第27話 修羅場の結果

(いやああああああ!? なにやっちゃってるのよ私は!?)


 能面のような表情の裏側で、竿谷涼子は叫んでいた。


 テンパって、バカみたいな恰好で息子の彼女の前に出てしまった。


 衣装なら旦那とのコスプレおせっせ用に用意した物が山ほどあるのに。


 よりにもよってどうして極妻を選んでしまったのか(未使用)。


 二人とも目を丸くして、あんぐりと大口を空けている。


(だってだって! 仕方ないじゃない!? 高一の分際で男とヤリまくってるビッチの黒ギャルだって聞いてたのよ!? そんなの普通に怖いじゃないの!?)


 だから気合を入れないといけないと思ったのだ。


 そもそも涼子は二人の交際には反対の立場だ。


 九朗は悪い子じゃないと言っていたが、そんなのは眉唾だ。


 なにせ相手はビッチだから、男を騙すのも上手いに違いない。


 しおらしい事を言って、九朗を利用しているだけという可能性も捨てきれない。


 このメスガキの本性を見極める為にも、ここは一発ビビらせてやらないと!


 それで選んだのがこれなのだが。


 冷静になったら後悔した。


 どこの一般家庭に極妻ルックの母親がいるというのか!


 でも、今更後には引けない。


 内心の焦りを悟られぬよう、涼子は極妻路線を貫くと決めた。


「それで。話と言うのはなんでしょう」


 アゲハは答えなかった。


 答えられなかったと言うべきか。


 ビビり散らかした半泣き顔で、わなわなと唇を震わせている。


 ちょっと可哀想だと思いつつ、助け舟は出さなかった。


 この程度の試練を乗り越えられない女に義理の息子は預けられない。


 程なくして、気まずそうな顔をした九朗がアゲハの脇を肘で突いた。


「……アゲハさん」

「ひぁ、ひゃいっ」


 ビクリとしてアゲハが返事をする。


 あわあわと鞄に手を突っ込むと、取り出した菓子折りを恐る恐るテーブルに置く。


「お、おかーしゃま! お、お納め下さい……」

「……うむ」

「いやいや、時代劇じゃないんだから……」


 突っ込むと、二人は余計な事を言うなとばかりに九朗を睨みつける。


 しばらく沈黙すると、意を決してアゲハが口を開いた。


「お、お義母様! あの――」

「あなたにお義母様と呼ばれる筋合いはありません!」

「ごめんなさい!?」


 ベッタリとテーブルに頭をつけてアゲハが謝る。


「涼子さん!?」


 見かねた九朗が言うのだが。


「竿谷君は口を出さないで!」


 平伏したままアゲハは言った。


「……あたしに、任せて」

「……でも」

「お願いだから。じゃないとあたし、いつまでも竿谷君に頼りっきりの女になっちゃう……。あたしは! 竿谷のお荷物になりたくないの……」

「……わかった」


(なによ。ちょっとかっこいいじゃない)


 涼子の中で、アゲハの印象は二転三転していた。


 会う前は男を騙す悪女かもと疑っていた。


 会ったら変な娘だと思った。


 喋ったらこの子おバカなのかしらと思った。


 ……今は、少しだけ見直している。


 少なくとも、彼女は本気だ。


 格好はふざけているが、大真面目に彼氏の母親と向き合おうとしている。


 その心意気を涼子は買った。


(……なら私も。真剣に九朗さんの義母として向き合わなくちゃね)


 手心はない。


 遠慮もしない。


 義母と彼女の真剣勝負だ。


 ゆっくりとアゲハが顔をあげる。


 怯えながら、涙目になりながら、それでも真っすぐ極妻ルックの涼子を見つめる。


(……良い度胸だわ。私だったらこんな母親が出て来たら怖くて何も言えなくなるわよ)


 彼氏との交際についても考えると思う。


 こんな奴が姑になると思うと結婚なんか出来る気がしない。


 場合によっては破局も有り得る。


 ……やっべ。


 流石にやりすぎ?


 後で九朗さんに怒られないかしら!?


 なんて思っていたら。


「わ、私は! 一年二組の二子玉アゲハと言います! 危ない所を竿谷君に助けて貰って! それでその、色々とありまして! お、お、お、お付き合い、させて頂いてます!」


 小学校の学芸会みたいにたどたどしい、けれど一生懸命な宣言だった。


「……話は九朗さんから聞いています。ハッキリ言って、私はあなた達の交際には反対です。それについては、あなたも知っていると思いますが」

「……はぃ。だから……えっと、そのぅ……」


 しどろもどろになるアゲハの隣で、九朗は必死に無言のエールを送っていた。


(頑張れアゲハさん! 負けるなアゲハさん! 俺がついているから!)


 そんな声が聞こえてきそうだ。


 涼子は嫉妬した。


 大人げないと分かっていても、嫉妬せずにはいられない。


 九朗は一郎によく似ていた。


 そんな彼にここまで好意を寄せられるアゲハに嫉妬してしまう。


 大人気ないと分かっていても、不愉快さは拭えない。


 幸いにも、それを律する程度の理性は持ち合わせていたが。


「あ、あたし! 頑張ります! こんな奴、竿谷君の彼女には相応しくないって思うかもしれないけど! てかそんなの思って当然だと思うけど! あたし! 頑張りますから! 頑張って真面目になって! 竿谷君の彼女として恥ずかしくない女になりますから! だからその、ゆ、許してくれとは言わないので……。せめてチャンスを……貰えたらなと……」


 眩い程の意気込みは、燃え尽きる流星のように勢いを失った。


 どの口がと自分でも思っているに違いない。


 その気持ちは、涼子にはよくわかった。


 自分自身、一郎と一緒になる時は似たような経験をしたものだ。


 ここで終わっていたら、涼子も素直になれただろう。


 今すぐに認める事は無理でも、チャンスくらいはあげられる。


 そう出来なかったのは九朗のせいだ。


「俺からもお願いします! アゲハさんは、涼子さんが思ってるような子じゃないんです! そりゃ、見た目はちょっとアレだけど、別にふざけてるわけじゃなくて! ちょっと残念――じゃなくて!? 天然な所があるだけで! 俺と付き合う前の事も本人は物凄く反省してて、本気で変わろうと思ってるんです! だから――」

「ちょっと竿谷君!? あーしの事、残念だって思ってたの!?」

「え!? いや、そういうわけじゃなくてね!? フォローだよ! 頑張り過ぎて奇行に走っちゃう事があるって言いたかっただけで……」

「全然フォローになってないから!? てかこれ、そんなに似合ってない!? あーし的には結構気に入ってるんですけど!?」

「似合ってない事はないよ!? マニアックと言うか、ミスマッチな感じが最高に可愛いし! 俺は好き! 大好きだから!」

「……な、ならいいんだけど」


 頬を赤らめてアゲハが恥じらう。


「もしもーし? 義母さんの事忘れてませんかー?」

「ぁ」

「そんな、まさか! あははは……」

「チッ」


 涼子は不貞腐れた。


 な~んかムカつく。


 超ムカつく。


 こっちは旦那の海外出張で欲求不満が溜まりまくっているというのに。


 青春オーラをキラキラさせてイチャイチャし腐って!


 そんな涼子の気配を感じて、二人は慌てて背筋を伸ばすが――もう遅い。


 涼子はフンと鼻息を鳴らすと。


「真面目になる? 口でならどーとでも言えます。私に認めて欲しいのなら、言葉ではなく行動で示して欲しいですねっ!」

「行動って言われても……」


 困ったように九朗が頬を掻く。


 涼子も意地悪だったかなと思う。


 でも、相手はビッチなのだ。


 それくらいの釘を刺してもバチは当たらないだろう。


 涼子としては軽い脅しのつもりで言ったのだが。


「分かりました!」


 アゲハは立ち上がった。


「結婚するまで、竿谷君とエッチしません!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 九朗が叫んだ。

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