第13話 俺も混ぜて貰えないかと

「なんで!?」


 思わず叫ぶアゲハの口を最初にヤろうとしていた一年生が塞ぐ。


「どうすんすか?」


 と尋ねるように振り返る少年を無視して、上級生の不良はアゲハに言った。


「騒いだらぶっ殺す」


 ただの脅し文句だと分かっていてもアゲハは震え上がった。


 助かったと思ったのは一瞬の事で、言われるがまま馬鹿みたいに頷く。


(……っていうか、竿谷君一人でこの状況をどうにか出来るわけないじゃんか!)


 アゲハは焦った。


 このままでは九朗まで危ない目に合わせてしまう。


 そしてすぐ、彼が助けに来たとは限らない事に気が付いた。


 噂を聞き付け、獣達の宴に混ざりに来たのかもしれない。


(ありえない!)


 彼はそんな人ではない。


 そう確信する一方で、わざわざ危険を冒してアゲハを助けに来る理由もないと思う。


 そんな奇跡のような善意を期待するよりは、結局彼も獣だったと思う方がよっぽど筋が通っている。


(……そうだよ。だって私には、そこまでされる価値なんかないんだもん)


 こんなどん底の状態で有りもしない希望に縋ってガッカリなんかしたくない。


 それなのに、心の奥ではもしかしたらと期待してしまう。


 そんな自分の浅ましさに、アゲハは心底嫌気がさした。


 不良達は九朗を無視するつもりらしい。


 緊迫した空気の中、人差し指を立てて沈黙を要求する。


 九朗は中々諦めなかった。


 控え目だったノックは激しさを増し、今ではガンガンとけたたましく扉を叩いている。


「アゲハさん! いるんですよね!? アゲハさん!?」

「うるせぇぞ!」


 業を煮やした上級生が扉を開けた。


「てめぇ、ここがどこだかわかってんのか!」

「す、すいません!」


 胸倉を掴まれて九朗が青ざめる。


「あの、その……」


 強面の上級生に凄まれて、しどろもどろになって言葉を濁す。


 媚びるような笑みを浮かべて顔を上げると九朗は言った。


「う、噂を聞いて……。俺も混ぜて貰えないかと」


 アゲハの位置からは九朗の顔は見えないが、声を聞くだけでどんな顔をしているか想像出来た。


(……最低)


 がっかりした。


 そんな資格ないのに。


 勝手に期待して勝手に裏切られ勝手に軽蔑した。


 身勝手だと思いつつ、酷く裏切られた気分になる。


 結局男なんかこんなものだ。


 どいつもこいつもセックスの事しか頭にない獣だ。


 もう、なにもかもがどうでもよくなって、こいつらの言いなりになって身体を売るのも悪くないかなと思った。


 仕切り役の上級生は値踏みするように九朗を見つめると言った。


「一万だ」


 吹っ掛けられると思ったのだろう。


 先に集まっていた連中よりも高い値段を提示した。


 九朗は財布を取り出すと。


「……今これだけしかなくて。残りは後でもいいですか?」

「チッ。仕方ねぇな。明日までに用意しろよ」


 数枚の千円札をひったくり道を開ける。


 部室に入ってきた九朗を、アゲハは氷のような眼差しで見返した。


「……最低」


 呪詛のように吐き捨てるアゲハを見下ろし、九朗はホッと安堵の溜息を吐いた。


「……よかった。間に合った」


 そして優しい笑みを浮かべ、アゲハに向かって右手を伸ばす。


「帰ろうアゲハさん。君はこんな所にいるべきじゃない」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る