第30話 夢精が嫌いな女の子なんているわけないし!

 指摘されてドキッとする。


 先程までエロゲ世界にあるまじき健全なイチャラブを繰り広げていた九朗だが、内心では今朝の夢精を引きずっていた。


 悩みと言えば悩みだが、こんな恥ずかしい悩みは誰にも相談できない。


 それこそアゲハには絶対無知られたくない。


 ここはなんとしてでも誤魔化さなければ。


「いや、全然。こんなに可愛い彼女がいて悩みなんかあるわけないだろ? はっはっは」


 九朗としてはかなり自然に誤魔化せたと思うのだが、アゲハの態度は一変した。


 急にスンとなって見つめて来る。


「本当に?」

「……えっと、その」


 こうなると九朗は弱い。


 元はコミュ障の中年童貞だ。


 嘘偽りも苦手なら美少女に見つめられるのも苦手である。


 それでドギマギしながら「ほ、本当だよ……」と答えるのだが。


 相手はコミュ強のギャルである。


 これでは自白しているのも同じだろう。


「……なんで嘘つくの? あ~しってそんなに信用ない?」


 悲しそうに言うのである。


「そ、そういうわけじゃ!?」

「じゃあなんで嘘つくし!?」

「う、嘘なんかついてないよ……」

「また嘘ついた!? 付き合ってまだそんなに経ってないけど、それでもあ~しは竿谷君の彼女なんだよ!? 彼氏が嘘ついてるのなんかわかんないわけないじゃんか!? てか竿谷君嘘下手過ぎだし!? 涼子ママとなにかあったの? だったら言ってよ! 頼りなくても頑張るから、あ~しの事除け者にしないで! それとも竿谷君、あ~しの事嫌いになっちゃった? 急にベタベタしてウザいって思ってる? ……だったらゴメン。あ~しも初めての彼氏で舞い上がってて……う、うぅ……」


 早口でまくし立てるとアゲハは泣きそうになった。


 ゲームでも、アゲハは意外に一途なキャラだった。


 一度堕としてしまえば主人公一筋でベタ惚れだ。


 そんなんだから当然嫉妬深く、他のヒロインに手を出している事がバレると容易に修羅場イベやメンヘラ化を起こす。


 最悪刺されて心中だ。


「アゲハさんを嫌いになるなんて!? そんなわけないだろ!? 嘘ついたのは悪かったけど、これには色々事情があって……」

「……ぅぅ、ぐすぐす。どんな事情?」

「そ、それは……」

「心配なの……。あ~しの知らない所で竿谷君が困ってたらイヤ。それに不安だよ……。やっぱりあ~し、信用されてないのかなって……。そりゃ、ビッチだったんだから当然だけどさ……。でもあ~し、必死に変わろうと思ってるのに……。ぅ、ぅぅ……」


 天秤にかけるまでもない。


 可愛い彼女を泣かせるくらいなら、見栄なんて捨ててやる。


「そんな深刻な話じゃないんだってば!? ただその、恥ずかしい悩みだから……。アゲハさんには知られたくなかったっていうか……。それこそ嫌われたら嫌だし……」

「あ~しが竿谷君を嫌いになるとか絶対あり得ないし!? てか、あ~し相手に恥ずかしがる事なくない? あ~しなんか存在自体恥みたいなもんなんだから!」

「そんな事ないと思うけど……」


 九朗は否定するが、言いたい事は分からなくもない。


 世間一般の価値観で言ったらビッチは恥の部類だろう。


「なんでもいいから教えてよ! どんな悩みでも絶対嫌いにならないし笑ったりもしないって約束するから! あ~しって竿谷君に助けて貰ってばっかりだし! ちょっとくらい役に立たせてよ!」

「わ、わかったよ! 言うから! 耳かして……。大きな声じゃ言えない事だから……」


 アゲハが耳を近づける。


 苺ミルクみたいな甘い香にドキッとしつつ、九朗は今朝の醜態を白状した。


 深刻そうな顔をしていたアゲハはギョッとして、目を見開き赤くなった。


「竿谷君!? あ~しとエッチする夢見て夢精しちゃったのぉ!?」


 しちゃったのぉ……。


 ちゃったのぉ……。


 たのぉ……。


 屋上にアゲハの絶叫が木霊する。


「アゲハさん……」

「ご、ごめん!? ビックリして、つい……」

「いやまぁ、アゲハさんに嫌われてないならいいんだけどね……」


 恥ずかしい事は恥ずかしいが、彼女以外の相手にどう思われようが正直どうでもいい。


 そう思える程度には九朗も成長した。


「嫌いになんかならないし!? むしろ嬉しいって言うか……可愛いし!」


 さっきまでの不安そうな顔は何処へやら。


 アゲハはテンションアゲアゲで目を輝かせていた。


「か、可愛いかなぁ……」

「ドチャクソ可愛いでしょ! だってこんなイケメンな竿谷君があ~しとエッチしてる夢見てパンツの中に恥ずかしいお漏らししてるんだよ!? そんなのエッチ過ぎじゃん!」

「アゲハさん!? 声が大きいよ!?」


 オロオロしながら九朗は言う。


 遠くでは同じように屋上に憩いを求める女生徒達がそれメッチャ分かる! とばかりに頷いている。


「ご、ごめん……。あまりにエチチでテンションバグっちゃった……」


 ハフハフと息を荒げながらアゲハが呼吸を整える。


「はぁ……。メッチャドキドキする……。てっきり竿谷君ってそういうのあんまり興味ないのかと思ってたし……」

「そ、そんな事ないよ。俺だって一応男だし……。むしろそういうのは、他の男子より強いんじゃないかと思うし……」


 赤くなる九朗を見てアゲハの口元がニヤリと笑った。


「そういうのってどういうのぉ?」

「アゲハさん!? 言わなくたってわかるだろ!?」

「え~? アゲハわかんな~い!」


 基本的にはMのアゲハだが、主人公の選択肢次第ではSっ気を見せる事もある。


 まぁ、九朗もM男なのでイジメられるのは嫌いではないのだが。


「せ、せぃょく……だよ……」


 モジモジしながら九朗は言う。


「ぎゃああああああ! がわいいいいい!? そんなの反則だって!」


 アゲハは叫ぶと九朗の頭を抱きしめた。


「あ、アゲハさんっ!?」

「好き……。メッチャ好き……。好き好き大好き超愛してる……」


 愛おしそうに言いながら、アゲハが九朗の頭に頬ずりする。


 甘く危険なアゲハの香りと柔から過ぎるおっぱいの感触に、ドッピュドッピュと脳内麻薬が噴き出した。


 背筋に電流が流れたみたいにゾクゾクし、幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。


 九朗の股間は硬くなり、心臓が二つになったみたいにドキドキした。


「ぁ、アゲハさん……。これは流石に、は、恥ずかしいと言うか……」

「ご、ごめん!? 好きすぎてつい!?」


 ハッとしてアゲハは九朗を解放した。


 ホッとしつつも名残惜しさは否めない。


 お互いに息を整え落ち着くと。


「そ、それでまぁ、涼子さんにバレちゃって……。夢の中でもアゲハさんとエッチな事するのはルール違反だって怒られちゃってさ……。流石にそれは厳しすぎると思わない?」


 苦笑いで九朗は言う。


 当然アゲハは同意してくれるものと思ったのだが。


「う~ん。その通りだと思いつつ? 涼子ママの言い分も分からなくはないかな~って」

「えぇ! だって夢だよ? 本当にエッチしたわけじゃないし……。ある意味全部俺の妄想で、アゲハさんとエッチしたとは言えないと思うんだけど……」

「そうだけど、涼子ママ的には心配だって話じゃない? あ~しは竿谷君につく執行猶予付きの悪い虫みたいなもんなんだし。竿谷君までその気じゃ不安になるっしょ」

「……まぁ、それはそうなんだけど」


 言いたい事はわからないでもないが、九朗としては釈然としない。


「てかさ。それってある意味浮気じゃない?」


 急に流れが変わって九朗は焦った。

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