第12話 ビッチの末路

 三人組に脅されるまま連れて来られたのは野球部の部室だった。


 とは言えそれは名ばかりである。


 そもそも部員が足りなくて、真面目に活動している所なんか誰も見た事がない。


 ただの不良の溜まり場である。


 すえた臭いと煙草の臭いとイカ臭さが混じり合い、吐き気を催すような悪臭が漂っている。


 そこには他にも、一年生の不良連中が数人集まっていた。


「そいつが噂のヤリマン女っすか」

「あぁ。約束通り優しい先輩がお前らを漢にしてやるよ」

「「「あざっす!」」」


 一年生が財布を取り出し髭面の上級生に金を渡す。


「……あの。これ、どういう事ですか」

「見りゃ分かるだろ。金取ってお前とヤらせんだよ」

「……っ!? そんなの聞いてないんですけど!」

「そりゃ言ってねぇし」

「俺らが男を探してやればお前も手間が省けるだろ。こいつらは女とヤれて、俺らも金が入ってみんなハッピー。Win―Winって奴だ」

「イヤですよそんなの!?」

「チッ。うるせぇな」


 髭面の上級生が五千円札をアゲハに握らせる。


「……なんですか、これ」

「お前の取り分だ。これで文句ねぇよな」

「そういう問題じゃ――」

「つべこべ言わずに股開いてりゃいいんだよ!」

「キャッ!?」


 床に敷かれた薄汚いマットに乱暴に転がされる。


「なんかこの女嫌がってるっぽいんすけど。大丈夫っすか?」

「心配すんな。お前らとヤってる所録画しとけばこいつも面倒な事は出来ねぇだろ」

「ならいいんすけど」


 あっさり納得すると、一年生の不良達は誰が最初にアゲハとヤルかジャンケンを始めた。


 どう考えても集団レイプなのだが、そんな事を気にする者は誰もいない。


 この場において、アゲハはただの性処理の道具だった。


 人権などなければ発言権もない。


 それが当然という空気がこの場を支配している。


(竿谷君の言ってた事ってこういう事だったんだ)


 こんな事を続けていたらいつか痛い目を見る。


 その通りだ。


 自分はなんてバカだったんだろう。 


 想像力が足りなかった。


 避妊の事は考えていたが、こんな事になるとは欠片も思っていなかった。


 後悔しても後の祭りだ。


 こうなったらもう、どうしようもない。


 野球部の部室は屋外にあって、多少騒いだ所で聞こえない。


 そもそも、けだもの達はアゲハが騒ぐ事を許さないだろう。


 不良の溜まり場として有名だから、先生だって近寄らない。


 抵抗しても多勢に無勢。


 恥ずかしい動画を撮られて、これから一生こいつらに脅されて小遣い稼ぎの道具にされるんだ。


(……バチが当たったんだ)


 そういうのは良くないと言って止めてくれた友人もいた。


 でも無視した。


 自分だって内心ではいけない事をしているという自覚があった。


 でも止めなかった。


 竿谷君だってあんなに必死に止めてくれたのに。


 聞く耳を持たずに逆ギレして暴力を振るった。


(……あたしって本当、最低だ)


 だからこれは当然の報いだ。


 そう思うと、不思議とアゲハは気が楽になった。


 そう思わなければやりきれない。


 そうでも思わなければ、きっと自分は耐えられない。


 獣達に貪られて、頭が変になってしまうだろう。


 静かに涙を流しながら、アゲハは必死に心を殺した。


 それだけが今の彼女に出来る精一杯の抵抗だった。


「っしゃ! いっちば~ん!」


 ジャンケンに勝った生徒がおもむろにベルトを外す。


 他の男子もチャックからおぞましい物を覗かせて、アゲハをオカズに扱いている。


(イヤだ、イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!?)


 恐怖が一気に膨れ上がった。


「イヤァ!? やめて!? お願いだから――」

「騒ぐんじゃねぇよ!」

「ヒィッ!?」


 顔のすぐ横をドンと踏まれて、アゲハの悲鳴は引っ込んだ。


「次騒いだら殴るからな」

「てか、タオルで口塞いどいた方が手っ取り早くね?」

「それもありだな」


 いっそそうして欲しいと思った。


 殴られて気絶出来たら嫌な思いをせずに済む。


 思うだけで行動には移せなかったが。


「はは。なんかレイプみてぇ。超興奮してきた。乱暴にやっちゃっていいっすか?」

「面倒だから痕は残すなよ」

「うぃ~っす」


 軽薄そうな一年生が嗜虐的な笑みを浮かべてアゲハの胸に手を伸ばす。


 恐怖に耐え切れず、アゲハは瞼を閉じて必死に祈った。


(お願いだから、誰か助けて……)


 でも無駄だ。


 こんな奴、助けてくれる人なんか誰もいない。


 因果応報、自業自得、身から出た錆。


 全部自分が悪いんだ。


 わかってる。


 いやという程わかってる。


 でも。


 でも。


 でもでもでもでも……。


 こんなの、あまりにあんまりじゃないか!?


 コン、コン、コン。


 控え目なノックの音に空気が凍った。


「あの、すみません……。ここに二子玉アゲハって子来てませんか?」


 自信なさげに尋ねる声は忘れもしない。


 竿谷九朗のものだった。

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