第3話 もう一度チャンスがあったなら、今度は勝ち組に回りたい
「竿谷君おはよー!」
「おはよう! 西野さん!」
「おっす竿谷!」
「おっす! 斎藤!」
「竿谷君……。おはようございますっ」
「おはようございます佐々木さん」
「お! 九朗! 借りてた漫画返すわ!」
「おう健司。俺も借りてた漫画持ってきた。超良かったぞ」
マスオナの世界に転生して数日。
九朗は奇しくも与えられた二度目の高校生活を心からエンジョイしていた。
思い返せば佐藤英二は生まれついての負け犬だった。
物心ついた頃からドンくさくて一人でいる事が多かった。
ごっこ遊びに誘われてもみんなにボコられるやられ役ばかりだ。
小学校や中学校に上がってもそれは同じで、むしろエスカレートした。
身も蓋もない言い方をすればただのいじめられっ子だ。
一番ひどい時期は高校で、誰も英二を人間扱いしなかった。
英二が教室にやって来ても挨拶をする者など誰もいない。
無視するか、顔をしかめるか、ニヤニヤ顔でブタ男が来たぜとこれ見よがしに陰口を言われるだけだ。
稀に挨拶をされる事があったとしても、上位カーストの陽キャ共の憂さ晴らしで玩具にされる時だけだ。
ただでさえマイナスの自尊心を抉るような恥ずかしいモノマネを要求されたり、ボクサーやプロレスラーの真似をして暴力を振るわれたり、公然とカツアゲされた事もあった。
ほとんどと言わず完全に犯罪行為だが、誰も助けてはくれなかった。
ブタ男なら仕方ない、あいつはイジメられて当然だと全員が見て見ぬふりをする。
同情の表情すら浮かべる者はいなかった。
中身は42歳のおじさんと言っても、そのような酷い青春を送った英二だ。
学校に通う事も、最初は内心ビビっていた。
またイジメられたらどうしよう。
だが、すぐにその心配はないと悟った。
黙っていても向こうから挨拶しに来る。
そして、九朗を見る目がまるで違う。
佐藤英二だった頃は、向き合う相手は悉く当然のようにこっちの方が格上だからな! という顔をしていた。
お前が下で俺が上。だからお前は大人しくこっちの顔色を伺ってればいいだよ! とでも言うような高圧的な表情だ。
あるいは自由に言いなりになる所有物に対するような舐め切った顔だ。
屈辱的だとは思わなかった。
そんな事を思う余裕すらなく、英二は怯えてヘラヘラと媚びへつらっていた。
それがどうだ。
イケメンの竿谷九朗に転生したら、誰もが勝手に一目置いて、こいつを敵に回したらマズいと下手に出る。
さながら、人に慣れた猛獣に檻の外からおっかなビックリ声をかけるように。
みんなこの顏と背と体格とあふれ出る主人公オーラにビビっているのだ。
竿谷九朗を敵に回したら自分が除け者になってしまう。
だからなんとか取り入ろう、気分を害さないようにしようと接してくる。
そこまで打算的でなくとも、無邪気に好意を示してくる者が大半だった。
男子だけでなく女子までも。
そうなると流石の九朗も恐怖は感じなかった。
むしろ、ここまでされてビビっていたら舐められる。
せっかくイケメンに転生したのに佐藤英二の二の舞だ。
そうならないよう、九朗も気さくな陽キャぶった。
そんな事が出来るのか疑問だったが、やってみたらそれ程難しい事はなかった。
身体に中身が引っ張られるというのとはちょっと違う。
もっと物理的に、竿谷九朗の身体には安心感があった。
もし喧嘩になっても、この身体ならなんとかなるという自信。
この顏ならみんなこっちの味方をしてくれるだろうなという自信。
この背から見下ろすだけで勝手に向こうがビビるだろうなという自信。
佐藤英二が感じていた不安の全てが裏返り、竿谷九朗を裏打ちする強い味方になっていた。
正直ズルいと九朗は思った。
こんなのチートだ。
自分だって最初からこの姿だったらもっとマシな人生を送れただろうに。
だがそうはならなかった。
佐藤英二は醜く産まれ、そこから逆転する術も機会も持たぬまま無様に死んだ。
その不遇さを思えば、これくらいのチートは許されてしかるべきと思った。
大事なのはチャンスを生かす事だ。
これ程のチートを貰って失敗したら救いがない。
これ程のチートを貰ったからには、それに見合うだけの成功を収めなくては!
とは言えそれは先の話だ。
とりあえずはこの世界、この姿、この生活に慣れるのが先決だ。
そして九朗は適応した。
入学して間もないが、九朗は既にクラスの人気者で中心人物だ。
だからと言って偉ぶるつもりは毛頭ない。
ただ、ちゃんと人間扱いして貰えるだけで九朗は嬉しい。
こちらが挨拶をすればちゃんと返事が返って来る。
それも笑顔で!
それどころか黙っていても向こうから待ってましたとばかりに声をかけて貰える。
そこにいないも同然どころか鼻つまみ者だった九朗にはそれだけで薔薇色の学校生活だ。
勉強だって悪い物じゃない。
42歳で転生したが、元々佐藤英二はそれほど勉強が出来る方ではなかった。
高校時代に学んだ事なんかほとんど忘れてしまっていたので、学力チートも期待できない。
だが、そもそもそんな必要もなかった。
イジメられる心配のない尊重された空間でなにに怯えることなく励む勉学は前世のそれとはまるで違った。
そもそも生前の佐藤英二は大人になってから何度も後悔していた。
あの時もっと勉強していたらもっとマシな仕事につけただろうにと。
俺も一度くらいは大学生活という奴を味わってみたかったなと。
スーツを着るような立派な仕事について、身体よりも頭を使うような仕事をしてみたかったなと。
佐藤英二の職業は世の中には必要だが、人からは軽んじられ、過酷で金にならない大変な仕事だった。
税金と家賃を払ったらあとは幾らも残らない。
そもそも心身共に疲弊して余暇を楽しむような余裕がない。
余暇と言える時間自体ないに等しい。
ないない尽くしの空虚な毎日だ。
その中で、オナニーだけが佐藤英二の癒しであり慰めだった。
それを無駄だったとは言いたくないが、もう英二は一生分以上にシコりまくった。
折角貰った二度目の人生だ。
沢山勉強していい大学に入り、良い会社に入って高い給料と冗談みたいな額のボーナスを貰い、車を買ったり旅行に行ったり、GU以外の服を買ってみたい。
(そうだとも。今の俺は高校生。無限の可能性を持っているんだ!)
別に勉強なんか好きじゃないが、未来を切り開く為の武器になると思えばやる気も出る。
それに、真面目に取り組んでみると前世では感じなかった面白みもあった。
気付けば九朗はここがマスオナの世界だという事を忘れて真っ当な青春を謳歌していた。
でもここはエロゲの世界だ。
一見すれば元の世界と大差ないが、根本的な部分で決定的に違っている。
そして九朗はこの世界の主人公にして竿役だ。
それはある種の運命であり、運命からは誰も逃れる事は出来ないのだ。
「ち~す。あんたが竿谷ぁ?」
待ち構えていたのだろう。
放課後に一人で帰っていると、物陰からシコり覚えのあるエッチな黒ギャルが姿を現した。
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