第13話 グラスブルクへの旅路



 隊商がグラスブルクに向けて出発してから約五時間。俺はズズに乗って隊商の最後尾を進んでいた。

 タナットは俺の前に座って、俺に寄りかかっている。ネコは俺の前を走る馬車の中で寝ているはずだが、時々幌から顔を出して俺たちの様子をうかがったりしていた。

 ココはズズの横を並走していて、その背には俺たちの私物が乗せられている。

 進む道は踏み固められただけの土の道だが、馬車同士が余裕を持ってすれ違えるくらいの広さがあった。そんな道を馬が歩く程度のスピードでのんびりと進んで行く。

 一時間から二時間ごとに小休憩をとって、長めの昼休憩はない。小休憩の間に馬たちに水など補給させて、用を足したり、軽食をとったりもする。

 軽食は出発前に一日ぶんが各々に配られていて、二日目からは朝食後に配られることになっている。

 それからさらに三時間。まだ日が傾く前ではあるが、一日目の目的地に辿り着いたので、今日の移動はここまでだ。

 ここは道の横に広がる森を切り開いて作られた野営用の広場。かなりの大きさの広場で俺たち規模の隊商なら、四隊くらいは余裕で泊まれる広さがある。

 今日、この広場を使うのは俺たちだけのようだ。

 隊商の冒険者たちは各々野営の準備を始める。それぞれに役割があるようだが、俺への指示は何もない。

 依頼主のアーリングさんたちは馬車の中から出て来もしない。

 うむ……アウェイ感が凄い。村で村八分にされていた頃を思い出す感じだ。

 とりあえず自分たちのぶんのテントをはってから、ネコを引き連れて広場周辺の見回りにでも行くことにした。

「辺りの見回りに言って来まーす」

 誰かにではなく、大きな声でそう宣言すると俺は広場を出て森に入った。もちろん背中にはタナットもはりついている。

 指示を待つのではなく、自ら仕事を探して行動に移すことのできる、俺はできる新人なのだ。

 何か危険な獣や魔獣でもいないかと森の中を散策していると、地面に落ちた木の実を突いている大きな鳥を二羽みつけた。俺の住んでいた森にも生息していたフォレストグラウスというかなり美味しい鳥だ。

 捕まえよう。捕まえて隊に持って帰ったら喜ばれるかもしれないし、必要ないと言われてもネコに食べさせてしまえばいい。

 森の中で狩をして暮らしていた俺だが、飛べる鳥を捕まえるのは容易ではない。地を這う獣とは違い、鳥を捕まえるチャンスは一度きりしかない。

 以前は風の魔法を使うことが多かったが、成功率は精々50パーセントといったところだろう。

 しかし今の俺には念動力がある。相手はまだこちらに気付いていないようなので、ここから短剣を飛ばせば二羽を一度に捕らえられるはずだ。

 二本の短剣をテレキネシスで操作する。勢いよく相手に向かって飛ばすのではなく、気付かれないように慎重にかなり上空を飛ばす。

 そしてちょうど鳥たちの真上に短剣を移動させ、そこから真っ直ぐに短剣を降下させた。

 見事に命中だ。二羽のフォレストグラウスを仕留めた。

 この辺には特に危険な生物の気配もなさそうなので、フォレストグラウスを持って野営地に戻ることにする。

 野営地に戻ると、ちょうど夕食を作っている人がいたので、フォレストグラウスを持っていくととても喜んでもらえた。

 しかしそれで仲間に受け入れてもらえたかというと、そんなことは全然なかった。

 夕食も彼らが作ったものを分けてはもらったのだが、共に食卓を囲むことはなく、俺たちは俺たちだけで食べた。

 夕食の後も事務的な会話はあれど、私的な会話はまったくない。誰からも話しかけてもらえないのならば、こちらから話しかければいいのだが……なんだろう、そういう雰囲気ではない。

 依頼人の二人はそんなことはなかったが、冒険者たちは明らかに俺たちを歓迎していない。人によっては敵意すら感じるほどだ。

 彼らの視線は俺たちを邪魔な異分子ととらえている。前世でも俺たち異能力者は普通の人間たちからそういった視線を向けられてきた。

 理由もなく無理に彼らの輪の中に入り込もうとすれば、より不快感を与えてしまうだろう。中にはすんなりと受け入れてくれる人もいるかもしれない。しかし不快感を与えた相手との溝はさらに深まることになる。

 彼らの輪に迎えてもらいたいのならば、何かのきっかけを掴むか、個々に取り入り信頼を得て突き崩していくしかない。

 しかし所詮は五日間だけの付き合いだ。向こうが望んでいないのだから、こちらも無理に打ち解ける必要はないだろう。

 明日の目的地である川辺の野営地への距離は結構あるらしいので、明日の朝は早い。今日はずっとズズに乗っていて疲れたし、特にやるべきこともないのでもう寝てしまおう。

 夜番はネコに任せて、念のため冒険者たちのことも警戒してもらう。

 同じ仕事を任された冒険者というだけで、見知らぬ他人を信用なんてできるわけがない。それも俺たちのことを快く思っていないとなればなおさらだ。

 ズズとココは水だけ用意しておけばいい。

 隊商の馬たちは逃げないように木や馬車に繋がれているが、ズズたちは逃げることはないので繋ぐ必要もない。

 テントの中に入って寝袋に入る。タナットの寝袋も用意はしてあるのだが、一人で寝袋に入ってはくれないので、一緒の寝袋で寝るしかない。

 仰向けで寝ている俺に、タナットは横からへばりついている感じだ。俺の胸の上にタナットは頭を置いていて、頭のてっぺんで俺の顎を押し上げてくる。

 俺が逆に顎に力を入れて、頭を下へと押し込んでやると、タナットはさらに力を込めてぐいぐいしてくる。

 タナットはこのやり取りが大好きだ。寝る前にいつもやってくる。言葉のやり取りのできないタナットにとって、このやり取りは会話のようなものなのかもしれない。

 胸の上に必要とされている重みと温かさを感じながら、俺は眠りについた。


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