第14話 転売はダメ。ゼッタイ。


 グラスブルクへと旅立ってから四日目の夜明け、遂に事件は起きた。

 寝ていた俺はネコの体当たりによって無理矢理起こされた。

 テントは破られている。視界を確保しながら俺を起こすためにネコが破ったのだろう。

 寝袋から出て、辺りを見回してみると、すでに俺たちは武器を構えた冒険者たちに囲まれていた。

 しかし彼らの狙いは俺たちではない。眼前には冒険者たちによって猿ぐつわをされ、後ろ手に縛られて座らされているアーリングさんとベルナルドさんの姿があった。

 なるほど……初めからこの隊商全体、正確には俺たち以外の冒険者たちからは不穏な何かを感じていた。

 前世で俺は良く言えば革命軍、悪く言えばテロ組織を率いていた。だから内部にある不穏な気配には敏感だ。俺に内緒で誕生日会が計画されているような、俺を蚊帳の外に追いやって何か知らされていないミッションが動いているような気配をずっと感じていた。

 彼らからしてみれば、急遽護衛に加わることになった俺たちはさぞかし迷惑だったに違いない。

 さて……どうしたものだろうか。本来のミッション的には護衛対象を守ることが俺の仕事だ。

 しかし冒険者たちも決して悪人には見えなかった。何かしら事情があるはずだ。

 だからまずは答えを求めて質問してみることにした。

「たぶん、俺は牽制されているだけで、敵として扱われているわけじゃないと思うんですけど、ことの経緯とか事情を説明してもらうことってできますか?」

「この状況でずいぶんと肝が据わっているな。確かに俺たちの邪魔をせず、町に戻ってからも口裏を合わせてくれるのなら、お前たちに危害を与えるつもりはない」

 そう答えたのは剣を手にアーリングさんたちの横に立っているジャックさんだった。

「それはことの次第によってですね。事情がわからないうちは何とも言えません。もし何も話してもらえないのであれば、俺は当初の目的どおりに依頼主を守るつもりです」

「それは勇ましいことだ。しかしまぁ、事情は説明しよう。そしてお前もよく聞いておけ。俺たちがこんなことをするに至った理由をだ」

 そう言ってジャックさんはアーリングさんの顔を踏みつけるように蹴った。

「ここにいる十四人が全員、四十熱で大切な人を亡くしている」

 四十熱とは俺の母さんを殺した伝染病の名前だ。四十度以上の高熱を発し、それが十日以上続く。悪寒に倦怠感、間接痛や筋肉痛を伴い、感染力も致死率高い恐ろしい病だ。

 この世界に四十熱に対する特効薬は存在していない。最も有効とされる治療法は解熱剤で熱を下げて安静にし、自然治癒を待つ対処療法だ。

「お前は知っているか? こいつらヴェリオル商会が四十熱が流行っている間、何をしていたのかを」

「知りません」

「こいつらは薬や薬の材料を買い占めて、高額で転売していた。ヴェリオル商会で販売される解熱剤の値段は普段の五十倍から百倍。庶民にはとても手の出せない値段だった。おかげで薬が買えず、俺の家族はみんな死んだよ。両親に弟が死んだ。これから行われるのは、そのことに対する正当な復讐だ」

「…………」

 言葉がない。憤る彼らの気持ちは痛いほどに理解できた。彼らの溢れる怒りは、母さんが死んだとき俺が感じた想いに似ている。

 それでもだ……

 アーリングさんたちのほうを見ると、猿ぐつわ越しにふがふがと何かを言いたそうにしている。

「皆さんの憤る理由は理解しました。しかし一方だけの言い分を聞いて、判断することはできません」

「もちろんだ。それに俺たちも知りたいんだ。こいつがどうしてこんなことができたのかを。多くの人が薬が手に入らず死んでいくのを見て、何を思っていたのかを」

 そう言ってアーリングさんのほうをみつめるジャックさんの瞳は冷たい殺気に満ちていた。

「誰かそいつの猿ぐつわを取ってやれ」

 ジャックさんに言われて、アーリングさんたちの後ろに立っていた男が猿ぐつわを外した。

「私のしたことは法的に何の問題もないことだ!」

 アーリングさんはそう叫んだ。その表情には恐怖もあったが、それ以上に自分が不当に貶められたことに対する怒りが見て取れた。

 彼にとって「法的に問題のないこと」は咎められるいわれのない正しい行いなのだろう。

 しかし俺はそうは思わない。だから叶優羽は革命を目指した。

 法律は所詮、最低限の決まりごとだ。そしてその法律は金持ちの有力者たちが作る。彼らにとって有利に作られていて当然だ。

 例えば罰金刑。貧しい者にとってはそれが重い罰であったとしても、金持ちにとってはそうとは限らない。同じ罪を働いたとしても罰で受けるダメージは違う。

 そして武力による暴力は罪であるが、知力や財力、権力による暴力は罪に問われないことも多い。

 それは優羽にとって正しいことではなった。俺にとって正しいこととは法ではなく道徳だ。

 きっとジャックさんたち冒険者たちの想いも俺と同じだろう。だからアーリングさんがいくら法的な正しさを掲げて戦っても彼らには響くことはない。

「釈明を望むのであれば、法的な正しさを説いても意味はありません。自らの正しさを説くのであれば、それは道徳的な正しさであるべきです。法に抵触しないのであれば何をやっても問題ないと考えることは、隠しとおせるのならあなたを殺してもいいということと何もかわらないのですから」

 結局はそうなのだ。どんな悪いことだって、ばれさえしなければ罪には問われない。どんなに悪行を重ねても、ばれさえしなければ法的には問題ないのだ。故に法的に問題ないのであれば何をしてもいいと考えることは、ばれなければどんな悪いことをしてもいいと考えることとかわらない。

 だからこの言葉は俺からアーリングさんへの助言だった。しかしアーリングさんはそうは受け取ってくれなかったのだろう。俺を恨めしそうに睨み返してきた。

「そうだな……とりあえず死にたくないのなら、経緯を初めから全部説明してくれよ」

 ジャックさんからの殺気に怖気づいたのか、アーリングさんは頷いて話し始めた。

「まず私のところに伝染病の話が入ってきたのは、この国で流行り出すより三ヶ月ほど前、隣国からだった。そこに商機を感じた私はすぐに解熱剤を大量に仕入れるために買い漁った。もちろん薬の材料もあるだけ仕入れて、うちの商会でも大量に生産した」

「その伝染病の情報を手にしたとき、国に報告したり警戒を呼びかけたりはしたのか?」

「商人にとって情報は最大の武器だ。それをひけらかしたりするわけがない」

「そうか……続けろ」

「そして国内でも伝染病が発生し出してから、薬を需要と供給に見合った値段で販売した。それだけだ。そもそも薬は仕入れたぶんは全部売ったし、生産したものも生産したはしから売りに出した。君たちの家族が伝染病で死んだというのなら、それはとても残念なことだ。しかしそれは私の責任ではない。もともと需要に供給が追いついていなかったのだ。私はできる限り生産した。できる限り多くを救おうと試みたのだ。感謝されこそすれ、責められる所以はない」

「なるほど……生産し、売ったのはわかった。しかしどうして他の薬屋にある薬を買い占めて、わざわざ高額でヴェリオル商会で売りに出した?」

「それこそが商売の本質ではないか。安く買って、高く売る。それは当たり前のことだ。それが罪に問われるのなら全ての商人が罪に問われることになる」

「しかし薬屋は買占めを拒否したはずだ。薬屋はわざわざ一人に一人分しか売らないようにと対策まで立てた。しかしお前たちは人を雇って買いに行かせるなどまでして買い占めた。これは問題ではないか?」

「私は薬屋で買った人から買い取っただけだ。そこに何も問題はない。そもそも商売とは売り手と買い手の双方が得をするためのものだ。双方が得をしているのなら問題なんてない」

「俺はそうは思いません」

 二人の会話に割って入る。アーリングさんのこの発言には俺も異論があった。

「確かに最も尊重されるべきはその二人でしょう。それでもこの世界にはいるのはその二人だけではありません。もっとまわりにも目を向けるべきです。その二人が得したことで損をする人がいるかもしれないし、買えなくて悲しんでいる人だっているかもしれない。決して二人だけの話ではないはずです。現に今、あなたは薬が買えなかったことで大切な人を亡くした者たちに恨まれて、命の危機に瀕しているではありませんか」

「君もこの犯罪者たちの肩を持つのか?」

「いいえ、ただ思ったことを言っただけです」

「じゃあ、私はどうすればよかった?」

「他の薬屋から買占めなんてせずに、自分たちで生産したものだけを売ればよかった」

 ジャックさんが吐き捨てる。

「それでは私が転売したからこそ買うことができた者はどうなる? 彼らが君たちの家族の代わりに死ねばよかったということか?」

「そんなことは……」

 ジャックさんは言いよどむ。

「論点がずれています。誰もアーリングさんから薬を買った人を責めてなんていません」

 俺はジャックさんに加勢する。

「いや……いい。そうだな、本来死ぬべき者が死ぬことは仕方のないことだ。それを金持ちが金の力で、金のない者から奪いとることは、決して許されない。それでもまだ金持ちが金のない者に対価を支払って、買い取るというのなら理解もできた。しかしそれすらない。お前のせいで俺たちは奪われただけだ」

 そう言い終えたジャックさんは剣を抜く。そして猛る。

「お前は俺たちの家族の命を金の力で奪った。だから俺たちの拳の力でお前の命を奪うことにする」

 彼は前世の俺に似ていた。怒りに囚われて、悪を憎むことしかできなかった。

 俺の道徳感から見てもアーリング・ヴェリオルの行いは悪に他ならない。しかしだ、彼に冒険者たちの大切な者の死に対する罪があるかと問われれば、あると断言することはできない。

 そもそも殺したのは彼ではない。伝染病なのだ。

 確かに彼の行いは間違いだと俺も思う。しかしそれでも法的に問題はないのだ。であるのならば、本当の意味で間違っているのは、その行いをよしとする法だ。

 アーリングさんが法に従うのなら、法がしっかりとしていればこんなことはしなかった。

 しかしだ、少し考えれば高額で転売すれば買えない者がでることはわかるはずだ。薬が買えなければ、それが理由で命を落す者も出てくる。

 それなのに彼は自分の利益のために転売をした。

「本当にあなたは、自分が一つも悪くはないと思っているんですか?」

 もしそうであるのなら、俺はジャックさんたちの行いを止めることはできない。道徳観の根本的に違う相手を説得することは難しい。説き伏せることができなければ、彼はこれからも法の許す限り、悪を悪とも思わず行っていくということだ。

「法的に問題ないのだ。私がやらなくとも、きっと他の誰かがやっていた。そうであるのなら、私がやって儲けて何が悪い」

 どうせ誰かが得をするのなら、自分が得をしたい。それは誰しもが思うことだろう。

「もういい」

 そう言って、ジャックさんが力を込めて剣を地面へと突き刺さした。

「俺の話をしよう。俺には弟がいた。俺とは年が離れていて、まだ十二歳だった。名前はマルコ。俺と違って母の手伝いをよくする出来た弟だった。特に料理の手伝いが好きだった。弟が作る料理は手が込んでいて、母さんが作ったものよりうまかったよ。弟が十歳の誕生日に、俺はケーキを買ってやった。買ったのはヴェリオル商会の系列の店だった。値は張ったが、その価値はあった。弟は喜んでくれた。その日、弟には夢ができた。弟の夢はあんたの店でケーキを作ることだったんだ。それなのに死んだよ。まず伝染病にかかったのは父だった。次に看病していた母と、それを手伝っていた弟だ。俺は薬を求めて、町中の薬屋を回ったが、どこにも売ってはいなかった。唯一売っていたのが、法外な値段で売っていたお前の店だった。俺に買えたのは、一人の一日分だけだった。弟に与えたが、結局三人とも死んだよ」

 語った後、ジャックさんは空に向かって叫ぶ。その瞳からは涙が溢れていた。

「次は、私の話です」

 そう言って、アーリングさんの前に歩み出たのはナチェさんだった。

「私はまだ幼い頃に、両親を失いました。しかし私には兄がいました。兄は働いて、私の面倒を見てくれました。兄はいつだって自分のことより私のことを優先してくれました。私が冒険者になって独り立ちした後、そんな兄が結婚しました。その兄の奥さんが伝染病で薬が買えず、死にました。お腹の中には兄の子もいました。両親が死んだ後、涙一つ見せずに必死に私を育ててくれた兄さんが、今ではいつも泣いているんです。そんな兄に何もしてあげることができなくて……私は今ここにいます」

 言い終えたナチェさんの瞳には怒りはなかった。しかしその瞳には炎のように熱い決意があった。

「次は私だ」

 グラウさんもまた自身のここに至る物語を語り出す。

「私と弟は兵士だった。弟はアンダールとの戦争で右腕を失った。利き腕を失った元軍人にできる仕事は少ない。それでも弟はなんとか生活していた。ある日、そんな弟がいい仕事を紹介されたと喜んでいた。それは渡された金で、薬屋に行って薬を買うだけの仕事だった。薬屋は一人には一人分しか売ってくれないので、弟は多くの薬屋をはしごして薬を買った。時間がたって、店員が代わったら同じ店に買いに戻ったりもしていたらしい。弟は自分が何のためにそんなことをしているか知らなかった。しかし、伝染病が蔓延してやっと弟は自分がしていたことに気がついた。自分が何の片棒を担いでいたのかを知ったのだ。弟は自責の念に駆られて、自死を選んだ。弟は死ぬ前に言っていたよ。兵士としてこの国に住む人々を守るために戦ったことだけが唯一の自慢だった。それなのに自分がしたことで、この国の人たちが死んだ。自分はたった一つの誇れることすら失ってしまった……と。弟が自らの行いに後悔し、死を選んだというのに、首謀者のお前が幸せそうに笑みを浮かべていられることが、私には理解できない」

 そうやって十四人の冒険者たちがそれぞれの物語を語っていく。それは全て悲劇の物語だった。

 十四人目が話し終えると、二十八の瞳が断罪するようにアーリング・ヴェリオルを見下ろす。

 視線の先にあるアーリングさんは顔をくしゃくしゃにして涙を流していた。嗚咽を漏らし、しゃくり上げるように泣いている。

「私が愚かだった。考えが足りなかった。私はなんてことをしてしまったのだ……殺されて当然だ」

 言い訳一つせずに、アーリングさんは自らの罪を認めた。

 彼は貧しい者の命などどうとも思わないような悪人ではなかった。

 きっと金儲けが好きなのだろう。ゲーム感覚で金儲けを楽しんでおり、それに伴う結果をそこまで真剣に考えていなかったのだ。

 彼は間違った。それでも悪人ではないのかもしれない。

 俺はどうするべきか考える。冒険者たちがアーリングさんを断罪することを黙殺するか、それともアーリングさんを助けるために冒険者たちと敵対するか……




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