公爵家当主として

「……ミュリエルの様子はどうだ」


 出産から一夜明け、俺は公爵邸に戻ってきた当主である父に事情説明をしていた。

 父はこれでもいちおう財務長官、多忙なことは間違いない。そしてそれなりに貴族らしい割り切りなどができる人物であると思っている。


「……出血が多かったせいで、非常に危険な状態ではあります」


「目を覚ます可能性はどのくらいなんだ?」


「……わかりません。ブレニム医師の話では2:8くらい……いえ」


 下手すりゃ1:9くらいかもしれない、ブレニムの話ぶりはそんな感じだった。最悪を覚悟しろ、といわんばかりの。


「そうか、奇跡が起きることを期待するしかないな」


「……」


「産まれた子供のほうは?」


「……はい、そちらのほうは健康な男児だったと聞いております。、金色の髪と瞳を持った」


「……ふむ。わかった。名前に関しては一任する」


「承知いたしました」


 父の機嫌はよくはない。公爵家の未来が前途多難だということをきっちり理解しているからだろう。

 ただ、建前的には一応跡継ぎが誕生したということで、貴族社会には周知されるはずだ。その出自がどうだろうと。


 正直、ミュリエルにそっくりなその男児は、誰が父親かはパッと見わからないだろう。俺の子供でない可能性が高いとはわかっている。ジェベルが実の父親だということも、公爵家内では共有情報なはずだ。おそらく王家もそれはつかんでいる。


 それでも、肝心の母親であるミュリエルがい記憶を失い、さらにはこのまま命まで失ってしまうことがあれば、産まれてきた子は未来の公爵家当主という扱いをせねば、誰も納得しないだろうし、公爵家の沽券にもかかわる問題となるだろう。


 父は言う。


「公爵家のあとを継げるくらい優秀な子であれば、いいんだがな」


「……そうですね」


 まあ、公爵家の血筋ならば優秀な文官、ゲイロード侯爵家の血筋なら優秀な武官、という感じの遺伝的要因があるわけだが。

 そのあたりの受け継がれる技能っていうものは割とバカにできない。


 というか、ジェベルもしかり、ゲイロード家って代々脳筋だもんなあ……


「……まあ、王女が回復してもどのみちもう子供は望めないのだろう?」


「ブレニムからは、そのように聞いております」


「……そうか。いっそ……はぁ」


 そこで父は言葉を遮った。その代わりにため息をつく。父も俺も、疲れ切った眼は曇ったままだ。


 だがそれも仕方ないか。奇跡的に王女が回復しても、おそらくはもう子供を宿すのは無理だと頭ではわかっている。


 ゆえに、生まれてきた男児が俺の子供じゃない率が激高とあっては、側室を取らないと公爵家の純粋な血筋は途絶えて公爵家血統乗っ取り物語のスタートだ。


 だからといってほいほいと側室を娶るわけにもいかない。

 なにより今回は王家直系の血を取り入れるという目的のための婚姻なので、もし娶るならば王家の血を引く側室でないと意味はないし、だいいちミュリエルが存命な場合、王家も許さないのは確実だし、なにより貴族社会内での体裁が非常に悪い。


 だから、父はこう言いたかったのだろう。


『いっそ、ミュリエルが亡くなってくれたほうが、面倒は起こらないかもしれない』


 と。


 ただ、俺個人としては、このままミュリエルが召されてしまうのは嫌だ。なんせ、結婚生活がキツネにつままれたような感じなんだからな。

 なにが本当で、なにが嘘なのか、それすらもいまだに把握できてないんだ。逝くならせめていろいろはっきりさせてからにしてほしい。


 などと考えているt、八方ふさがりの気持ちをこわすかのようなノック音とともに、オーウェンがやってきた。


「失礼いたします。ミュリエル様が、意識を取り戻したとのことです」


 ……マジかよ。


 二回も死にかけてその都度生還するってあたり、ミュリエルってそうとう悪運強いんじゃね? 

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