第21話 俺はバカだ……
勿論九朗は速攻でラインを送った。
でも無視された。
既読もつかない。
どうして!?
とは思わない。
アゲハの立場になってみれば、九朗はそれまで何の接点もなかった癖にやけにグイグイ来る謎のイケメンだ。
なんでビッチの自分なんかを助けた上に付き合ってくれたのかさっぱり分からない。
きっと内心では「なぜ??????」と思っているに違いない。
そんな男が告白した翌朝、舌の根も乾かぬうちに大勢の女子に囲まれてデレデレ(したつもりはないのだが)しながら彼女なんかいませんと宣言したのだ。
あーはいはい。
お遊びだったのね。
そう思っても不思議ではない。
あるいは、人気者になった途端掌を返し、こんなビッチと付き合うのは勿体ない。
そう思ったと思われても責められない。
真相は分からないが、誤解させたのは間違いない。
のみならず、物凄く傷つけたに違いない。
この俺が!
人畜無害な事だけが唯一の取り柄だった元中年童貞の自分が!
よりにもよって憧れのエロゲのヒロインの、しかも彼女になった女の子を裏切るような事をしてしまった!
あぁ死にたい!
アゲハさんの前で土下座して謝ってそのまま爆散して消えてしまいたい!
そう思うくらい自己嫌悪にかられた。
とにかく誤解を解かなければ!
そう思い、昼休みに逢いに行こうかと思った。
……でもやめた。
今アゲハに遭いに行ってもすんなり誤解を解く事は出来ないだろう。
大勢が見ている前で修羅場になったらアゲハに迷惑がかかる。
悔しいが、普通の人は涼子と同じように、九朗とアゲハが付き合う事はおかしいと感じるはずだ。
その証拠に、九朗がアゲハを助けたのは彼女の事が好きだからだという話は全然聞かなかった。
三バカの他にもその場にいた不良達が一部始終を見ていたにも関わらずだ。
言った所で誰も信じない、荒唐無稽な話だと思われたのだろう。
そんな状態でアゲハと付き合ってる事が周りにバレたらきっと面倒な事になる。
そして、割を食うのは自分ではなくアゲハの方だろう。
そう考えると、あそこでアゲハとの交際を隠したのは正解だったのかもしれない。
その辺の事情を合理的に説明出来れば、アゲハの誤解も解けるはずだ。
そう結論付けると、九朗は今すぐにでもアゲハに釈明した気持ちをグッと堪え、放課後を待った。
そして女子達の誘いを断って彼女の帰宅路に張り込んだ。
「アゲハさん!」
「……なに?」
物陰から飛び出してもアゲハは驚きもしない。
気だるげに視線を落とし、面倒くさそうに呟くのみだ。
(メチャクチャ怒ってる!?)
元42歳中年童貞にもそれは分かった。
待機中は、あれほど冷静に対応しようと心に決めていたのに。
そんな決意は百均のガラス製保護フィルムよりも脆く砕け散った。
「ご、ごめん! 今朝の事、ぁ、ぁ、謝りたくて!?」
「……いいよ。別に。あんな話真に受けたあーしがバカだったんだし」
アゲハの声に抑揚はない。
渡された台本をイヤイヤ読むような棒読みだ。
視線は下がったまま、足元に子犬でもいるみたいだ。
だとしたら、世界一醜い子犬だろうが。
聞く気もなければ取り合う気もない。
完全に心を閉ざしているらしい。
「よくないよ!? あれは誤解なんだ! アゲハさんが思ってるような事じゃない!」
「……またそれ? あんた、エスパーかなんかなわけ? 本当にあたしの気持ちがわかるってんなら当ててみなよ!」
アゲハの顔が跳ね上がった。
涙混じりの瞳が憤怒の炎に燃えている。
他人からこれ程の怒りをぶつけられたのは初めてだ。
前世の九朗は常に軽んじられてきた。
アゲハの激情に吹き飛ばされそうになりながら必死に踏み止まる。
「……アゲハさんは、俺が遊びで告白したと思ってる。それっぽい事言って彼氏面して、周りには付き合ってないふりして、都合よくセフレにしようとしてるって」
図星だったのだろう。
アゲハの視線が下がる。
「……それだけじゃないし」
縋るような声。
か細く、泣き出しそうな。
「……俺が急にモテだしたから、アゲハさんとの事、なかった事にしようとしたって思ってるんだろ?」
これも図星だったのだろう。
取り繕った無表情の仮面にひびが入り、瞼がぴくぴくと震えだす。
「……他には?」
「ほかには!?」
思わず叫ぶ。
その他なんか思いつかない。
でも、大事なのはそこではないはずだ。
実際、上目づかいでこちらを見つめるアゲハは、固く閉ざした心の殻から用心深く様子を伺っているように見える。
アレは誤解で、なにか理由があったのかも……。
そう思い始めているのだ。
なら、やる事は一つである。
「それはともかく! これだけはハッキリさせて欲しい。俺は間違いなく、百パーセントアゲハさんの事が好きだ! 昨日の告白は嘘じゃないし、嘘にするつもりもない。今だって彼氏のつもりだ!」
アゲハの肩がビクリと震える。
可愛らしい顔がくしゃりと歪み、ぐしぐしと制服の袖で目元を拭う。
「じゃぁ、なんであんな事言ったし!?」
ほとんど泣きだしそうな声でアゲハが叫ぶ。
(非モテ過ぎて彼女が出来たって実感がなかったんだよ!?)
とは言わなかった。
前世の自分ならまだしも、このルックスでは説得力がない。
最悪、ふざけていると取られるだろう。
「その、怒らないで聞いて欲しいんだけど……」
「怒ってないし!? 悲しいだけ! 怒る資格なんか、そもそもあたしにはないんだし……」
大声を出した事を恥じるように再び俯く。
理由は分からないが、彼女もまた自己嫌悪の沼に溺れているらしい。
「そんな事ないよ……。アゲハさんは俺の……か、か、か……。かの、じょ、なんだし……。怒る権利くらい、あるよ……」
慣れない言葉に赤くなる。
気付けばアゲハも赤くなっていた。
「……ズルいし」
「ず、ズルいかな……」
「そんな事言われたら怒れないじゃん!?」
「ご、ごめん……」
「謝んなくていいし!?」
怒られているのにホッとした。
段々と、いつものアゲハが戻ってきた気がする。
「……それで?」
「え?」
「言いたい事! あるんでしょ……。怒らないから、言ってみて……」
「う、うん!」
ここまでくれば締めた物だ。
九朗は冷静に、何度も練習した合理的な考えを発表した。
「その、俺達が付き合ってる事、暫く隠しておいた方がいいんじゃないかって……」
「………………なんで、そう思ったの」
「理由は色々あるんだけど。実は俺、アゲハさんと付き合うことになった事母親に報告したんだ」
「はぁ!?」
「落ち着いて! マザコンとかそう言うんじゃなくて! 実はその、俺ん家って父子家庭で。その母親ってのも義理の母親でさ。切っ掛けが切っ掛けだから、下手に隠してバレたら家庭崩壊の危機って言うか……」
「……それはまぁ、なんとなく分かるけど」
「だろ! で、その母親がさ、アゲハさんと付き合うのは反対だって……」
「……もしかして、あたしがビッチだって事話したの?」
「それはまぁ、説明上やむを得ずというか……」
「だからって!? そんなん反対されるに決まってんじゃん!?」
「勘違いしないで! 涼子さんの事は大事だけど――あぁ、義理の母親の事ね! アゲハさんの事はもっと大事だから! 涼子さんも本当のアゲハさんを知れば絶対許してくれるから!」
「……いや、余計に反対されるだけっしょ」
「そんな事ないって! けど、それで色々考えたんだ。多分学校の奴らも同じように思うんじゃないかって」
「……あ~しみたいなビッチは竿谷君の彼女に相応しくないって?」
「そう! 俺は全く全然一ミリだってそんな風には思わないけど! 他の奴らは思うかもしれないだろ? で、そうなったらきっとアゲハさんの方が色々困ると思うんだ! 嫉妬されたり、嫌がらせされたり、イジメられるかも! そんなの絶対嫌だから!」
「……だから、あーしらが付き合ってる事、隠した方がいいと」
「ずっとってわけじゃないけど。ほとぼりが冷めるまでは内緒の方がいいと思う! アゲハさんに相談しなかったのは俺が悪かったけど、クラスの女子にいきなり彼女いるかって聞かれて咄嗟にそう答えちゃったんだ! 絶対あそこで彼女いるって言ったら面倒な事になったし、それがアゲハさんだって知られたら……」
「……まぁ、大ブーイング間違いなしだよね」
「だろ! つまりそういう事なんだ! 彼女いないなんてのは本心じゃなくて真っ赤な嘘! 全部アゲハさんを守る為の作戦だったんだよ!」
「そっか。ありがとう。あたし達別れた方がいいね」
「え」
冷え冷えとした声と共にアゲハが横を通り過ぎる。
九朗は慌てて追いかけた。
「アゲハさん!? なんで――俺の話ちゃんと聞いてた!?」
「聞いてた。あたしもその通りだと思う。本当、その通りだと思う」
「じゃあなんで泣いてるんだよ!?」
「泣いてないから!?」
怒鳴られて九朗は怯んだ。
(……いや、どこからどう見ても泣いてるんだけど……)
両の目からボロボロと。
号泣と言っても過言ではない。
「お願いだから、これ以上あたしを惨めにさせないで……」
悲痛な顔で懇願すると、アゲハは逃げるように走り去った。
「……なんでだよ」
九朗にはさっぱり訳が分からなかった。
それでも一つだけ確かな事がある。
どうやら自分はとんでもない間違いをやらかしたらしい。
暫く茫然とすると、九朗の右手が横っ面を殴った。
二度、三度と殴りつける。
こんな奴、死んだ方がマシだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。