第16話 見た目はハイスペ、頭脳は中年童貞

 竿谷九朗はご都合エロゲの無双系主人公である。


 ちょっとやそっとのトラブルは謎の主人公補正で解決してきた。


 自分も同じ存在なら、同じ力が宿っているはずだ。


 九朗はその可能性に賭けたのである。


 そうでなければのこのこ一人で不良の溜まり場に乗り込んだりはしない。


 そんなわけで。


 九朗は上級生共々そこに加勢した一年生の不良共もぶっ飛ばし、その足でアゲハと共に近所の公園に落ち着いた。


「………………もしかして竿谷君って、格闘技の世界チャンピオンだったりする?」

「まさか。どこにでもいる普通の高校生だよ。自分でもビックリしてるくらいさ」


 未だに唖然としているアゲハに、九朗は苦笑いで答えた。


 十人近い相手を無傷でのしてしまったのだ。


 アゲハが驚くのも無理はない。


「いや、絶対普通じゃないって!? あいつらこの辺じゃ有名なワルで、喧嘩だって超強いのに!」


(知ってるよ)


 あの三人組はゲームにも登場した。


 様々なルートで主人公の前に現れる噛ませのお邪魔虫。


 通称三バカだ。


 今回の集団レイプ未遂だってイベントの一つである。


 幾つかのアゲハのルートで発生し、防げなければ悲惨な末路を辿る。


(……まぁ、選択肢によってはあいつ等を子分にして非道の限りを尽くすルートもあるんだけど)


 暴力と脅迫でヒロイン達を無理やり犯しまくる鬼畜ルートだ。


 だから九朗も向こうのやり口は把握していた。


 結局これも説明が難しいので、九朗は曖昧な表情で。


「必死だったから……」


 と濁しておいた。


 何の説明にもなっていないが、アゲハはそれで納得したらしい。


 戸惑う様に赤くなり、急に大人しくなった。


 上目づかいでチラチラと九朗の顔色を伺うと。


「……ぁ、ありがとぅ」


 蚊の鳴くような声で礼を言う。


「……本当に。竿谷君が来てくれなかったら今頃あたし……」


 思い出して恐ろしくなったのだろう。


 アゲハの肩が震えだす。


 九朗は困った。


 こんな時、どう声をかけていいのか分からない。


 ゲームなら気の利いた選択肢が三つばかり出てくるのだろう。


 覚えている物もあったが、口にする勇気は出ない。


(……本物みたいにスマートには出来ないな)


 結局の所、中身は冴えない中年童貞なのである。


 目の前で女の子に泣きそうになられたら、心配でオロオロしてしまう。


「と、とにかく。なんともなくてよかったよ……。こういう事もあるからさ……。出来れば今後はああいうのやめた方がいいんじゃないかと……」


(って、バカか俺は! そんなの今言う事じゃないだろ!?)


 口にしてから後悔する。


 ついさっき集団レイプされそうになった女の子に説教をするなんてデリカシーがなさすぎる。


 これだから俺はダメなんだ……。


 一人で勝手に落ち込む九朗に。


「当たり前だよ!?」


 食い気味にアゲハが叫んだ。


「もう二度とあんな馬鹿な真似しない! 全部竿谷君の言う通りだったの! なんの取り柄もなくて、勝手に周りと比べて落ち込んで、何の努力もしない癖に見栄ばっかり人一倍で……。本当に全部、竿谷君の言う通りで……。だからごめん! 折角忠告してくれたのに叩いたりして! 最低なのはあたしの方だから! だから、その、えっと……」


 俯くと、アゲハは両手で顔を覆った。


「アゲハさん?」

「……恥ずかしくて。竿谷君に合わせる顔なくなっちゃった」


 涙混じりの鼻声で呟く。


(……可愛すぎだろ!)


 九朗は興奮した。


 もうこれだけで勇気を出した甲斐があったと思える。


 顔がニヤけそうになるのを必死に堪えながら。


「……気にしなくていいよ。俺も全然気にしてないから」

「気にしてよ! そんなに優しくされたら余計に申し訳なくなるから! いっそ怒られて幻滅されて殴られた方がマシだし!」


 必死な顔で訴えると。


「って、今のナシ! 竿谷君に嫌われるのは嫌!? って、あーし、なに言っちゃってるの!? 忘れて! 色々あって、テンションおかしくなっちゃってるから!?」


 アワアワしながら顔の前で手を閉じたり開いたりを繰り返す。


(か、かわぇぇぇぇええ!)


 九朗は内心で身悶えながら。


「嫌いになんかなってないよ」


 と笑いかける。


「………………ぅ」


 呻くように頷くとアゲハは黙り込んだ。


(……気まずい! な、なにか話さないと! でも、黒ギャルJKにウケるような話題なんか知らないし! そもそも女の子とサシで話す経験自体ほとんどなかったんだが!?)


 せっかくなら話術も主人公並にして欲しかった九朗である。


「……なんで」


 とりあえずタピオカミルクティーの話題でも振ってみようかと思っていたら、不意にアゲハが口を開いた。


「なんで、あたしの事助けてくれたの?」


 話題を振られて九朗はホッとした。


「心配してたんだ。俺、酷い事言っちゃったから、傷つけちゃったんじゃないかと思って」


 一旦は涼子の助言を受け入れた九朗だが、内心では気が気ではなかった。


 話しかけちゃダメだ! ジロジロ見ちゃダメだ! 様子を見に行っちゃダメだ!


 そう思いながら、毎日アゲハの事を気にしていた。


 今日なんか我慢できなくなって謝るタイミングを探していたくらいである。


「それでその、謝ろうと思ってアゲハさんの事探してたら、アゲハさんがヤバい連中に連れてかれたって噂を聞いて……」


 それでピンと来て野球部の部室を訪ねたのである。


「全然酷くないから! 全部その通りであたしの自業自得だし! てか、そう言う意味じゃなくて……」

「?」


 意味が分からず九朗が首を傾げる。


「……だってあーし、竿谷君とは友達でもなんでもないし。チョー嫌な奴で、最低のヤリマンビッチで、正直言ってそこまでして助けてくれる理由なんかないって言うか……」


 そんな事はないと九朗は思う。


 彼にとってアゲハは前世の辛い人生を支えてくれた恩人だ。


 でも、彼女の立場になって考えれば確かにその通りである。


(……客観的に見ると俺、ヤバい奴なのでは!?)


 初対面なのにいきなり訳知り顔で説教して、その後も様子を伺って、挙句の果てに呼んでもないのに助けに来て、これではストーカーと大差ない。


 いや、全然そんな事はないのだが、根がネディブな九朗である。


 何をしても悪い方向に捉えられた経験でついそんな風に考えてしまう。


(……君のファンだから、は通用しないよな。てか、これがそもそもストーカー臭いし。なにか良い感じに誤魔化さないと……)


 それが出来るくらいのコミュ力があったら苦労はしないのだが。


「……困ってる人を助けるのに理由なんか要らないよ」


 とりあえず九朗はネットでよく見るゲームの名言をパクってみた。


 口にしてから格好つけすぎだと恥ずかしくなり付け加える。


「勿論、アゲハさんだからって理由もあるけど……」


(ってバカ! そういう所がキモいんだって!?)


 つい余計な事を付け足してしまうのがコミュ障の悪い所である。


 穴があったら入りたい。


 内心で頭を抱えていると。


「……それってつまり、ぁたしの事、好きって事?」


 裏返った声が震えながらそう告げた。

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