第20話 ……あたしってバカだ
竹下通りに現れたイケメンアイドルみたいな目に遭いながら、どうにかこうにか教室までやってきた九朗だったが、ホッと一息つく暇もなくクラスの女子に囲まれた。
「ねぇ竿谷君! 三年の不良グループ一人でやっつけちゃったって本当!?」
「ほ、本当だよ……」
「キャー! かっこいいー!」
「ほら言ったじゃん! 竿谷君ってカッコいいだけじゃなくて強いんだって! しかも他所のクラスの知らない子助ける為に殴り込みに行ったんだよ! 男らしすぎでしょ!」
「そ、そんな事ないよ……。女の子が危ない目に遭ってたら助けるのが当然って言うか……」
「謙遜する事ないじゃん! あいつらが二子玉さん無理やり連れてくとこ見てた男子もいたっぽいけど、みんなビビって見て見ぬふりだし! マジ、チンポついてんのかって話!」
「仕方ねぇだろ! あいつらマジでヤバい奴らだし、まさか学校で無理やり女子とヤろうとしてたとは思わないじゃん! 二子玉さんだってそういう系の子だしさ! てか、俺だって先生には報告したんだよ!」
ヘイトを向けられてクラスの男子が弁解する。
彼らを卑怯者だとは九朗も思わなかった。
前世の自分なら、可哀想だとは思っても助けに行こうなどとは絶対に思わなかった。
チート能力者みたいな存在である竿谷九朗に転生し、勝算があると思ったから行ったのだ。
他の男子だって同じように力があれば助けに行ったに違いない。
というのは流石に言い過ぎかもしれないが。
なんにしろ、九朗としてはここまで持ち上げられると恐縮してしまう。
なんだか騙しているみたいで居心地が悪いし、ちやほやされる為にやったのではないのだ。
それよりも、自分のせいで他の男子の株が下がってしまった事の方が気になる。
前世ではいじめられっ子の九朗である。
悪目立ちしたら余計な反感を買いそうで怖い。
そうでなくとも、折角良い感じに友情を育んでいたのだ。
こんな事で男子に嫌われて孤立したくはない。
「三浦君は悪くないよ! みんなが騒いでくれなかったら俺も気付けなかったと思うし。なんていうか……そう! なんとなく嫌な予感がしてさ! ちょっと様子を見に行くだけのつもりだったんだ! そしたらなんか巻き込まれちゃって、仕方なくみたいな感じだよ!」
これなら少しは男子の顔も立つだろう。
そう思って三浦の顔色を伺うと、呆れたような、困ったような、バツの悪そうな顔をしていた。
「そんな見え見えのフォローいらねぇから。九朗が凄いのは事実だしよ。けど、サンキューな」
苦笑いを向けられて九朗は困った。
前世ではこんな扱いを受けたことはない。
それにゲームではほとんどの男が顔も名前もないただのモブで、こんな風に会話に絡んでくる事もなかった。
これではゲームの知識も役には立たない。
そうでなくとも九朗にはゲームの主人公みたいにスマートにやり過ごす自信はなかった。
ないない尽くしで困るばかりだ。
「てかさ、竿谷君ってそんなキャラだっけ?」
「えっ」
「俺様系ってわけじゃないけど、いつもはもっと堂々としてたじゃん?」
女子の発言にドキッとする。
原作の竿谷九朗の性格はルートによって大きく変化する。
堂々と何股もしまくるハーレムルートならオラオラの俺様系だし、脅迫などを用いてこっそりヒロインを調教する暗躍ルートならミステリアスで物静かなタイプだ。
こちらの九朗は平凡な幸せを望んでいるので、スタンダードな学園ラブコメルートの爽やか系をトレースした。
平時はそれでどうにかなったが、イレギュラーが発生して素の佐藤英二が漏れ出している。
しまったと思うが、いくら原作をやり込んでいるとはいえ、佐藤英二は俳優でもないでもない。
ただの非モテの中年童貞だ。
24時間どんな時も完璧に原作主人公を演じられるわけがない。
幸い、女子達は違和感を好意的に解釈したようだが。
「わかる~! なんかイケメンすぎて近寄りがたかったけど、思ってたより親しみやすいって言うか、可愛い、みたいな?」
「それ! なんか可愛いよね!」
(お、俺が可愛い!?)
そんな言葉、親にだってかけられたことがない。
前世の自分と比べたらオークの方がまだ可愛く見えるようなブ男だった。
当然九朗は照れるのだが。
「か、からかわないでくれよ!?」
「キャー! 赤くなってる! 可愛い~!」
「実は竿谷君、意外に初心だったり?」
「なわけないじゃん! この顏だよ!」
「わかんないでしょ! 女の子だって美人過ぎると逆にモテないって言うし!」
「ねぇねぇ! ズバリ聞くけど、竿谷君って彼女いる?」
すっかり女子達のペースに持ち込まれ、42歳童貞の魂を持つ九朗は焦るばかりである。
「いないよ!? いた事もない!? モテた事なんか一度もないから!?」
もうこうなるとただの佐藤英二である。
前世の彼と二回り近く違う女子達に囲まれて完全にタジタジだ。
「え~! 絶対嘘! 信じらんな~い!」
「じゃああたし、立候補しちゃおっかな~?」
「あ! ずるい! あたしも!」
「抜け駆け禁止! って事でとりあえず合コンしない?」
「そ、それはちょっと……」
もちろん合コンの経験もない九朗だ。
本能的に拒絶してしまうのだが。
「いーじゃん! 俺も混ぜろよ!」
お調子者の三浦が肩を組んでくる。
「ちょっと! 和馬は呼んでないんだけど!」
「合コンなら他にも男子がいるだろ! それともなんだ? お前ら、九朗一人と合コンするつもりか? そんなの合コンじゃなくて拷問だろ! な! 九朗!」
「あ、あははは……」
勝手に話が進んでしまい、苦笑いを浮かべる事しか出来ない。
まぁ、難しく考えずにクラスのみんなと遊びに行くくらいに捉えておけばいいのだろう。
などと思いつつ視線を彷徨わせていると、九朗は気づいた。
噂のイケメンを一目見ようと教室の入口には大勢の女子が集まっている。
その中に、アゲハがいた。
怒るでもなく、悲しむでもなく。
能面のような無表情を張り付けてこちらを見つめている。
九朗の心臓が凍り付き、見えざる手によってギュッと潰された。
(………………うわぁああああああああ!? 違う! 違うんだアゲハさん!?)
ビックリしすぎて言葉も出ない。
別に九朗もアゲハの事を忘れていたわけではない。
ただ、あまりにも前世の非モテ人生が長すぎて、自分に彼女が出来たという実感がこれっぽっちも湧いていなかったのだ。
九朗はこの世の終わりみたいな顔をしていた。
アゲハは特に何の反応も見せず立ち去った。
(お、追いかけないと!?)
と思うのだが。
そこで無情にもチャイムが鳴った。
「どうした九朗?」
三浦一馬の問い掛けに。
「なんでもない……」
誤魔化す事しかでない九朗だった。
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