第7話 それは違うよ
その日の夜。
竿谷邸の食卓にはお通夜のような空気が流れていた。
理由は明白で、二人っきりの住人の片方がこの世の終わりみたいな顔で落ち込んでいるからだ。
(……俺ってマジで最低だ)
一口食べては溜息を吐き、もう一万回は唱えた呪詛を口に含む。
今日も涼子の作った料理は栄養満点精力抜群当然美味しいスペシャルディナーだったが、九朗は何の味も感じない。
義務感で箸を動かしているだけで、まったく心ここにあらずである。
前世の佐藤英二は非モテのブ男だった。
リアルの女の子なんかまるで縁がない。
でも、今となってはその方がよかったとすら思ってしまう。
(だってそれなら女の子を泣かす事もないんだもんな……)
42年で幕を閉じた佐藤英二の空虚な人生を思い返してみても、こんな風に女の子を泣かせたことなんて一度もなかった。
そりゃ、学生時代に同じ班になったとか、同じ組になったとか、隣の席になったとかで泣かれた事は結構ある。
臭い、汚い、気持ち悪い! といった理由で。
でも、臭いのは腋臭のせいだし、汚いのは雰囲気や顔の作りのせいで、風呂にはちゃんと入っていた。気持ち悪いのだって同じで、醜く産まれてしまったものは英二にはどうにもならない。
だから悲しかったし恥ずかしかったが、こんな風に罪悪感を覚える事はなかった。
今回は違う。
自分の言葉が深くアゲハを傷つけた。
あんなにシコりまくり、公式アンソロや同人誌、エロASMRにDLCやコラボオナホまで買う程好きなヒロインだったのに。
アゲハのルートを複数クリアし、そこで得られる情報を総合すれば理解出来る。
二子玉アゲハという少女が何者で、なぜビッチなんかやっているのか。
陽キャビッチの黒ギャルは、彼女の繊細過ぎる本性を隠すための仮面、あるいはそれを守る為の鎧に過ぎない。
本当のアゲハはコンプレックスの塊だ。
あんなに可愛い顔をしているのに、あんなにおっぱいが大きいのに、太ももだってムッチムチのパツンパツンなのに、自分には消しカス程の価値もないと思っている。
外見なんか何の価値もない。そんなのは親ガチャの産物で、本人の努力なんかまったく関係ないからだ。
頭なんか良くない。運動だって得意じゃない。芸術のセンスもなければ、他人を惹き付けるような魅力だってない。
一皮剥いたら消えてしまうような空虚な存在だ。
と、本人は本気で思っている。
その癖何者かになりたくて、みんなにチヤホヤして欲しくて、凄い凄いと言って欲しくて、自分は特別な存在なんだと思いたくて、何の価値もないと思っている容姿に頼ってしまう。
だからエッチする。
股を開けばどんなに人気の男の子でもみ~んな自分をチヤホヤしてくれる。
人気の男子とエッチすれば女子もアゲハに一目置く。
でも、そんなのはまやかしだ。
どう言い繕ってもビッチはビッチ。
ほいほい股を開く安っぽい雌犬でしかない。
そんなの、恥を捨てれば誰でもなれる。
実際、ビッチの魔力は年を追うごとに力を失いつつある。
あんなにチヤホヤしてくれた男子はアゲハの事を都合の良いさせ子としか見なくなった。
女の子だって裏ではアゲハの事を股を開くしか能のないヤリマンだってバカにしている。
でも、今更戻れない。
だって自分にはこれしかない。
セックス上等の無敵ギャル。
そういうキャラで売ってきたのだ。
これを手放したら、自分には何もなくなってしまう。
もう、誰も自分をチヤホヤしてくれない。
見向きもしない。
気にもしてくれない。
一人ぼっちになってしまう。
こんな自分が大嫌いな自分と一人きり。
そんなの地獄だ。
(でも、それは違うよ)
ゲームの中で何度も言った。
身体を重ね、互いを貪り合う様にエッチしながら、チンポ片手に英二は涙したものだ。
そういうルートもある。
そうでなくとも、他の無数のルートでシコったアゲハは、他の無数のヒロイン達に負けず劣らず魅力的なヒロインだった。
そうでなければあんなにシコれるはずがない。
英二はアゲハで、ドラム缶一本でも足りないくらい射精した自信がある。
その彼女を泣かせてしまった。
良かれと思い、土足で彼女の心の中に踏み込んでしまった。
誰にも知られたくない、知られたらおしまいだと思っている心の闇に。
そりゃ泣くだろう。
傷ついて、九朗なんか大嫌いになるはずだ。
それ程の事したと思う。
だから落ち込む。
俺ってバカだ。
デリカシーの欠片もない。
結局はイケメンの皮を被ったってブタはブタ。
醜い本性までは変わらない。
その事を自分の手で証明してしまった気がする。
「……はぁ」
と溜息。
(……俺ってマジで最低だ)
と繰り返す。
その間、涼子はずっとアワアワしながら九朗の事を心配していた。
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