第26話 彼女VS義母
「なんでそれで九朗さんの彼女がウチに来るんですか!?」
「涼子さん!? 声が大きいですよ!」
ハッとした涼子が口を押さえる。
玄関でアゲハを待たせているのだ。
九朗は声を抑えて説明した。
「学校でもう一度告白した事は言いましたよね? 俺がみんなの前で勇気を出したから、今度は自分が頑張る番だって……。涼子さんは俺達が付き合う事に反対してるし。過去の事は反省して、これからは真面目になるって伝えたいんだとか……」
「そんな事言われても……。っていうか九朗さん、私が反対してる事彼女さんに言っちゃったんですか!?」
「マズかったですか?」
「マズいに決まってるでしょう!? ただでさえ彼氏の母親なんかウザいだけなのに! 第一印象最悪じゃないですか!? どんな顔して会ったらいいんですか私は!?」
「でも、アゲハさんの事は涼子さんに言っちゃったし。向こうにだけ隠すのはフェアじゃないと……」
「そうでそうけど!? そうですけども!? 世の中には知らない方が幸せな事もあるって言うか、九朗さんは真面目過ぎます!?」
「涼子さんが会いたくないなら帰って貰いますけど……」
「もう来ちゃってるんでしょ!? 会いたくなくても会わないわけにはいかないでしょうが!? とにかく、私は着替えて来ますから! 九朗さんはお茶でも出して時間を稼いで下さい!」
「いや、多分すぐに帰ると思うので。わざわざ着替える必要はないと思いますけど……」
そもそも涼子はそこまでラフな格好をしているわけではない。
そのまま買い物に出ても問題なさそうなカジュアルルックである。
「可愛い義理の息子の彼女に会うんですよ!? こんな格好じゃ舐められます!」
「な、舐められるって……。なにも喧嘩に来たわけじゃないんですから……」
「なに眠たい事言ってるんですか!? わざわざ息子の彼女が母親に会いに来るなんて! そんなの宣戦布告と同じでしょう! その子は九朗さんのお嫁さんになるかもしれない人なんですよ!? 彼女にとっては私は姑! 敵も同然です!」
それだけ言うと、涼子はバタバタと階段を駆け上がった。
「う~ん……。なんだか大事になっちゃったな」
根が中年童貞の九朗である。
アゲハが涼子に会いたいと言い出した時も、それ程危機感は覚えなかった。
むしろそこまで真面目に向き合おうとするアゲハに感心した程だ。
九朗としても涼子の反対を有耶無耶にしたまま付き合うのはバツが悪いので、ここでしっかり挨拶をしておくのは悪くない事だと思ったのだが。
どうやら事はそう簡単にはいかないらしい。
ともあれ、九朗はアゲハを居間に招いた。
「お、お邪魔致しまするぅううう!」
アゲハはガチガチに緊張して平安貴族のようになっていた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
適当に茶菓子を出しつつアゲハに告げる。
「む、無理だよ! だってあ~し、じゃなくて! わ、わたくし! 竿谷君のお義母様に嫌われちゃってるんでございますのよ!?」
半泣きのアゲハに九朗は吹き出した。
「どうしたの、その言葉遣い」
「だってお母様、わたくしがビッチ――尻軽女だって事知ってらっしゃるんでしょ? 少しでも真面目に見えるようにと思ったんだけど、変でございまする?」
「う~ん。気持ちは買うけど、ちょっと変かな」
正直言ってちょっとどころではないのだが。
ただでさえアゲハは繊細で気にしぃな性格で、その上今はかなりナイーブになっているようなのでボカしておいた。
「うぁああああ!? どどどど、どーしよう! ぶっちゃけあ~しって超バカじゃん!? 真面目な口調とか言われても全っ然わっかんないんだけど!?」
「いつも通りでいいと思うよ」
「ダメだって! 彼氏のママなんだよ!? あ~しだって自分の息子の彼女があ~しとか言ってる舐めたギャルだったら絶対イヤだし! オマケにビッチとか最悪じゃん! 顔も見たくないって言うか殺し屋雇って消したいレベルだし!?」
「そ、そこまで?」
「そうでしょ!? 逆に考えてみてよ!? もしあ~しらに娘ちゃんが出来たとして、彼氏がチャラついたウェイ系のヤリチン男だったらどう思う!?」
「差し違えてでも殺すだろうね……はっ!?」
「そーいう事! 事の重大さちょっとは分かった!?」
「わかったけど……。涼子さんなら大丈夫なんじゃないかと……」
「本当? あ~しの事、怒ってなかった?」
「……あ~」
先程のやり取りを思い出し、九朗の目が泳いだ。
「やっぱり怒ってるんじゃん!? やらかした!? 早まって来るんじゃなかったぁ~!?」
「なら帰る? 涼子さんもそんなに乗り気じゃなさそうだったし……」
「ここまで来てそういうわけにはいかないっしょ!? てか乗り気じゃなかったの!? 終わった……。ただでさえイメージ悪いのに絶対嫌われた……」
「俺もフォローするからさ。とりあえずコーラでも飲んで落ち着こうよ」
「……ぅん」
余程喉が渇いていたのだろう。
アゲハは渡されたコップの中身を一気に飲み干す。
「って、バカぁ!? こんなん一気に飲んだら絶対ゲップ出ちゃうじゃん!?」
「ぁっ」
「竿谷くぅううううん!?」
「ジャンプして! 今の内に全部出しちゃおう!?」
「やだよ!? 付き合いたての彼氏の前でゲップなんか出来るわけ――ゲェェフッ」
特大のが飛び出してアゲハは慌てて口を押さえた。
涙目になり、「今の、聞こえた?」と言いたげに九朗を見つめる。
(聞こえなかった……と誤魔化すのは流石に無理だよな……)
かと言って、可愛い彼女に恥をかかせるわけにはいかない。
九朗はキリっとした笑顔で親指を立てた。
「大丈夫! 俺、そういうのもイケる口だから!」
「どんな口だし!? ゲフッ―― もう、やだぁああ!?」
ドマイナー性癖界隈にはそういうジャンルもあるのだが。
詳しく説明した所でキモいだけなので黙っておく。
と、その辺で二階から足音が降りて来る。
「涼子さんだ! とりあえず座ろう!」
「あぁもう! 出ろ出ろ出ろ出ろ!」
二人並んでソファーに腰かける。
アゲハはポコポコとお腹を叩いて残ったガスを絞り出した。
さて、涼子はどんな格好に着替えてきたのやら。
「ごきげんよう」
「――ッ!?」
隣のアゲハが声にならない悲鳴をあげた。
パクパクと空を噛みながら、助けを求めるように九朗に視線を向ける。
(……涼子さん!? その恰好、なに!?)
そう思いながら、九朗はブンブンと首を横に振った。
黒地の着物に派手な帯。
頭もキッチリセットして。
よく見れば、着物の柄は短刀についた血を舐める夜叉である。
どう見ても、極まった道の妻だ。
「私が
肉食獣の唸るような低い声が、ヒリついた戦の始まりを告げた。
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