第5話 エンカウント、野盗
旅に出てから三日。
俺たちはまだ森の中にいた。もうこの辺りになると全く知らない場所だ。とはいっても生息する動物や植物には変化はない。
ズズに跨ってのんびりと道なき道を進みながら、今後の方針を考える。
まずは優羽としての記憶のことだ。このことは誰にも話さない。秘密にしておこうと思う。もし両親が生きていたのなら、相談してもよかったかもしれない。しかし、今後出会う誰かに、このことを話すつもりは今のところない。
次は念動力だ。この力も極力は隠していきたい。それにあたってはもういい方法も思いついている。物体に触れずに操るテレキネシスと物体に圧をかけたり、魔法を掻き消すことのできるサイコキネシス。この力をもし人に問われたら風の魔法ということにする。
実際にやってみたのだが、風の魔法でテレキネシスのように物体を操ることもできなくもない。ただコントロールが難しく、物体にダメージを与えずに操ることは、今の俺には不可能だった。
逆にサイコキネシスに似せて風魔法を扱うのは簡単だった。風圧で圧を加えればいい。魔法を掻き消しているのも風圧を利用しているとか無理矢理説明できないこともない。
うむ。そんな感じでいこう。
力をひけらかすことはしないが、必要以上に隠す必要もない。そもそも念動力が使えるからといって、無敵というわけではない。
もし念動力が生物に向けて使えたのなら、この世界でも俺は誰にも負けない自信があった。空を自由に飛びまわり、その暴力ですべてを蹂躙することだってできたはずだ。しかしそうではない。だから念動力もこの世界では少し珍しい魔法くらいの扱いだろう。
そんなことを考えていると、ズズが急に足を止めた。何か異変を感じ取ったのか、頭をキョロキョロと動かしながら辺りを見回している。そして大きな鳴き声を上げた。
すると遠くから反応がある。ズズの声に似た鳴き声が返ってきた。
その声を聞いてズズは勢いよく走り出す。俺は手綱をしっかり握って振り落とされないようにした。ネコもズズに置いていかれないようにとスピードを上げる。
すぐに鳴き声の主である馬鳥とは合流できた。ズズと同じくらいの大きさの白い羽根の馬鳥だ。いくつか傷を負っていて、白い羽根が所々赤く染まっている。
俺は回復魔法で白い馬鳥の傷を治していく。暴れたりせず、大人しく言うことを聞いてくれる気性の良い馬鳥だ。傷は浅いが数が多い。打撲のようなものから切り傷のようなものまである。羽根が少し濡れているところを見ると、氷の礫を無数に飛ばすような魔法によるものだろう。
背に鞍はないが、頭に頭絡は付いている。どこかこの近くで人間も巻き込んだ戦闘があったのかもしれない。
俺たちは白い馬鳥がやって来た方へと向かう。慎重に、しかし急いでだ。
1キロ程度進んだところで道が見えた。馬車がすれ違えるくらいのそこそこ大きな道だ。
道の先には倒れた馬車と倒れている人が三人、それを気にすることもなく笑顔で何か話している五人の男。倒れた人たちの周りには血溜まりができていた。
きっともう死んでいる。まただ……また間に合わなかった。
拳を強く握る。許せない。悪を野放しにしておくことはできない。
「ズズたちはここで大人しく隠れていて。ネコは奴らの後ろに回りこんで、逃げそうになったら捕まえて」
返事はない。それでも理解してくれていることはわかっている。
俺は一人で森の茂みから出て、道へと向かった。恐怖なんて微塵もない。あるのはただ……溢れる怒りだけ。
「こんにちは!」
と笑顔を作り、片手を上げて男たちに手を振る。
「なんだ、お前?」
男たちが身構えた。しかし気にせずに足を進める。
「これはいったい、どういう状況ですか?」
聞いてみる。
「ああ? こっちがお前は誰だと聞いている」
さっきとは違う男が言った。手には武器を持っている。
「俺はアゼル・イグナス。旅をしています。それでこの状況を説明してもらえたら助かるんですけど?」
俺の答えに男たちが笑った。特におかしいことは言っていないつもりだったけど、どうしてだろう。
「俺らが襲って殺したんだ。次はお前もだな」
そう言って、男たちはまた笑った。
「どうしてそんなことを?」
「あんたにゃ、恨みはねえけど、これも俺らの生活のためだ。我慢してくれ」
「このとおり、特に金目のものは持っていません。見逃してもらえませんか?」
両手を広げて、特に何も持っていないことをアピールしながら言う。
「そりゃ、できねえな。何かあるかどうかは、殺してから確かめるさ」
「そうですか……」
男たちに見えないようにテレキネシスで俺の背後に浮かせていた短剣の一本を、一番手前の男に向かって飛ばす。わずかな抵抗もなく、男の眉間に短剣は突き刺さった。男は倒れる。
倒れた男に、他の男たちの視線が集まる。そこにもう一本。また一人死んだ。
「アイスショット」
今度はこっちに拳大の氷の塊がいくつも飛んできた。氷の魔法だ。きっと白い馬鳥を傷つけた魔法だろう。
しかし念動力を纏っている俺にはまったく効かない。
「なんだ? こいつ?」
一人逃げる。判断が早いのは悪いことではない。しかし今回は逃げるのは悪手だ。逃げた男の背後からネコが現れ、首に噛み付いた。
後、二人だ。
「さて、どうしましょうか……もし大人しくしてもらえるのなら、殺さなくてすむんですけど?」
残った二人に微笑みかける。
「わかった。大人しくしよう。ほら、お前も武器を捨てろ」
一人が武器を捨て、もう一人にも武器を捨てるように促す。
「それで、こちらのあなたたちが殺したという三人は、あなたたちの知り合いですか?」
言いながら、死んだ男の頭から短剣を抜く。汚れた刀身をその男の衣服で拭いて、鞘にしまう。生物に刺さっている短剣は操れないのが少し面倒だ。
「いや、この道を通っていたところを、やれそうだからやっただけだ」
「なるほど。今回襲った相手はこちらの三人で全部でしたか?」
「ああ。そうだ」
「今もまだ、あなたたちに囚われている者はいますか?」
「いないな。俺たちは、襲った相手は全員殺す。逃がしてやることも、捕らえて身代金を要求することはない」
「それはどうしてですか?」
「俺たちがこの辺りで襲うことや、根城の場所を特定されないためだ」
「ずいぶんと慎重なんですね」
「だから今までやってこられた。まさか、たった一人のガキにやられることになるとは思わなかったがな」
「こちらの三人の身分を証明するようなものなどはありませんでしたか?」
「身分証や金目なものは、もう仲間が根城に持っていった。俺ら五人は死体や馬車の処理をしていた」
「その根城に案内してもらえませんか?」
「ああ。かまわない」
「アニキ!?」
「お前は、黙ってろ」
「ずいぶんと簡単に、教えてくれるんですね」
「ああ。俺の命より大切なものなんて、俺にはないからな」
「俺は教えてくれればあなたたちを助けるとは一言も言っていませんが」
「そんな約束をしたところで、約束を守るとは限らないし、印象をよくしておくことにこしたことはないだろう?」
「確かに。そうかもしれませんね」
「じゃあ、案内しよう。ちなみにお前には楽勝だろうが、根城には六人仲間がいる」
野盗の根城に向かう。話のわかる長髪の野盗を俺が連れて、その後ろから若い野盗をネコが見張っている。
道から3キロくらい進んだところで野盗の根城に着いた。時間稼ぎや回り道などもされた印象がない。とても協力的だ。
根城は大きな洞窟だった。
「じゃあ、俺は行ってくる。ネコはこいつらを見張ってて」
ネコの頭と顎を撫でる。
「あなたたちも大人しくしていてください」
そう言って俺が洞窟に入ると、すぐに外から男の悲鳴が聞こえた。
戻ってみると、若い方の野盗の足が凍っていた。逃げようとしてネコにやられたようだ。
男の悲鳴が聞こえたのだろう、洞窟から二人野盗が出てきた。
二人がこちらに気付くより先に短剣を飛ばして殺す。
短剣を回収してから、もう一度洞窟の中へと入る。なかなか広い洞窟だ。奥へと道なりに進んで行くと、残りの四人がいた。
「なんだお前は?」
「旅のついでに、あなたたちを退治にきました」
問われたので答える。
「ああん? 俺様が誰かわかって言っているのか?」
「そういえば、聞かなかったですね。まぁ、どうせろくなもんじゃないでしょう?」
「ちげえねぇ。お前ら、やっちまえ」
三人が武器を手にこっちに向かってくる。俺はベルトに付けた鞘から短剣を四本抜いて、手から離す。すると短剣は空中に浮き上がった。
それに驚いて足を止めた野盗たちに短剣が襲い掛かる。野盗たちは手にしている武器で短剣を振り払おうとするが意味はない。探検は空中で舞うように動き回りながら敵を確実に捕らえる。また三人死んだ。後はボスっぽい奴一人だ。
残った一本の短剣を空中で操りながら、剣を抜く。短剣を飛ばすと、男は叫んだ。
「ファイヤーボール」
巨大な炎の玉が短剣を飲み込み、こちらに向かってくるが意味はない。その炎は俺の目前で掻き消える。
しかし洞窟の中で火の魔法なんて使って酸欠にはならないのだろうか。
念のために警戒だけはしておくが、きっと大丈夫なのだろう。魔法によって生み出された段階では酸素ではなく魔力やエーテルと呼ばれるものを使っているはずだ。
「ファイヤーアロー」
また火の魔法。炎の矢が三本こちらに向かってくるが、気にせず前進する。途中で魔法を受けて落ちた自分の短剣も拾っておく。
「アイスランス」
大きな氷の槍が飛んでくる。
「くそっ!」
やっと魔法が効かないことが理解できたようで、剣で斬りかかってきた。
こんな洞窟の中なのに大振りだ。俺が少し体をそらしてかわすと、案の定、剣が横の壁にあたって男は態勢を崩した。そこに剣を突き刺す。胸を狙ったので即死だ。
野盗を片付けた後、洞窟の中を軽く物色したが、たいしたものはなかった。お金と宝石、襲われた者たちの身分証を持って洞窟を出る。
「もう終わったのか」
歳のいったほうの野盗が言う。
「はい。さて、あなたたちはどうしましょうか」
「もう二度とこんな悪いことはしねえから、見逃してくれよ」
若いほうの野盗が涙交じりに懇願する。足はまだ凍りついたままだ。
少しだけ考える。そして決めた。
「申し訳ないんですど、俺は想像力が旺盛で、すごくマイナス思考で、臆病者です。だから、すいません。よく知らない悪人であるあなたたちの言葉を信じることはできません。あなたたちを信じることで負うことになるリスクを許容できません。あなたたちは俺を恨んで、俺の大切な人を傷つけるかもしれませんし、またお金に困って善良な人を襲うかもしれません。だから、申しわけありません。俺はあなたたちを殺すことに決めました」
何が正解なのかはわからない。彼らが本当に改心して、今後は正しく生きる可能性はある。もしかしたら奪った命より多くの命を救うことだってあるかもしれない。
それでもだ。その可能性を信じて、誰かが不幸になることだけは許されない。
他にもこのまま拘束してどこかの町まで連れて行き、そこで衛兵に突き出すという選択肢だってある。
しかしそれは現実的ではない。ここから町までどれだけかかるかもわからないし、その間たった一人で警戒を怠らずに監視し続けることなんてできない。
だから、仕方がない……
「おかしいだろ! 俺たちはお前にアジトも教えたのに、このクソ野朗! 頼むよ。見逃してくれよ」
若い野盗が叫び、泣き崩れる。
「あなたは今まで、命乞いする人を見逃しましたことがありましたか?」
「仕方ねえだろ。殺さなきゃ、俺がお頭に殺されちまう。俺だって本当は殺したくなんてなかったんだ」
「仕方なかったわけですね。じゃあ俺があなたを殺すことも仕方ないことと、諦めてください。俺だってあなたたちを殺したくて殺すわけではありません」
「ふざけるな! このクソ野朗! お前も、俺たちと何も変わらねえじゃねえか」
「そうですね。でも一つ違うことがあります。俺の方があなたたちよりずっと強かった」
「くそっ!」
「もう黙れ。こいつの言うとおりだ。俺たちは勝ったもんがルールの世界で生きてきた。そういう世界で生きると自分で決めて、生きてきたんだ。そして俺たちは負けた。それだけじゃねえか。いいかげん腹をくくれや」
「でも……」
これ以上こいつと話しても意味はないだろう。何かを言おうとしていたが、首を切り落とす。
「あなたはこいつと違って、理性的ですね。野盗を働くようには見えないのですが、どうしてこんなことを?」
「そんなことねえよ。俺はこいつみたいに馬鹿で、他にできることがなくて、こんなことをしているわけじゃない。俺はしっかり理解したうえでこの道を選んだ。人から奪ってはいけない。殺してはいけない。そんな決まりがあるのは知っている。しかしそれは俺が生まれる前からあった決まりで、俺はそれに納得していない。契約書にサインもしてないのに、どうしてそれを守る必要があるんだ? 法律なんてものは、すでに持っている奴らが自分たちを守るために作ったものだ。持ってない俺が、どうしてそれを守らなければいけない。俺は生まれたとき、何も持っていなかった。何かを得るには持っている奴から奪うしかなかったんだ。それはそんなにいけないことか?」
「他にもやりようはあったはずです」
「あっただろうな。しかしそれは持っていない俺が、持っている奴らを更に得をさせて、分けてもらうってことだろう。不幸な俺が幸せになるために、どうしてすでに幸せなやつをより幸せにしてやらなければいけないんだ? そんなこと、納得いかなかったのさ。まぁ、ただのやっかみだな。結局はそれが一番楽だったんだよ。金で奪うより、力で奪う方が楽だった……初めから持っていた奴には、わからねぇだろうよ」
そう言って男は小さく息を吐いた。
「そんなことはありません……」
理解できてしまった。彼は間違っている。それでも彼の言い分も理解はできた。
それに俺だって優羽として生きていたとき、暴力を使って問題の解決を試みた。
今だってそうだ。他にやり方はわからなかった。選択肢はそれしかなかった。
いや、それは嘘だ。難しいかもしれないし、より時間がかかるかもしれないが他にもやりようはあったはずだ。それでも俺は、そのほうが楽で確実だからと、暴力を選んだんだ……
「そうか……じゃあ、お前は楽をせず、頑張ったんだな。お前が勝ったんだ。笑えよ。俺はずっとそうしてきた」
「では、すいません。俺はあなたを殺します」
「そりゃそうだ。まぁ、お前はこれからも正しく頑張ってくれや。こんなクソみてぇな俺だが、お前のことは応援しているよ」
そう言いながら男は俺の代わりに笑った。
少しでも苦痛がないように、首をはねる。男は死んだ。
ネコがナーと鳴く。寄ってきたネコを強く抱きしめた。
疲れた。しんどかった。アゼルとして初めて人を殺した。優羽として殺したときの方がずっと簡単だった。優羽のときは怒りに任せればよかった。でも今は違う。冷静に考えて、多くの選択肢の中から殺すことを選んだ。その選択が正解だったかはわからない。それでもそれが最善だと判断した。
地面の上に転がる男の顔を見る。こいつは野盗で、きっと多くの罪なき人を殺してきた悪人だ。許すことはできない。それでも俺は、この男のことがそんなに嫌いではなかった……
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