないと言いますか……」
もじもじと身を捩って言う柚穂さん。
しかし、
「……あっ、あ、ええと……」
何か気づいたように声を上げ、再び落ち着きをなくしていく。
「その、ちなみにそのファンクラブ?をまとめてる人に頼む助力って……何か罰……とか?だったり……」
柚穂さんは怯えるように俺を見た。ついさっきまで照れて赤くなっていた顔はすっかり漂白されている……なんだか要領を得ない。
「……どうしてそう思うのかしら?」
「ほ、ほら、隠し撮り写真とか多いから……制裁って意味での助力かと」
そういうことか。盗撮やらなんやらの腹いせに付き合わせようとしていると思ったらしい。
……確かに少々破廉恥な写真を撮られている気がするが、アングル的に悪意はないようだし、注意すればやめてくれるだろう。
それにファンクラブをやっているのはクラスの女子だ。穏便にいきたい。懐柔するか協力関係に持っていくくらいが落とし所だろう……
……もし男子だった時?それはそれで話が変わってくる。そいつのち○こ、もいでやるからな。
ひとまずこの旨を伝えて、柚穂さんに安心してもらおう……
「あら、違うわよ?主に助力をお願いしたいのは票集めかしらね……」
俺がそう言うと柚穂さんは顔に色を取り戻して「そっかあ」と胸を撫で下ろした。
う〜ん盗撮犯の元締すら慮るとは、懐が広い……!
「それに、良ければ生徒会にも加わって頂けないかと思っているわ」
この懐柔作戦に俺が他に誘える人がいない、という情けない事情が混じっている事は言うまでもない。
これを聞いた柚穂さんの声が上擦った。
「へ?茉莉ちゃんと一緒!かぁ、な、なるほど……ふふ」
まるで湯船にどぷんと浸かったような心地良い顔色を呈した。理科の呈色反応もかくやな変幻っぷりだ。
ひとまず柚穂さんにはクラスの女子を探ってもらおう。
「……私の隠し撮り写真から推察してみたのだけど、同じクラスの女の子だと思うのよ。だからそんなに捜索範囲は……」
「えっ!……もうそこまでバレて……どうしよ────」
なぜか柚穂さんが動揺し、なにか言いかけた時。
「────モッツァレラチーズドリアとスフレ卵のお客様ー?」
注文した料理が運ばれてきて、会話が途切れた。
「……はい、私ですわ」
「お熱くなっておりますのでお気をつけてお召し上がりくださいー」
……テーブルに注文した料理の配膳が終わる。
「……ごめんなさい、なんだったかしら?」
「え?た、大した話じゃないから……なんでもないよ!あはは……」
途切れた会話を聞き返そうとしたのだが、なんだかはぐらかされたような。
「そう……?」
「さ、さ、食べよ?茉莉ちゃん!?」
「え、ええ。頂きましょうか」
へんな柚穂さんだ……
頭を過ぎる違和感をシャットアウトするが如く、俺は目の前のチーズたっぷりの料理に舌鼓を打つのだった……
────男だった時の感覚のまま注文したが、この身体には多すぎたようだ。
……食べすぎた。
「……茉莉ちゃんって結構食べるんだね……?」
俺を見る柚穂さんは苦笑いだ。しかし本当のことを言うわけにはいかない。
「今日はたまたま、お腹が空いていたのよ……」
「あ、そうなんだぁ。ごめんねぇ」
これでいいのかわからないが、大食いキャラお嬢様キャラは御免だ……う、産まれる。
無駄にフードファイトをやっていて色々聞き損ねたことがある。
柚穂さんは最初、ファンクラブについて知らないと言っていたのに、随分と内情に詳しい様子だし、色々とはぐらかされたりと気になる点は多い。案外まとめている人物を知っていたりするんじゃないだろうか。今更問いただすべきか?野暮だろうか?うーん。
「……柚穂さん、貴女、なにか隠していることはないかしら」
食事を終えるまでに聴取を終える、というくらいだ。テレビの受け売りだけど。
俺の言葉に柚穂さんがフォークを置く。
「……やっぱりお見通しなんだね」
はっはっはっ!全部まるっとお見通しだ!
……なんて言えたらカッコイイのだろうな?しかし実のところ、何の見通しも立ってちゃあいない!
ともあれ、やはり柚穂さんはなにか知っているようだ。
「……ええ」
一先ず俺は、にっこりと余裕のある笑みを作ってみせた。瓢箪から駒が出たのだ、このまま揺さぶれば牡丹餅くらい落ちてくるかもしれない。
柚穂さんが上目遣いに俺を見る。
「……さっき言ってたこと本当だよね……?」
俺にはどのことを指しているのかわからなかったが、とりあえず分かっている雰囲気を装う。
「?……ええ」
「そっか……」
すると柚穂さんは、ゆっくりと瞬きをして、そっと言った。
「うん、そうだよ。私が茉莉ちゃんの、いや、茉莉様のファンクラブを作りました」
「…………ええ?」
自分を棚に上げ、その棚から牡丹餅を期待したり、どこか俺は上の空で地に足が付いていなかったのだろう。
因果応報と言うべきか、気づけば俺は、飛んだ地雷原に着地していた。
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