第10話 イケメン無罪

 一度ならず二度までも愛するヒロインを泣かせてしまった。


 しかも一日に!


 あぁ、俺はなんてバカなんだ!


 九朗は焦って涼子に謝った。


「う、えぐ。違うんです……。九朗さんが頼ってくれた事が嬉しくて……」


 ただの嬉し泣きだったらしい。


 九朗は困惑した。


 他人を頼ってウザがられる事はあれど喜ばれた事など一度もない。


 ともあれ、涼子を傷つけたのではなくてホッとした。


「それで、悩みってなんなんですか?」

「……説明するのは難しいんですけど――」


 実際難しい話だった。


 ここがエロゲの世界で、自分は竿役の主人公に転生した42歳童貞だなんて言えるわけがない。


 でも、その前提がないとアゲハとのトラブルは上手く説明できない。


 結局九朗は良かれと思って忠告し、そう親しくもない女子を傷つけてしまったというような説明をした。


 アゲハの立場になってみればそう外れてもいない説明だろう。


「なるほどぉ……」


 腕組みをして涼子が唸る。


 たわわな胸が下から締め付けられ、これでもかと存在を強調する。


 思わず九朗は目を奪われ、ゴクリと唾を飲んだ。


(デカすぎだろ!)


 現実で見る涼子の胸は画面越しのそれとは比べ物にならない存在感を放っていた。


 やっぱりちょっとくらい揉んどくべきだったろうか……。


「九朗さん」

「ごめんなさい見てません!?」

「?」


 不思議そうな顔をすると、涼子は赤面する九朗に気付いて膨らんだ胸元に視線を向けた。


 それでハッとして。


「……九朗さんのエッチ」


 胸元を隠しつつ口元を尖らせる。


「……ごめんなさい」

「……まぁ、見るだけならいいですけど」


 満更でもない顔をしてニコリと微笑む。


 気を取り直して涼子は言った。


「私としては、そんなに気にする事じゃないと思いますけど」


 それこそ、九朗の悩みなど大した事ではないという風に。


「納得出来ないって顔ですね」


 こくりと九朗が頷く。


「……だって俺、酷い事言っちゃったんですよ。全然話した事ないのに、いきなり知ったような事言ってその子の心に土足で踏み込んで……。最低だって泣かせちゃって」

「でも、その子の為を思って言ったんですよね?」

「そうですけど……」


 だとしても、九朗は納得できない。


「じゃあ、言わない方がよかったと思いますか?」

「それは……」


 違うと思う。


「九朗さんはこのままじゃその子にとって良くないと思って忠告したんですよね? 全然話した事もない、友達でもない子なのに。心配して忠告してあげたんです。それってすごく優しい事だと思いますけど」

「……そうでしょうか」

「そうですよ。だってその子は他人の九朗さんから見てもよくないって分かる状態だったんでしょ? その子の親しい子や友達なら絶対に気づいている筈です。でも言わなかった。誰だって嫌われ役にはなりたくないですからね。それでも言ってあげた九朗さんは優しいし、とっても勇気のある人だと思います」

「そんな……。俺はただ、その子が心配だっただけで――」

「だから行動した。立派な事じゃないですか。言い訳する必要がどこにあるんですか? 私は胸を張るべき事だと思います。それでその子が怒ったとして、そんなのはタダの逆ギレですよ」


 確かにそうだ。


「……でも。俺はその子を泣かせたくなんかなかったんです。自分を傷つけるような生き方をやめて欲しかっただけで、傷つけたかったわけじゃ……」


 それを聞いて涼子は黙った。


 呆れているのだろう。


 涼子の言っている事は正しい。


 客観的に見て、九朗が気に病む事などない。


 それなのに、自分はでも、だけどとウジウジ言い訳をしている。


 自分から相談を持ち掛けた癖に鬱陶しい事この上ない。


(だから俺はダメなんだ……)


 情けなくて九朗はずっと俯いていた。


 基本的に俯きがちな男なのである。


 沈黙はまだ続いていた。


 不自然な程に続いていた。


 ふと九朗はこめかみがむず痒くなるような視線を感じた。


 顔を上げると、涼子が口元に手を当ててニヤニヤしていた。


「……涼子さん?」

「もしかして九朗さん。その子の事が好きなんですか?」

「………………っ!? ち、違います! そういうわけじゃ!」

「隠さなくってもいいじゃないですかぁ。一応義理でも私は九朗さんの義母さんなわけですしぃ。こう見えて私、恋愛相談も得意なんですよ? 現役の頃は闇夜に舞い降りた天使なんて呼ばれてて――」


 ハッとして涼子が口を押さえる。


「べ、別に変な意味じゃないですからね! 本当に!」


 慌てて誤魔化すが、涼子が夜のお店で働いていた事など当然九朗は知っている。


 彼女が隠したがっている事も知っているのでわざわざ触れはしないが。


 なんにしろ、ママ属性の涼子は世話好きだ。


 ゲームでも相談すると他のヒロインを攻略する為のヒントを与えてくれる。


 場合によってはエッチな事をしながらでだ。


 それくらい涼子は懐の広い女性なのである。


「とにかく、そんなんじゃないんですよ! そりゃ、好きか嫌いかって言ったら好きですけど……。ラブじゃなくてライクって言うか、俺はその子のファンみたいなもんなんです」

「推しが幸せなら自分はオッケーですみたいなの、私はあまり信じてないですけど。むしろファンなら自分が幸せにしてあげるべきなのでは?」

「涼子さん!」


 やたらとヒロインを攻略させようとしてくるのがタマにキズである。


 ゲームでは頼もしいし、佐藤英二もその先で発生する涼子と他のヒロインとの3Pイベントは大好きだったが。


「ぷ~。そんなにムキになって否定する事ないのに」


 涼子は子供っぽく唇を尖らせると。


「なんにしろ、そんなに気にする事ないと思いますよ。人間誰でも、痛い所を突かれたら反射的に言い返しちゃうものですし。その子が怒ったのだって図星だったからですよ。家に帰って落ち着いたら、九朗さんに言われた事についてちゃんと考えると思います。それでどうなるかは分かりませんけど。悪いようにはならないんじゃないかなと」

「……そうですか?」


 疑う九朗に涼子は断言する。


「そうですよ。九朗さんみたいなイケメンに本気で心配されてイヤな気持ちになる女の子がいるわけないじゃないですか」

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