第23話 バカなりに必死に考えた答え

(……学校、休めばよかった)


 昼休み。


 アゲハは一人、机に突っ伏し寝たふりをしていた。


 弁当は食べていない。


 母親には悪いが、食欲が湧いてこない。


 それに今は、誰とも話したくない気分だ。


(……良くないよね、こういうの)


 ただでさえビッチという事でアゲハの立場は微妙だった。


 男子の不良連中と似たような扱いで、表向きは恐れられているが、裏では嫌っている者も多い。


 そんな自分が集団レイプの被害者になりかけたのだ。


 みんな内心では自業自得だとか、ざまぁ見ろと思っているに違いない。


 仲のいい子もどう声をかけて良いか分からないと言った様子だ。


 その証拠に、なんとなく教室にはアゲハを腫物扱いするような雰囲気が漂っていた。


 周りの目ばかり気にして生きてきたアゲハである。


 こんな時はいつも通り、なんでもなかったみたいな顔をしてカラ元気を振りまいておけばその内有耶無耶になる。


 落ち込んだ姿なんか見せたら舐められて、今まで築き上げてきた無敵ギャルのブランドも台無しだ。


 あっという間にスクールカーストを転げ落ち、ダサい奴、イジメて良い奴のポジションになってしまう。


 それが分かっていても、アゲハは外面を取り繕う気にはなれなかった。


(……てか、あたしみたいなカス女、そっちの方がお似合いだし)


 自暴自棄と言ってしまえばそれまでだが、アゲハは捨て鉢な気持ちだった。


 実際、自業自得なのは事実である。


 九朗に言われた通り、あんな生活を続けていたらいつか痛い目を見るのは当たり前だ。


 が、アゲハが落ち込んでいる理由はそこではない。


 今のアゲハからすると、そんなのはどうでもいい、取るに足りない事だった。


(……こんなあたしを好きだって言ってくれた竿谷君を疑って、性懲りもなく勝手にキレて、試すような事言って、傷ついて……。全部あたしが悪いのに、全部竿谷君のせいにして、振った挙句に後悔している……。なんであたしってこんなバカなんだろう。こんな奴、誰も好きになるわけない。大嫌い。竿谷君と付き合っていいはずない。あたしに竿谷君じゃ勿体ない。てか、そもそも竿谷君があたしを好きだとか言ってるのがなにかの間違いだし。どうせすぐに本性バレて嫌われるに決まってるし……。バカ、バカ、バカバカバカバカ……。考えるな。考えるな。考えるなってば! もう終わったのに……。自分で終わらせたのに……。もう、竿谷君の事なんか考えたくないのに……)


 それなのに、頭の中は九朗の事でいっぱいだった。


 別れようと言った瞬間から。


 いや。


 もっと前。


 最初に彼に声をかけたその時から、ずっとずっと、アゲハの頭は彼の事でいっぱいだった。


 ほんの数日の出来事なのに、千年もそうしているような気さえする。


 こんな状態ないつまでも続いたら気が狂ってしまいそうだ。


 ……いっそそうなってしまいたい。


 狂って壊れて、そうしたらもう九朗の事を考えなくて済むだろうに。


(……卑怯者。本当、あたしって最低だ)


 九朗はそんな人ではないと分かっていたはずなのに。


 学校でのやり取りを見て、遊び人の嘘つきだと決めつけた。


 その癖、すぐに逢いに来てくれなかった事に腹を立てた。


 そんなはずない。


 アレは誤解で、なにかの間違いのはずだ。


 ねぇ、なんでそう言いに来てくれないの!?


 一日中その事ばかり考えて、放課後になる頃には諦めをつけていた。


 期待して傷つくのは嫌だから。


 とにかく自分は遊ばれたんだと思う事にした。


 そしたら九朗が現れた。


 嬉しかった。


 それだけで全部チャラにして許せる気がした。


 でも出来なかった。


 心のどこかで疑った。


 もしかしてこいつ、都合の良い事言ってあたしをセフレにしたいだけなんじゃないの?


 あり得ないと思いつつ、1%でも可能性があると思ったら怖くなった。


 だって仕方ないじゃないか。


 そうでもなければ、どうしてこんなイケメンが自分なんかに優しくするのか。


 なんの取り柄もない、カスでバカなメンヘラビッチに好きだなんていうのか。


 そんな都合の良い話、どうやって信じろと言うのか。


 自分ですら、こんな自分が大嫌いなのに。


 どうしてこんな奴を好きになれるのか。


 アゲハは不思議でならなかった。


 それで試した。


 試してしまった。


 いったいどういうつもりでみんなの前で彼女はいないなんて言ったのか。


 九朗はピシャリとアゲハの内心を当てて見せた。


 泣き出しそうな程情けなく取り乱した必死な様子も、嘘をついているようには見えなかった。


 信じがたい話だが、彼は本気で自分の事を非モテだと思っていて、自分なんかにこんな素敵な彼女が出来たという実感がまだ湧いていないようだった。


 頭がおかしいんだと思った。


 でも、それで全部説明が付いた。


 そもそもの話、頭がおかしくなけれあんなイケメンが自分なんかを好きになるはずがない。


 釈然とはしないが納得はした。


 嬉しかった。


 地獄から天国というくらいには嬉しかった。


 あそこで止めておけばよかった。


 余計な事を聞くんじゃなかった。


 でも、聞かずにはいられなかった。


 期待してしまった。


 彼ならば、アゲハの抱える最大の不安を否定してくれるのではないかと。


 分からないと言ったけれど、彼はそれを言い当てた。


 残念ながら、アゲハの期待とは真逆の形で。


 告白されたその時から、アゲハはずっと不安だった。


 自分なんかが九朗と付き合ったら、彼に迷惑がかかるんじゃないかと。


 自分なんかが九朗と付き合ったら、彼が恥ずかしい思いをするんじゃないかと。


 だって自分はビッチなのだ。


 他の男に股を開いて汚れてしまった中古のビッチだ。


 そんな奴と付き合ったら、絶対九朗の株が下がる。


 バカにされて、なんでそんな奴と付き合うんだよと、悪趣味にも程があると言われるだろう。


 その通りだとは言わなかった。


 あくまでも九朗は、アゲハを守る為に隠そうと言った。


 でも、アゲハにとっては同じようなものだった。


 どう言い繕った所で、九朗にとって自分は迷惑な存在で、恥ずかしい存在なのだ。


 堂々とは付き合えない、隠したくなるような彼女なのである。


 当たり前の話なのに。


 その通りの話なのに。


 彼には非なんか一つもないのに。


 自分勝手にもアゲハはがっかりしてしまった。


 傷ついてしまった。


 九朗に迷惑をかけたくないという気持ちもあった。


 そりゃ物凄くあったけれど。


 でも、それだけではなかったのだ。


 それだけであったなら。


 それくらい純粋ピュアに彼を好きになれたなら。


 彼の隣にいられただろうに。


 結局の所、自分の本性は薄汚い性悪のビッチなのだ。


 それを思い知らされた気がした。


 だから身を引く事にした。


 それだけが、自分に示せるたった一つの、なけなしの誠意だと思った。


 それすらも上手くは出来なかったが。


『お願いだから、これ以上あたしを惨めにさせないで……』


 この期に及んで被害者ぶった。


 どの口でそんな言葉を吐いたのだろう。


 自分で自分に嫌気がさした。


 最後の最後まで迷惑な女だ。


 その上今も未練たらたら。


 自分が悪いと分かっていながら、ウジウジと後悔して振った男の事ばかり考えている。


(……死にたい。てか死ね。消えちまえ。こんな奴、いない方がマシだ)


 そう思う癖に自殺する気なんかさらさらない。


 そんな事したら九朗に迷惑がかかるし、そもそもそれ程の勇気もない。


 今だって、悲劇のヒロインぶりながら今後の身の振り方を薄ぼんやりと考えている。


 もうビッチには戻れない。


 戻りたくない。


 でも何もない。


 どうしようもない。


 何も考えたくない。


 最低。


 最低。


 最低だ。


(……学校、休めばよかった)


 そして最初に戻る。


 意味のない堂々巡り。


 それなのに、瞼の裏には九朗の顔が張り付いて離れない。


 本気で好きだと言ってくれたあの顔が。


 焦りまくって引き攣った情けないあの顔が。


「なにあれ?」

「お見舞い……って雰囲気じゃなさそうだけど」

「もしかして、プロポーズだったりして!」


 不意に教室が騒がしくなった。


 気になるが、寝た振りがバレるのが恥ずかしくて無視する事にした。


 程なくして、教室は不気味な程静かになった。


「……ねぇ、アゲハ。アゲハってば……」


 困ったような友人の声が呼び掛けた。


「……なに」


 仕方なくを装って顔を上げると、目の前に居た。


「……アゲハさん。君が好きだ!」


 巨大な薔薇の花束を両手に抱えた、頭のおかしなイケメンが。

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