第15話 制裁
泣きじゃくるアーリングさんを見下ろしながら、ジャックさんは穏やかに話し始める。
「俺たちはただ……お前のしたことで起きた悲劇を知ってほしかった。そして自分のしたことに後悔してほしかった。転売などしなければよかったと思ってほしかった。これだけの悲劇の結果、お前だけが得をして終わることだけは許せなかった。これは死んだ者たちの復讐ではない。残された俺たちの復讐だった。後悔さえしてくれたのなら、殺すつもりはない。そういう約束だったしな」
そう言って、ジャックさんはベルナルドさんのほうに視線をやった。
すると彼は縛られていたはずの手を自分で外して、猿ぐつわも自分で外すと話し始めた。
「申し訳ありません、アーリング様。私が彼らに協力しました。私は転売をお止めしました。一蹴されてしまいましたが、あの時もっと本気でお止めするべきでした。彼らは命を懸けて復讐を願っていました。彼らを衛兵に突き出すことは簡単です。しかしそれをしては、恨みが増すばかりです。ですから私は彼らに協力して事態をコントロールする道を選びました。それがあなたに対する裏切りであることは理解しています。しかしそれが最善だと判断しました。処分はいかようなものでも謹んで受け入れさせていただくつもりです」
言って、ベルナルドさんはアーリングさんに深く頭を下げた。
「いや……あの時、私は忠告を聞くべきだったのだ。お前は正しいことをした。それで、私を殺すつもりがないと言うのなら、私はどう償えばいい?」
「さっきも言ったように、俺たちはこの件でお前が利益を得ることだけは許さない。お前は間違ったのだから、損をしてしかるべきだ。だから転売して得た利益は全て正しいことに使ってほしい。何が正しいことかは自身で判断してくれて構わない。そしてもう一つ、これが一番重要だ。教会でこれからは正しく商売を行うことを誓ってもらう」
教会での誓いの儀式。これについてはアレイナさんから教えてもらっているので、俺は結構詳しく知っている。
一度誓いを立ててしまうえば、それを取り消すことは二度とできない。だが誓いを立てたからといって、その誓いに反する行いができなくなるわけではない。誓いを破った後、教会に行くと体に黒い靄がまとわり付き、誓いを破ったことがばれてしまうだけだ。
本来誓いを立てるのは教会内で働く者たちと国や町を治める者たちだ。
しかし一般の人たちも誓いを立てられないというわけではない。だが教会的にはあまりお勧めはしていない。人は誰しも過ちを犯し、間違えることもあるのだ。神はそれを否定はしなかった。それなのにそれをいちいち暴き立て、衆目にさらす必要はない。
だから教会は一般の人がノリや一時の思いつきで簡単には誓いを立てられないようにと、誓いを立てるには高額の寄付金を要求することになった。その額は金貨二十枚。
そしてこの誓いには欠陥もある。アレイナさんの話によれば、それはここからかなり遠い異国で起こった出来事らしい。
とある国の正しく国を治めると教会で誓った国王が、国民の大虐殺を行った。その国王は自分の意に沿わぬ者を、臣下から一般の国民まで多くを殺した。
しかし虐殺の後、教会に訪れた国王は黒い靄にはまとわれはしなかった。
王はそれが正しい行いだと信じていたからだ。王はそれが国のためになると信じて虐殺を行ったのだ。だから王は虐殺を行いこそしたが、誓いは破っていなかった。
そういうわけで誓いは明確に行わなければならない。
「正しさとは人それぞれです。そういった不確かなもので誓いを立てても、例えば転売を心から正しいと思っていればできてしまいます」
俺の忠告にジャックさんは笑みを浮かべた。
「何が正しくて、何が間違っているかなんて、子供のときに教わるものだ。本当は誰だって知っているんだ。彼は俺たちの想いを聞いて泣いてくれた。後悔してくれた。だから彼が正しいと思うことをしてくれればそれで充分だ」
そう答えたジャックさんの目に、迷いは微塵もなかった。
「わかった。全て君の言うとおりにしよう。法律のことも私が働きかけよう。私が法に従って間違いを犯したことも明らかにして、改善の必要性を訴えよう。本当にすまなかった」
アーリングさんは大粒の涙を零しながら、頭を下げて地面へと擦りつけた。
こうして今回の件は解決に至った。
俺は俺の力があれば、今回の問題も自分の望んだ形で決着をつけられると、そう考えていた。
しかしもともと俺は部外者だ。そして結局、最後まで部外者のままだった。
きっと俺がここにいてもいなくても、結果は何一つ変わらなかっただろう。
それがうれしかった。優羽は自分がやらなければならないと考えていた。自分が力を振るわなければ世界は悪の思いどおりになってしまうと考えていた。
しかしこの世界は違った。暴力は話し合いを始めるために振るわれただけで、後は話し合いによって解決に至った。
この世界の神様が言葉を統一した甲斐があったというものだ。
「君にはとんだ迷惑をかけてしまったね」
背後から話しかけられて振り返る。声の主はグラウさんだった。
「いえいえ。驚きはしましたが、正しい形で話がまとまったようで何よりです」
「君には感謝しているよ」
「俺はただ見ていただけです」
「ああ。君が見ていてくれたことに感謝しているんだ。第三者の目があったからこそ、私たちは暴走せずに正しくあり続けられた。悪を断罪する側の私たちが、君に悪と見られないように自制することができたんだ」
グラウさんは穏やかな表情でそう言った後、刺すような視線で俺を見据えて言葉を続けた。
「ところで君はいったい何者だい?」
質問の意図がわからない。
「え? アゼル・イグナス、ただの新米冒険者です……」
とりあえず出発前にしたのと同じような情報を開示する。
「君はそう言うが、その目だ……その目から溢れる自信。全く自分の牙を隠しきれていない。力で向かってくるものは、力で征することができる。そうその目は語っている」
なんと返せばいいのだろう。そもそも俺は自分の力を頑なに隠そうとは思っていない。ひけらかす必要もないだろうと考えているだけだ。
「別に、君を困らせようと思ったわけじゃない。これはちょっとした忠告だ。隠していても気付く人もいるとね」
俺が困っていると思ったのか、グラウさんはそう言って笑った。
「ありがとうございます。気をつけます」
だから俺も笑顔でお礼を言った。
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