第5話 こいつとやったら絶対自慢できる!

(ルート通りに話が進むなら、このままアゲハの誘いを断り続けると最終的に高校生でシングルマザーになっちまう。それでいいのか?)


 いいわけない。


 この世界では初対面だが、前世では親の顏より慣れ親しんだ間柄だ。


 シコッた回数も多分一番多いだろう。


 本当に彼女にはお世話になった。


 リアルの生活が辛い時、苦しい時、悲しい時、勿論ムラムラした時も。


 アゲハは底抜けの明るさと優しさで佐藤英二の荒んだ心を癒し、明日を生き延びる活力を与えてくれた。


 そのドスケベボディと情熱的なエッチはいつだって英二の相棒を力強く勃起させ心と体に溜まったモヤモヤを心地よく吐き出せてくれたものだ。


 彼女がいなかったら、佐藤英二は人生に絶望して命を絶っていたかもしれない。


 そういう意味では彼女は命の恩人である。


 まぁ、そもそも佐藤英二が死んだ原因はこのゲームでシコり過ぎたせいなのだが。


 それはそれだ。


 彼女に罪はない。


 悪いのは不摂生な生活をしていた自分である。


(とにかく、アゲハの誘いを断るだけじゃダメだ。どうにかしてビッチをやめさせないと)


 ビッチだってエロゲなら許される。


 でもこれはゲームではなく現実だ。


 エロゲの設定どおりに生きていたら幸せになんかなれっこない。


 九朗の目標は二度目の人生を有意義に過ごす事。


 つまり、幸せになる事だ。


 だが、あれ程お世話になったヒロインを差し置いて自分だけ幸せになるなんて事は許されない。誰が許しても、自分自身が許せない。


 そんな未来では九朗だって幸せにはなれはしない。


「ちょっと竿谷。人の話聞いてる? てかさっきからなに一人でブツブツ言ってるわけ?」

「あぁ、悪い。ちょっと考え事してた」

「はぁ? なにそれ。あ~しなんか眼中にないってわけ!」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 アゲハの表情に険が宿る。


 こう見えてアゲハはかなりのかまってちゃんで、無視されるのが大嫌いなのだ。


 一見すれば光属性の権化みたいなギャルなのだが、その実中身は意外に繊細でメンヘラ気質である。


 そこがこのキャラの魅力でもあるのだが。


 彼女化からの浮気バレでメンヘラ化し泣きながら捨てないでと縋りついてくるイベントはかなりシコい。思い出すだけで九朗の相棒はムズムズする。


 ってバカ!


「じゃあどういうわけ!」

「いや、その、なんだ……」


 九朗はたじろいだ。


 前世ではまともに女性と話す機会なんかほとんどなかった九朗である。


 あんな見た目だったからコンビニで働く女性にすら顔をしかめられた。


 なんなら影で腐れブタ野郎とまで呼ばれていた。


 万事そのような感じだったので女性と話す事自体苦手でちょっとしたトラウマになっている。


 まぁ、男が相手でもビビってしまうのだが。


 現金な物で、イケメンの姿になってチヤホヤされたらある程度は改善された。


 が、それはそれとして苦手意識はまだあるし、そもそも経験不足で引き出しがない。


 なによりアゲハはエロエロのドスケベ美少女だ。


 学校での何気ないやり取りならいざ知らず、こんな風に二人っきりでまっ正面から対峙していると可愛すぎてドキドキしてしまう。


「あーもう! じれったいなぁ! ウジウジすんなし!」

「仕方ないだろ! 君みたいな可愛い子に迫られたら俺みたいな冴えない童貞は緊張して上手くしゃべれなくなっちゃうんだよ!」

「なっ、はぁ!?」


 今度はアゲハがたじろぐ番だった。


 後ろから急所を刺されたみたいに、真っ赤になって慌てている。


「い、いきなり可愛いとか意味わかんないし! てかあんたの何処が冴えない童貞だし!?」


(あぁ。そう言えば一部のキャラはこいつ九朗の噂を知ってるんだったな)


 設定上、竿谷九朗は中学の頃からヤリチンである。


 巧妙に隠していて、今の学校ではそれを知る者はほとんどいない。


 知っている者も噂程度である。


 ゲーム内ではその辺を上手く利用して、誤魔化したり開き直ったりしてヒロイン達を攻略していく。


 アゲハの場合は主人公が凄腕のヤリチンという噂を聞いてビッチの血が騒いだ口だ。


「噂は知ってんだからね! 真面目そうな顔して竿谷、中学の頃は女子食べまくり~の超ヤリチンだったって話じゃん!」

「それは……」


 九朗は悩んだ。


 果たして、ここはどう答えるのが正解だろうか。


 中学の頃ヤリチンだったのは事実だが、高校生の身体に転生した九朗に実感はない。


 精神的には佐藤英二そのものだから、今も心は42歳童貞でヤリチン要素なんか欠片もないのだ。


 これがゲームだったら話は早い。


 分かりやすい選択肢が出るだろうし、大抵はプレイ済みでどれを選べばどうなるかも分かっている。


 だがこれは現実で、ゲームではこんなやり取りは存在しなかった。


 自分の頭で考えて先の見えない未来を切り開かなければいけない。


 その上現実では悠長に答えを吟味するような時間もなかった。


「それは? なに!?」

「ご、誤解だ!」


 アゲハに急かされ苦し紛れに答える。


「絶対嘘! あ~しの目は誤魔化せないし? 竿谷からはヤリチンの匂いがプンプンするし! てかそんなイケメンなのに女の子がほっとくわけないじゃんか!」

「そ、そうかなぁ?」

「照れんなし!」


 ビシッと突っこまれる。


「いやだって、イケメンとか初めて言われたから……」

「その顔でそんなわけないじゃんか!」

「いやまぁ、そうなんだが……」


 今の九朗はどこに出しても恥ずかしくない好青年のイケメンだ。


 九朗もそれは分かっているのだが、まだ気持ちが追いつかない。


「とにかく俺は童貞で、ヤリチンなんかじゃないんだ!」

「……な~んか怪しいけど。それはそれで好都合だし?」


 ニヤリとアゲハの口元が淫靡に笑う。


「そういう事なら、竿谷の童貞あ~しが貰ってあげる。大丈夫! あ~しって百戦錬磨のおビッチちゃんだし? 全部あ~しに任せておけば問題ナッシン! 最高の初体験にしてあ、げ、る。チュッ!」


 イタズラっぽくキッスを投げるアゲハを見て九朗は思った。


 やっぱりそれもアリかな……と。

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