20話 綾瀬柚穂は予断を許さない

 結論から、述べる。

 存外俺とラブコメは親密だったのかもしれない。


 なぜなら俺は今、ルンルン気分で待ち合わせの最中だからだ。

 ちなみに今日は土曜日、休日。俺が立つこの場所は若者の街、渋谷だ。


 様々な懸案事項を抱えた俺は…………もうぜ〜〜〜んぶ忘れて気晴らしにきていたのだった!!

 生徒会? 勉学? エセお嬢様? ファンクラブ黒幕の炙り出し? 俺をほったらかして告白の呼び出しに出向く悪友? 知らない子ですね?

 さあさあ今日は目一杯あそぶぞーー! 俺の青春の幕開けじゃーーい!!

 ……なぜ普段あまり外出しない俺がここまで張り切っているかというと。


「あ! 茉莉ちゃん! お待たせ〜!」


 俺を見つけ、ぱぁっと笑顔になる柚穂さん。そう、今日俺は柚穂さんと遊ぶ約束をしていたのだ!

 先日、パンチラを代償に柚穂さんと連絡先を交換し、こまめにメッセージのやり取りを続けていた几帳面な俺なのだが、怪我の功名というべきか、ついに昨晩、柚穂さんからお誘いのメッセージが舞い込んだ!

 俺にとっては冬司以外の女の子から始めてのお誘い、一般男子高校生(元)に舞い上がるなという方が無理な話だろう?

 もちろん、冬司の恋のキューピットたる使命を忘れたわけではない。“友人”として柚穂さんから好み等を聞き出すいい機会だからだ。

 俺は“冬司のため”なんて大義名分で自分を納得させ、こうしてラブコメ展開に馳せ参じたわけなのだが……


 今日の柚穂さんは私服姿! 白のブラウスに紺のプリーツスカート、ポシェットを押さえてはにかむ姿は実に可憐で、残暑も忘れる清涼感がある。

 デュフフ……といけない……素が出るところだった……ええと、


「……うふふ……柚穂さんごきげんよう……」


 なんとかお嬢様感を持ち直した俺を、柚穂さんがまじまじと見る。


「……きょ、今日も茉莉ちゃんは綺麗だね!」


 もう、たまりません。もう少し柚穂さんの、この出会いざまの笑顔を眺めていたい……

 しかし(元)男としては女の子をリードしたいところ! なのだが、う〜ん、俺自身が綺麗と言われることにまだ慣れていない。どうしたものか……

 ……若干戸惑いはあるが、今はちゃんとお嬢様を遂行できていると安堵しておこう。よし。

 ともかく俺は今日、(元)男として童貞が滲み出ない程度には頑張らねばならんのだ! 頑張って、お嬢様をらねばならんのだ……(?)


「……あら、どうもありがとう。柚穂さんも麗しいわ……」


 俺が褒め返すと柚穂さんは少し頬を朱に染めて、


「……うっ褒められちゃった……幸せ……」


 とか言って照れた……可愛い。

 待ち合わせ、出会い頭に褒め合う、お互いに照れながら。俺は論理的に考えた。

 ……もうこれデートじゃね? あれ? 俺、意外とデートできてるんじゃないか!?

 そうやって調子に乗っていたのがいけなかったのか、


「……茉莉ちゃんのコーディネート尊いです、まさにお嬢様! Aラインワンピースはワインレッドで茉莉様の深紅の虹彩と絶妙にマッチ! 目を引く鮮やかな色合いのワンピースに対して茉莉様の純白のお肌! ああ、もうコントラストが素晴らしい! 淡白なビル街に異彩の彩りを許された少女! 日傘を刺してスマホを見る姿すら絵になって、もうここはファンタジーかと。さらに言えば───」


 ……柚穂さんの口から、ショッピングサイト密林のクソデカ感情レビューもビックリなカウンター攻撃が返ってきた。

 え? 女の子っていつもこんな感じで褒めあってるの? いやいや女の子むずいって!! ヒェ、俺、さっきちゃんとデート出来てるとか思ってすいません……


「も、もう、十分よ……!」

「……そう? 私、もっと語りたいことがあるのに……」


 つい2ヶ月前まで健全な男子高校生だった俺にとって、今のおめかしした容姿を褒められるというのはなんというか、体感的には女装を褒められている感覚に近いのだ。つまりは非常にむず痒い。俺に女子高生は早かった……

 そういうわけで……やめていただきたいのです。もう耳たぶがあつい。


「……は、恥ずかしいのよ……」

「……か、かわっ!? ああ、もう! ────」


 ……きゃいきゃい楽しそうにはしゃぐ柚穂さんは、それはそれで某KR4コマアニメくらい見ていて飽きない光景なのだが、まともに付き合っていると日が暮れてしまいそうな勢いだ。

 俺はストップをかけるように、先程疑問に思ったことをぶつけてみる。


「……そういえば、茉莉様ってなにかしら?」

「……私そんなこと言ってナイヨ? ……茉莉チャン」


 やけにぎこちない。何か話のとっかかりに、と深く考えず聞いただけだったんだがな。


「……そうかしら……」

「うんうん」


 首振り人形のように何度も頷く柚穂さん。聞き間違いか。ともあれ話題を変えることには成功した。

 すると矢継ぎ早に柚穂さんが尋ねてくる。


「そ、それより茉莉ちゃんはどこか行きたいとこある……?」


 困った……この前まで男子高校生だった俺にとって、渋谷なんてアイドルのライブハウスくらいでしか来たことがない場所だ。

 女の子の遊びとか、いく場所とかわからんぞ……


「……いいえ、とくには」

「そ、そっか、じゃあ、てきとーに服でも見て回る?」

「ええ……そうしましょう」


 ひとまず俺は柚穂さんの提案に乗ることにした。女の子の服なんてわからんが。

 ちなみに俺は今日傘を差している。そして少し屈むようにして俺を見ていた柚穂さんが、


「じゃあいこっか」


 ……潜るようにして俺の日傘に入ってきた。


「────はわっ!?」

「うふふ、おじゃましまーす」


 つ、つまり、これは“相合傘”というやつに該当遊ばせるのではなくって!?!?!?


「ゆ、柚穂さん!? あ、貴女、な、ななにを」

「だめ、かな? 今日日差し強いし……」

「い、いえ!? 構いませんわ? こと? ですわ?」

「……ふふっ茉莉ちゃん面白いね」


 女の子同士だと普通なのだろうか? ドキドキしているのがおかしいのだろうか? は? え? ううん!?

 気合いで心を沈めた俺は柚穂さんに付き添うようにして歩き出した。

 柚穂さんが切り出す。


「……茉莉ちゃんは休日何してるの??」

「…………家でお勉強かしらね」

「わ〜そっかあ……すごいね、お嬢様って感じだ〜」


 柚穂さんが俺へキラキラした目を向けてくる。目の前の俺がエセお嬢様だとはちっとも思っていないのだろう。少し胸が痛む。

 しかしまぁ、俺もエセお嬢様として見栄を張るのは大変なのだ。本当に、最近はお勉強ばかりさせられていた……詩織姉さんに。

 生活態度が本格的にお嬢様へと近づいている件について、俺は嘆くべきだろうか? すべてをひっくるめて詩織姉さんに乗せられている気がする。この件には追求すまい……俺は藪をつついてアナコンダを出したくない。


「……そう、かしらね……? 柚穂さんは休日、なにをしているのかしら?」


 俺が質問を返すと柚穂さんは慌てたようにして、


「……へ!? わ、私!? ……私は茉莉様かんしょ……ええと、き、今日みたいに、お洋服見にきたり! かな!?」

「……?」


 手振りを大きくして言う柚穂さん。プライベートを聞くのは不味かっただろうか。

 ともあれ聞く限りでは女の子っぽい休日のように思う。俺もいつかそういう“女の子らしい休日”なんてのを過ごす日が来るのだろうか……いやいやまさか。


「……私、実は渋谷は不案内であまりよくわからないの……今日はおまかせして構わないかしら?」


 実際、ファッションとか、そういうお店はからっきしだしな。柚穂さんはそこらへん詳しそうだ。

 俺の言葉に柚穂さんは目を見開いて、


「!? ……う、うん!? まかせて!!」


 と嬉しそうに言う柚穂さん。俺は思考停止のまま判断の一切を丸投げする事にしたのだ。知ったかぶりをして女子高生を演じたところでボロが出るのは火を見るより明らかだ。しかし、何か引っかかることがあったような、なかったような、そんな気がしないでもないような……

 ……まあ、柚穂さんは張り切っているようだし、これでいいか……

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