第14話 その言葉が聞きたかった

(……なんで?)


 アゲハは自分の耳と九朗の正気を疑った。


 こんな不良の溜まり場にたった一人で乗り込んで、こんなカスみたいな女を助けようとしている。


 そんな義理もなければ理由もなく、そもそもそこまでされる価値がないのに。


 この期に及んでアゲハは九朗を疑った。


 九朗に助けて貰う資格なんかない。


 それなのに、内心では嬉しくってたまらない。


 そんな自分の身勝手さに反吐が出そうだ。


「ふざけた事言ってんじゃねぇぞ一年坊主!」

「うわぁ!?」

「竿谷君!?」


 背後から蹴られて九朗が派手に転ぶ。


「くだらねぇパチこきやがって。格好つけてんじゃねぇよ!」

「ぐぁ!?」


 上級生が容赦なく倒れた九朗の腹を蹴り付ける。


「やめて! その子に乱暴しないで!?」

「あぁ? なんだアゲハ。こいつ、お前の男か?」


 下衆な薄笑いで尋ねられアゲハは口籠る。


「なわけねぇよなぁ? 男と見れば誰にでも股開くクソビッチに惚れる男なんかいるもんかよ」


 ゲラゲラと不良共が一斉に笑った。


 その通りだとアゲハも思った。


 それなのに恥ずかしくって仕方ない。


 こんな姿、竿谷君には見られたくない。


「アゲハさんを笑うな!」


 罵倒した不良の脚に九朗が抱きつく。


「うぉ!? てめぇ、鬱陶しいんだよ!」

「がぁ!?」


 顔面を蹴り付けられて九朗がひっくり返る。


「やめて!? お願いだから!?」

「ならお前がこいつをどうにかしろよ!」


 言われなくてもそのつもりだ。


 九朗が助けに来てくれた。


 その事実だけでアゲハは十分だった。


 どのみち彼一人では状況は変えられない。


 これ以上、彼が傷つく姿を見たくない。


「アゲハさん……」


 鼻血を流しながら、九朗は必死にこちらに手を伸ばす。


「……帰って」

「……嫌だ」

「帰れって! 助けてなんて頼んだ覚えないから! あたしは好きでやってんの! そういう女なの! 男なら誰とでも寝るヤリマンビッチなの! なに勘違いしてるのかしらないけど、あんたのやってる事は迷惑なだけだから!」


 それでいい。


 彼が無事に帰れるのなら、獣達のチンポだって喜んでしゃぶってやる。


(……だからお願い。諦めてよ……。あたしなんか、放っておいて……)


 アゲハは祈った。


 心の底から。


「嘘だ」


 九朗は言った。


 あの時と同じ、アゲハの過去も未来もなにもかも、心の奥底まで見透かすような澄んだ目で。


「……嘘じゃない」

「そんな嘘は信じない。だからアゲハさんも! 俺の事、信じてよ!」


 だめだ。


 だめだ。


 だめだだめだだめだだめだ。


 そんな事、絶対に許されない。


 なのにアゲハは言ってしまった。


「……お願い。助けて……」

「助けるとも」


 九朗が立ち上がった。


「きっと俺はその為に、この世界に生まれてきたんだ」

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