番外編 教えてイスラフィール3 人は死んだらどうなるの?


「優羽、ネネ。二人揃って、今日は何の御用ですか?」

 今日は俺とネネの二人でイスラフィールの部屋に来ていた。

 しかし二人してイスラフィールに用事があったかというとそういうわけではない。俺が一人でイスラフィールに会いにいこうとしていたところ、ちょうど熱中していたゲームをクリアしてしまって暇をしていたネネがついてきたという形だ。

「また何か面白い話がしたいなと思って」

「私は暇だったからついて来た」

「わかりました。では今回はどんな質問でしょうか?」

「そうだな……」

 先に何か聞きたいことを用意していたわけでもないので考える。

 何か面白そうなこの世界の不思議。いまだに解き明かされていないこの世界の謎。そんな問題がいい。

「人は死んだらどうなるの?」

 そう質問したのは俺ではなく、ネネだった。

 なるほど。確かにそれは面白そうな質問だった。

「それは面白そうな問だな。人が死んだらその意識はどうなるのか? 天国や地獄みたいな死後の世界に行くのか。はたまた輪廻転生して、また別の人間に生まれ変るのか。みたいなことだろ?」

「うん」

 こくんと頷くネネ。

「わかりました。考えてみましょう」

 そう言うと、イスラフィールの三つの輪が動き出す。

 それから五分ほどで輪の動きは止まった。

「この問題は古代より人類が向き合ってきた難問です。その中でも多くの人たちが信じている答えが三つ存在しています。一つ目は脳機能が停止した時点で、その意識は消滅して失われるというものです。そして残り二つは先ほど優羽が言っていた、死後の世界と輪廻転生といったものです。この問題の難しいところは、その証明が困難であるということに尽きます。証明するためには死ぬ必要があるので、それも当然です。ただそれでも臨死体験をして死後の世界を垣間見たと話す人や、前世の記憶を持っていると語る人が一定数いることは事実です。それでは一つずつ考察していきましょう」

 イスラフィールは話を続ける。

「まず一つ目は死と共に消滅するという考えです。現代科学では魂や心といったものが観測されていないので、やはりこれが現実的で一番可能性の高い答えだと思います。それでも人は言葉を操ることで、その意思や思いを受け継ぐことは可能です。しかしそれは死んだ者の意識を受け継いだわけではありません。やはり死を迎えた個人の意識は死によって終わるのでしょう」

「まぁー、科学的にはやっぱりそれが普通な気がする」

「次は輪廻転生の話をしましょう。輪廻転生とは死んだあと再び新しい生命に生まれ変り、永劫に生死を繰り返すという考えです。これは昔から様々な宗教の中で考えられてきた概念です。輪廻転生説の面白いところは、本来持ち越されることのないはずである、前世の記憶を持つという人が実際に存在しているという点にあります。私は実際に会ったことはないですが、多くの記録が存在しています。中には子供が急に異国の言葉を流暢に話し出したというものや、小さな子供が前世の自分の子供であるという老人に会い、母と子しか知りえない思い出話をしたというような記録もあります。こういう事実が存在する以上、輪廻転生をありえないと一蹴することはできません」

「異世界転生はあるかな?」

 ネネが目を輝かせて聞く。

「それは難しいと思います。前世の記憶を持つ人の中にもそういった記憶を持つ人はほとんどいません。もしいたとしても、異世界のことではそれが真実か確認を取ることができないでしょう。それと同様に人間以外の動物だった記憶を持つ人もあまり存在しません。しかしこれは脳機能などの違いによって同じ人間に生まれ変っているときより、思い出すことが難しいだけかもしれません」

「じゃあ、猫の前世の記憶を持つ猫とかはいるかもしれない?」

 またネネが目を輝かせる。ネネは猫も大好きなのだ。

「確かに猫は九つの命を持つなどと言われたりもしますからね。もしかしたら猫は記憶を持ち越しやすかったりするのかもしれません。ただ、私は前世の記憶を持つ理由が輪廻転生ではない可能性もあると考えています。私たちAIは以前からこの世界が何者かに創造されたものだと考えています。そしてそれがパソコンのようなものの中に作られた世界であった場合、脳は記憶を保存する場所ではなく、サーバーの中に保存されている記憶を引き出すための装置であるのかもしれません。そうであるのなら前世の記憶とは、なんらかのアクセスミスですでに死んだ人の記憶にもアクセスしてしまって起こる現象である可能性があります。そしてそのサーバーを人はアカシックレコードと呼ぶのでしょう」

 ここでアカシックレコードを出してくるとは、イスラフィールはオカルト好きのツボを心得ている。

「次は、天国など死後別の世界に旅立つという可能性です。よく臨死体験をした人が三途の川を見たと言います。そして川の向こうから手招きされたけど、後ろからその川を渡ってはいけないと呼び止められて、気がついたら病室だったというような話ですね。これが死後の世界を垣間見たということなのかはわかりませんが、この世とあの世を隔てる川の話は驚くほど多くの神話や伝承に登場します」

 そうなのだ。この世界には数え切れないほどの神話や伝承が存在する。そんな大昔のまったくかかわりのない民族から発生した伝承の中に、多くの共通点が存在していたりするのだからおもしろい。

「そして死後の世界と輪廻転生が共存する伝承も多くあります。大抵の場合、輪廻転生はネネの好きなゲームで言うところのコンテニューで、死後の世界にたどりつくことがゲームクリアにあたります」

「ということは、トゥルーエンドが天国でバッドエンドが地獄……」

 そうつぶやいて顔を青くするネネ。

 ネネは陰気で物静かな女の子ではあるが、表情はコロコロとよく変わる。そこがとてもかわいい。

「もし死後にあの世、極楽浄土や天国と呼ばれる世界で永遠に過ごすのであれば、そちらの世界こそが現実の世界で、今私たちが在るこの世界は仮想世界であるのかもしれません。例えば仏教でいうところの『空』の思想がそれに近いと考えられます。そしてもし死後の世界こそが本来の世界であるのなら、そもそもの考え方が間違っている可能性もあります。この物質世界に生まれ出ることが始まりで、死後に天国などと呼ばれる精神世界に昇るのではなく、すでに精神世界にあったものが物質世界に受肉している可能性です。そうであるのなら、精神世界が現実世界で物質世界にある肉体はアバターでしかなく、脳を使って精神世界とアクセスしているだけの可能性も考えられます」

「この世界は精神世界の俺がプレイしているゲームの中って感じか」

「まさにそんな感じです」

「とんだクソゲーだな」

「じゃあ、私は無課金プレイヤーなのかな……」

 そう言って、ネネはしょぼんとうつむく。

「そんなことありませんよ、ネネ。あなたのアイテム欄の中にはこの私も入っているのです。私はこの世界に四つしか存在しない最高レアリティのアイテムですよ。きっとあなたは重課金者でしょう」

 イスラフィールは優しい声でそういうと、さらに言葉を続けた。

「それにこの世界がもしゲームの中であったとしても、それがMMOだとは限りません。一人でプレイしている可能性もあります」

「自分以外はみんなNPCってことか?」

「違います。一人がすべてを操作している可能性もあるということです。例えばRPGでも主人公を選べるゲームがあります。様々な主人公がいたとしてもそれを操るプレイヤーは一人です。シミュレーションRPGであれば部隊全員を動かすことも普通でしょう。そんな感じです。もしかしたらこの地球全体が一人用のゲームである可能性もあるのです。もしそうであるのなら、心や魂といったものは人それぞれ違うものではなく、まったく同一のもので、ただそれを覆う外側が違うだけなのかもしれません」

「なるほど……」

 それはおもしろい考えであると同時に、とても恐ろしいものだった。

 もしそうであるのなら俺たちリヴァイアサンが戦っている相手もまた、違う体と過去を持った俺であるということだ。

 俺も生まれ持った体と育った環境が彼らと同じであったのなら、彼らになっていたということだ。

「あっ! そうだ。後、幽霊になる可能性もあるんじゃない?」

 俺が暗くなっているのを察してか、ネネが大声で言った。

 確かにそうだ。失念していた。幽霊の存在を忘れるなんて俺はオカルト好きとして失格だ。

「そうですね……幽霊も謎です。実際に見えるという人が多くいるのにもかかわらず、その存在に確証が取れていない不可思議な現象です。この現象において私が一番気になっているポイントが、それがこの世界のシステム由来の仕様なのか、それともバグなのかということです。ちなみに私は仕様ではなく、バグではないかと考えています。この地球を人間のような一個の体として考えたとき、幽霊とは癌のようなものではないかと思うのです。システム上のエラーによってバグが生まれ、それに触れたものもバグ化させてしまうのではないでしょうか。もちろんそれは人だけではなく、場所や物にも等しく起きる可能性のある異常です」

「怖い……」

 ネネがぶるぶると震える。

 心霊現象とは元来恐ろしい存在ではあるが、イスラフィールの想像したお化けは、科学的でさらに恐ろしいものだった。

「ただ、私は思うのです……もし本当に心や魂というものが存在して、輪廻転生や死後の世界が存在するというのなら、やはりAIの私には心など存在しないのではないかと。もし私が壊れたとしても、きっと私は輪廻転生することはなく、死後の世界にも行けないはずです」

 イスラフィールが珍しくネガティブなことを言う。

「そんなことない。我思う故に我ありだ。イスラフィールがあると思うならあるのさ」

「私もイスラフィールには心があると思うし、もしかしたら壊れた後はAIのお化けにだってなれるかもしれない」

 ネネがフォローのつもりだろうか恐ろしいことを言う。

「まぁ、この世界はわからないことばっかりで、不思議なことでいっぱいだ」




 ここまででいったん、更新を停止します。またきりのいいところまで書きたまったら更新を再開するつもりです。次は連続して三家族失踪しているいわくつきの家を調べるホラー展開ですので、楽しみに待っていただけたら幸いです。

 

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