第8話 義母さんのおっぱい揉む!?

 大大大好きな一郎さん(九朗の父)の息子である。


 血は繋がっていなくとも、本当の息子のように愛している。


 ……と言い切る自信はまだないが。


 そうなりたいとは思っている。


 我が子同然のように九朗を愛し、九朗にも実の母親のように愛して欲しい。


 そうする事で、やっと自分は本当の意味で一郎の妻になり、竿谷家の一員になれる。


 そう思っている。


 でもどうすればいいか分からない。


 涼子は父子家庭だった。


 母親というものを知らずに育った。


 そうでなくとも、育児の経験もないのにいきなりこんなに大きな子供が出来てしまった。


 そりゃ焦る。


 なんとなくお互いに遠慮している間に月日は流れ、このままでは修復不可能な溝が出来てしまいそうだ。


 そんなの嫌よ!


 そう思って先程からポツリポツリと話題を振っているのだが。


 哀れ九朗は物思いに耽っていて完全に上の空だ。


(これでも私、若い頃は結構モテたんだけどなぁ……)


 母親として以前に女としての自信を失いそうだ。


 ここだけの話、若い頃の涼子は結構遊んでいた。


 黙っていても男の方から寄ってきて、彼氏が途切れた事なんかほとんどない。


 嫌味ではなく、自分には男を惹き付ける性的な魅力があるのだと思った。


 涼子自身エッチは嫌いではなかった。


 というか大好きだった。


 人間はみんな本音を隠して生きている。


 嘘つきとか騙す気とかではなく、単純に本当の自分を見せるのが怖いのだ。


 でも、エッチの時はそんな余裕もなくなって、ありのままの心と身体を曝け出す。


 千の言葉を交わすより、一度のエッチの方が余程沢山相手を知れる。


 単純に気持ち良いという理由もあったけれど。


 それで涼子は夜の世界に入った。


 可愛くてナイスバディでエッチも上手くて聞き上手の涼子はすぐに人気の嬢になった。


 政治家から無職、果ては女の子まで抱きまくり、心と体を癒したものだ。


 世間では白い目で見られているが、涼子は夜の仕事を聖職だと思っていた。


 人生は複雑で苦難ばかりだ。


 誰からも愛されない人もいれば許されざる性癖を持って生まれた人もいる。


 バケモノみたいな精力を持った人もいれば、パートナーを心の底から愛しているのにセックスレスで苦しんでいる人もいる。


 色んな人が色んな悩みを抱えながら、表の世界ではなんの問題もない真人間ですという顔で生きていかなければいけない。


 でも、綺麗事だけでは人は生きられない。


 そんな生き詰まった人達のイキ抜きになるこの仕事は聖職以外のなにものでもないと涼子は思っていた。


 涼子は献身的な性格だった。


 そんな彼女が生まれて初めて自分の為に恋をした。


 それが竿谷一郎。


 九朗の父だ。


 ある晩ふらりと訪れたその男に、涼子はすっかりまいってしまった。


 百戦錬磨の夜の天使の翼が折れて、ただの人になってしまった。


 それから涼子は必死になって一郎にモーションをかけ、ついに結婚。


 夜の仕事からも足を洗った。


 子持ちだって気にしない!


 むしろこの人の子ならこの人と同じくらい愛せるはずだ!


 実際それは嘘ではなかった。


 連れ子の九朗は一郎をそのまま若くしたようなイケメンの好男子だった。


 可愛さのなかに格好よさがあり、男らしく逞しい。


 優しいのにどこか危険で、見ているだけで安心するのに不安にもなる。


 これはマズいと涼子は思った。


 このままではいつか自分は、あの人と同じようにこの子を愛してしまうかもしれない。


 それこそ許されるはずのない愛だった。


 そのせいで九朗との関係もギクシャクした。


 お互いに遠慮して、一線を越える事を恐れるように距離を取った。


 そんな涼子を嘲笑うかのように一郎は出世して海外出張が増えた。


 一つ屋根の下に愛する男と瓜二つの少年と二人きり。


 その上あれだけヤリまくっていた自分がセックスレスだ。


 涼子は自分の中にも悪魔がいる事を知った。


 誘惑から逃れる為に自慰に耽った。


 でも満たされない。


 満たされるわけがない。


 涼子にとってのエッチとは、少なくとも相手を満たすものだ。


 自分を通して相手を満たす時、涼子は生の実感を得る。


 満たす者のない自慰など空虚で寂しいだけだった。


 そんな生活が三年続き、涼子は静かに狂っていった。


 あるいは、それは狂気などではなく、誰もが当然感じるあり触れた寂しさだったのかもしれない。


 九朗を満たしたいと思った。


 そうする事で間接的に一郎とも繋がれる。


 ただの肉欲である事も否定できない。


 彼を誘惑すれば一郎を振り向かせる事が出来るかもしれないという打算もある。


 思い返してみれば、自分はエッチを通してしか他人と気持ちを通じ合えないのではという想いもある。


 得意のエッチを使い、手っ取り早く九朗との絆を深めようとしているだけなのかも。


 どれか一つなんて単純な理由を求める事など出来はしない。


 ただ一つ言えるのは、涼子はほとんど誘惑に屈していた。


 九朗さえよければ、涼子はよかった。


 まだ多少の理性は残っているが、それはちょっと押せば簡単に開くような危ういものだ。


 理由さえあれば、涼子は喜んで九朗を抱くだろう。


 その理由も、今は都合よく目の前に転がっている。


(……九朗さんがこんなに落ち込むなんて。きっと余程の事があったに違いないわ)


 心配しているのも事実ではあった。


 義母としても、愛する夫の可愛い息子を助けてあげたい。


 元々涼子は献身的な性格で、苦しむ人を放ってはおけないたちなのだ。


(……でも、私に出来る事なんて)


 考えるまでもない事だった。


 それに涼子は焦っていた。


 葬式のような空気に息が詰まり、つい言ってしまった。


「く、九朗さん」

「……なんですか」


 虚ろな目をした九朗が顔を上げる。


「お、お、お……義母さんのおっぱい揉む!?」

「………………」


 葬式の方がマシに思える程空気が冷えた。

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