第15話 原作通り

「くだらねぇ。なんだそりゃ? 寒すぎて鳥肌が立つぜ」

「漫画じゃねぇんだ。たった一人で勝てるわけねぇだろ」

「まぁ、どの道ただで帰してやるつもりはなかったけどな」


 厳つい体躯の上級生がこれ見よがしに拳を鳴らす。


 正直な話、内心九朗はビビりまくっていた。


 前世は冴えない人生だった。


 万年いじめられっ子で、殴られた事は数あれど人を殴った経験など一度もない。


 だから当然、喧嘩した経験もない。


 その上この人数差だ。


 普通に考えて勝てる見込みなんかこれっぽっちもない。


(普通ならそうだ。でも俺は、普通じゃない……はずだ)


「こ、こいよ不良共! ぶっ飛ばしてやる!」


 見よう見まねで拳を握る。


 その姿を見て、不良達は笑い出した。


「なんだよその構え! 素人丸出しじゃねぇか!」

「腰が引けてるぜ一年生」

「さてはお前、喧嘩した事ねぇだろ」


 あっさり看破され、九朗は赤くなった。


「ぐっ!? だからどうした! 喧嘩した事あることなんか自慢にならないだろ!」


 アゲハを除いた全員が腹を抱えて爆笑した。


 相手の力量を見極めるのは不良に必須のスキルである。


 強そうなのは見た目だけでこいつはただの雑魚だ。


 不良達は完全に九朗を舐めていた。


 九朗自身、自分が勝つビジョンなどまったく浮かばない。


 本音を言えば今すぐここから逃げ出したい。


「おら! 来ないならこっちから行くぜ!」


 モタモタしている内に、ドレッドヘアが殴りかかって来る。


「ひぃっ!?」


 前世のトラウマが蘇り、思わず九朗は目を閉じた。


 顔の前で十字に交差させた腕に衝撃が走る。


(……あ、あれ?)


「情けねぇ! ビビり過ぎだろ!」


 ガードの上から続けざまに乱打を受ける――が。


(……やっぱりだ。あんまり痛くないぞ)


 恐怖が薄れ、九朗は目を開けた。


 落ち着いて見れば大した事のない攻撃に思える。


「オラオラオラ! どうしたぁ? やり返してみろよ!」


 素人ボクシングのストレートをあっさり避けて顔面を殴り返す。


「ブッ」


 鈍い呻き声と共にドレッドヘアが壁まで吹っ飛んだ。


「へ?」


 マヌケな声は自分のものか外野ののもか。


「……嘘だろ」


 静まり返った部室に誰かの呟く声が響く。


 九朗も同じ事を思っていた。


 なんなんだこの力は!?


 驚く気持ちが半分。


 やっぱりそうだと納得する気持ちが半分。


「び、ビビんなよ! あんなのまぐれに決まってる!」


 不穏な空気を塗り替えようとロン毛の上級生が殴りかかる。


(見えるし、分かる)


 明らかに相手はビビっていて腰が引けていた。


 九朗はあっさり避けて、すれ違いざまにボディを叩きこむ。


「げぇぁ!?」


 ロン毛が崩れ落ちその場で嘔吐した。


「……なんなんだよ、お前」


 スキンヘッドの問い掛けに九朗は答えた。


「この世界の主人公だ」


 ゲームでは、九朗はめちゃくちゃ強いのだった。

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