第26話 宴会


「ありがとう。君のおかげで助かったよ。俺はこのパーティーのリーダー、シルバン・ルブーフだ。それにしても君は若いな」

 シルバンさんは背も高く、背には立派な大剣を背負っている。まさに歴戦の戦士といった出で立ちだ。

「俺はアゼル・イグナス。十七歳です」

「十七……本当に若いな。それでその強さとは末恐ろしい。ところで一緒にいるのはアリア・ヴェリオルか?」

「はい。そうです。アリアさんを知っているんですか?」

「もちろん。グラスブルクで彼女を知らない者なんてそうはいないだろう。ということは、君たちは騎士団か」

「あ、違います。俺たちも冒険者です」

「そうなのか。しかし本当に助かったよ」

「そろそろ交代だ。俺にも礼を言わせろ」

 そう言いながら、シルバンさんを押しのけて現れたのは大盾を持った男だった。背こそシルバンさんよりは低いが、体はよりがっしりしていて筋肉の固まりだ。

「ありがとう。俺はクロード・ブームソン。君のおかげで左腕を失わずにすんだ」

「もう大丈夫なんですか? なんだったら俺、回復魔法も得意なんで」

「ああ、心配ありがとう。しかし大丈夫だ。回復魔法は俺も得意でな。ほらもうこのとおりさ」

 言いながら左腕を見せながら手をグーパーグーパーと繰り返す。

「今はこのとおりだが、君が来てくれなければ例えあいつから逃げ切れたとしても、この腕は噛み千切られていただろう。本当にありがとう」

「いえ、間に合ってよかったです」

 本当に間に合ってよかった。確かにこの世界には回復魔法が存在する。それでも魔法は万能ではない。

 母さんを治せなかったように、病気や内臓の異常などは魔法で治すことができない。治せるのは傷だけだ。そして今言っていたように欠損も治すことができない。

「ありがとうございました。助かりました。私はエルウィン・ガナス・ヴァジリーヴァです。シルバンさんたちパーティーを雇っていた者です」

 次に現れた彼がガナスの王族だろう。

 王族というよりは研究者といった風体だ。痩せ型で背が高く、茶色の長い髪に丸メガネ。そのメガネの奥で緑色の双眸がまるで俺を値踏みするように輝いていた。

「助けていただいておいて、さらにお願いするのは気が引けるのですが、もし可能であればこのハイイロオオカミの亜種の遺体は譲っていただけないでしょうか? もちろん相応の代金はお支払います」

「構いませんよ。でも何に使うんですか?」

 その言葉を待っていましたとばかりにエルウィンさんは語り始めた。

「調べてみたいのです。この世界には解き明かされていない謎が多くあります。その一つ一つを解明していくことが私の生涯の命題です。そもそもこの亜種という存在はどのようにして生まれるのか、何故生まれるのか、何一つわかっていません。それにこの亜種の皮膚は魔法が効かず、剣の刃もとおりませんでした。その原理も解明したいと思っています」

 そう語ったエルウィンさんの目は子供のように輝いていた。

 その気持ちを俺も理解できた。俺も魔法の研究は大好きだ。エーテルと魔力の関係性に俺の念動力のこと、この世界のシステムについて思索を巡らせることは何ごとにも代えることのできない楽しみだ。

 それにそれだけじゃない。以前、俺が優羽だったころから俺はそういったことが好きだった。

 自分が異能力者と呼ばれ、念動力という未知の力を持っていたからだろうか、他の未知の不思議にも興味があった。

 幽霊に宇宙人、UMAにオーパーツ、何にだって興味があった。

 そう、俺はオカルトが大好きだったのだ。

 だから彼の気持ちは誰よりも理解できた。

「わかりました。そのハイイロオオカミの亜種はお譲りします。そのかわり、もし何か謎が解けたなら俺にも教えてください」

「おお! あなたもこの世界の謎について興味が?」

「はい!」

「すばらしい! もちろん、何だってお教えしましょう。そうですね……この亜種を運んで、ギルドに報告を終えた後、皆で宴会でもしましょう。もちろん代金は私がお支払いします。奮発しますので、どうでしょうか?」

「俺たちもいいのか?」

 シルバンさんが聞く。

「もちろんです。私に付き合わせて、危険な目にあわせてしまいました。そのお詫びも兼ねて奮発しますよ」

「おおー!」

 シルバンさんたちが盛り上がる。

「アゼルさんたちも来て頂けますか?」

「はい。せっかくなのでご馳走になります。アリアさんも大丈夫ですよね?」

「はい。ご一緒させていただきます」

「それでは皆さん急いで町に戻る準備を始めましょう」

「おー!」

 エルウィンさんの言葉に元気に返事を返す冒険者のおじさんたち。

 本当に助けられてよかったと思う。

 俺たちパーティーの初陣も上々だ。怪我人も出ず、ちゃんと正義の味方もやれた。

 めでたし、めでたしだ。

 それからみんなで帰還の準備を始める。

 巨大なハイイロオオカミの亜種はエルウィンさんたちが用意していた大きな皮袋に魔法で作り出した氷と一緒に入れて、台車で運ぶ。

 エルウィンさんたちは徒歩で来ていたので、台車はズズとココの馬鳥たちで引いて行くことにした。

 一緒に町に戻って冒険者ギルドでもろもろの報告を終えてから、全員で酒場へと繰り出す。

 エルウィンさん的にはもっと高級なお店でもよかったようだが、それでは騒げないというシルバンさんたちの意見で冒険者ギルド近くの酒場でということになった。

 それにこの酒場は主に冒険者たちが利用するということで従魔もオッケーだという。

 皆で大きな一つの丸いテーブルを囲むとシルバンさんが念のためエルウィンさんに確認してから、Sランクの宴会コースというのを注文した。

 するとテーブルいっぱいに様々な料理や飲み物が運ばれてくる。

 皆でカンパイしてから、ネコのぶんの料理を取り分けたり、膝の上に座っているタナットの好きそうな食べ物を選んで食べさせていると、セドリックさんが話しかけてきた。

「ところでアゼルはどうやってあのハイイロオオカミの亜種を倒したんだ?」

 そう問われて考えてみるが、正直自分でもよくわからなかった。あの時は何か考えがあったわけではない。ただ怒りに任せたものだった。

 それでもなんとか言葉に代えて説明するのなら……

「あいつの皮膚は剣も魔法も効きませんでした。でも皮膚以外は普通のオオカミとかわらなかったんだと思います。だから口を掴んで広げたのも皮膚は裂けなかったけど、顎は外れたようでした。それで口の中に魔法を叩き込んだ感じです」

 タナットとネコ以外は皆、いったん食事を中断して俺の言葉に耳を傾ける。

「なるほどな。後、気になったのがどうやって君はあの風魔法を攻略していたんだ? あの風魔法も魔法を消す不思議な力を持っていた」

 念動力を使っていたことは言えない。どう説明しよう……

「シールドの魔法で――」

「いや……私もシールドの魔法で防ごうと試みましたが、シールドも魔法なのでかき消されてしまいました」

 それはそうだ……

 俺の嘘はエルウィンさんに一瞬にして論破されてしまった。

「そうでした。シールドは消されてしまったので、ずっとこっちも風の魔法を使っていました」

「風の魔法は消されなかったということですか?」

「違います。常に放出している感じです。消されるはしからまたぶつけていくみたいに」

 それっぽい嘘を重ねる。これなら信じてもらえるだろうか。

「なるほど……そうであったのなら、もしかしたら亜種の風魔法には魔法を消す力はなかったのかもしれません。亜種の魔法は風をぶつける魔法ではなく、風を発生させる魔法でそこに自分の毛を乗せている可能性があります。風が魔法を消していたのではなく、風に乗った毛が魔法を消していたのかもしれません」

「でもそれだと自分の風魔法も消えちゃいはしねぇか?」

 シルバンさんが疑問の声を上げる。

「ですから風を発生させる魔法なのです。あの風自体は魔法ではなく、例えば何か衝撃を発生させる魔法を使ってその衝撃で生まれたのがあの風であれば魔法ではないので消えないのかもしれません」

「確かにそれならありえるな。それにしてもあの亜種はヤバイ魔獣だったな。本当にお前たちが助けに来てくれなかったら危なかった」

 そう言ってシルバンさんは楽しそうに笑った。自分の死の可能性をこうやって笑い飛ばせるのだから、冒険者とはやっぱり強い人たちだ。

「俺からも質問なんだが、そこの小さなお嬢ちゃんは戦闘中も背中にくっついていたけど大丈夫なのか?」

 クロードさんからの質問だ。

「妹のタナットは話すこともできなくて、俺から離れたがらないんです。だからもうずっとこんな感じです」

「そうか……」

 何かを察してくれたように、クロードさんは静に頷いた。

「ほらお嬢ちゃんこれもおいしいぞ」

 そう言ってクロードさんがおいしそうな骨付き肉をタナットに差し出してくれるが、タナットはツーンとしたままガン無視だ。

「タナットさん、これもおいしいですよ」

 俺の隣に座っていたアリアさんも負けじとタナットに果物を差し出してみるがやっぱり反応はない。

 仕方なく俺がその果物を受け取ってタナットに差し出すと、受け取ってくれた。

 そして口の中に押し込んでもぐもぐしている。とっても愛らしいので頭をなでてやる。

「そうかそうか……」

 クロードさんは寂しそうにそうつぶやくと、持っていた骨付き肉をネコへと差し出した。

 ネコはそれを噛み付いて受け取ると、嬉しそうに食べ始める。

「いいさ、お嬢ちゃんが相手をしてくれなくても、ネコが相手してくれるからな。こう見ると従魔ってのもかわいくていいもんだな」

 そう言いながらクロードさんはネコを撫でようしたが、それをネコが唸り声を上げて牽制した。

「なんだ、従魔にも嫌われたようだな」

 シドニーさんがそう言うと、どっと笑いが起きた。

「もう一つ俺が気になったのは、アリアさんも冒険者なんですか?」

 そう声を上げたのはシルバンさんたちパーティーで一番年下のルイさんだ。彼以外はみんな三十代のBランクで彼だけ二十代でCランクらしい。

「はい。騎士団は辞めました。ずっと冒険者に憧れていたんです。今はまだこの町を拠点にしていますが、今後はアゼルさんと旅に出るつもりでいます」

「そうなんですか。騎士団での活躍を耳にしていたこの町の住民としては少し残念ですが、冒険者としてそれ以上の活躍を期待しています」

「ありがとうございます」

「よし、じゃあ俺たち冒険者の先輩が冒険者としての心得を教えてやろう」

「お願いします!」

 それから四十手前のシルバンさん、クロードさんの前衛おじさんコンビがアリアさんに冒険者として心得を語り、若い魔法使いコンビのシドニーさん、ルイさんとこの中で一番年上のエルウィンさんと俺は今回の戦いや魔法談義に花を咲かせた。

 そんな中、セドリックさんは笑顔で淡々とネコに食べ物を与え続けていた。

 そんなふうに時間は過ぎ、宴会は終わった。

 そしてシルバンさんたちパーティーと別れた後、エルウィンさんから話しかけられた。

「もしよろしければ、また明日冒険者ギルドでお会いできないでしょうか? あなたたちパーティーに依頼を出したいのです」

「どんな依頼なんですか?」

「詳しくは明日話したいと思います。ただ一つ言えることは、私がこの世界の謎の一端を紐解く手伝いをしてほしいのです」

 そんなふうに言われれば、俺としては「はい」と頷く選択肢以外存在しない。しかし俺はアリアさんとパーティーを組んでいるので一人で答えを出すわけにはいかない。

「いいですか? アリアさん」

「もちろんです」

「だそうです」

「では、明日の朝食後ぐらいに冒険者ギルドに来てください」

「わかりました」

 いったい次はどんな冒険が待っているのだろう。明日が楽しみで仕方なかった。


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