新しい侍女

「あああ……本当に、本当にありがとうございますぅぅ……家からは絶縁されてしまい、路頭に迷うところをお声がけいただき……」


 さて。

 ミュリエルが静養モードに入ったので、侍女の数が足りなくなった。

 そこで、先日ブレニムと話をしたときに話題にあがった、哀れにも魔道具研究所を解雇されたという例の女性を探し出し、公爵家の新しい侍女として迎えることになったわけだ。


 いやだってカワイソスぎるでしょ。自らを犠牲にしてまでも魔道具の謎を解き明かしたというのにクビになっちゃうなんて。


 それに、聞きたいこともいろいろあるし。


「いや、こちらとしても助かるので気にしなくていい。部屋も用意したので、さっそく住み込みでの働きをしてもらいたい」


「は、はい! このトレヴ・トリプティク、誠心誠意、お仕えさせていただきます!」


 ヘーゼル色の短い髪とくりっとした瞳を持つこの女性は、トリプティク子爵家の令嬢らしい。年齢は20歳、なかなかにチャーミングな女性だ。


 が。

 あのような不埒でふがいない噂が立ってしまっては、まあ嫁に貰ってくれる貴族はいないだろうし、子爵家を追い出されてしまったのもさもありなん、という感じか。


 しかし、パッと見た感じ、性欲という本能を前面に押し出している様子ではない。正常だ。オールグリーン。

 若くして魔道具研究所という王立機関で仕事をしていた女性だ、優秀なことは間違いないだろうし、これなら安心してミュリエルのことを任せられそうだ。


「ではさっそく、侍女長の下で研修してきてくれ。トレヴには、妻ミュリエル付きになってもらう予定だ」


「ひぃっ!! も、元・王女殿下のミュリエル様ですかぁ!? なんと畏れ多い! なるほど、お給金が研究所勤務の時よりも倍増しているのも納得です!」


「……」


 どんだけブラックだったんだ、魔道具研究所。そんな大した額を提示してないぞ。


「あ、でも、王女でん……いえ、ミュリエル様は、大丈夫なのでしょうか?」


「……なにがだ?」


「い、いえ、あのう、小公爵様は、研究所での私の一連の騒ぎを、ご存じなんですよね……?」


「軽く耳にした程度だが」


「……恥ずかしい、消え去りたい……もういっそ嫌がらせもかねて研究所の屋上から身投げを……」


「これから公爵家の役に立ってもらいたいのだから、軽はずみな行動されると困る。生きろ」


「は、はい! せめて所長に一泡吹かせるまでは、頑張ります!」


 ふむ。

 どうやらトレヴは魔道具研究所の所長に恨みを抱いてるようだな。命令されて実験台をやらされたのであれば、それも納得だ。


「ところで、大丈夫、というのは?」


「あ、はい。ミュリエル様は例の『サイエロ』の支配が解けたら」


「略称にそこはかとない憎しみを感じる」


「失礼致しました。『サイレント・エロキューション』の支配が解けた後、混乱しませんでしたでしょうか」


 、とトレヴは言った。

 サイレント・エロキューション……ああもう面倒だからサイエロでいいや。サイエロに関しては認証登録をすれば受け主が一方的に情報を受信できると聞いたのだが。


「支配とはなんだ? 受け主の認証登録、ではないのか?」


「言語情報だけを受け取るならそうです。ですが、もう一段上の……サイエロの持ち主に脳が使役されてしまう状態がありまして、それを『支配』と呼んでいます」


「そうなると、どう変化する?」


「自分の理性や倫理観などがすべて吹っ飛んでしまいます。そして、魔道具の所持者の存在が絶対になってしまう」


「……支配される条件は判明しているのか?」


 ミュリエルのことに関して答えずに、逆質問を返した。単に、俺が言いたくなかっただけだが。

 するとトレヴは少しだけ考えるようにうつむく。


「……そのあたりは、よくわかっておりません」


 仕方ないな。もともと他国の秘宝、ボワルセル王家の者なら詳しく知ってるかもしれないが、全員断頭台の露になっちゃったし。


「要は、トレヴは自分が支配されたと確信しているんだな」


「それはもちろんです! 『ありがとう、君のおかげで研究が捗るよ。きっと悪いようにはしない、君を婚約者候補に立ててもいい』などと甘い言葉を囁かれてその気になった私を好きに扱っただけじゃなくパーティーでいろんな男性に奉仕させた後にあることないこと噂を撒き散らして居場所をなくして追放されましてもう恨み晴らさでおくべきかなんて誓いを自分の中に』


 めっちゃ早口。というかパーティーって……いわゆる乱とか交とか性の宴、的なアレかな。そりゃ経験人数両手両足三人分余裕です、となるわな。


『そうまでされてはよく病まなかったな……」


「そうですねえ……自分でも不思議なんですが、支配されていたときに自分の身におきたことの記憶が、なんだか他人事のように思えました。客観的な視点から見ているような……」


「……」


「本当にあれは自分の記憶なのか、とすら思うこともあります。だからさほど病まなかったなのかもしれません」


 これが『ブレイン・クラッシャー』の由来なのだろうな。まあいずれにしても、トレヴにはいろいろ助けてもらうことになりそうだ。


 そして、『支配』される条件もおぼろげながら見えた気がする。

 おそらく、ミュリエルは──

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