出産までの

 ま、ブレニムが勝手に語ってくれる分にはいいや、適当に相槌打ちながら情報を引き出そう。


「もともと『サイレント・エロキューション』は、戦場で司令官の軍令などを伝達するために使われていたものなのですが」


「なるほど……ボワルセル王国の軍隊があれほど統率のとれた動きを見せた、その理由がこの魔法具ですか。手ごわいわけだ」


「その通りです。ですが、それ以外にも卑劣な使い道がございまして」


「卑劣……?」


「はい。この魔道具は一方通行です。受け主を認証登録すれば、持ち主が直接脳内に語り掛けることができるようになってます」


「ふむ、(ファミチキください)、(こいつ直接脳内に……!)みたいなアレか」


「ファミチキ?」


「ああすまない、ひとりごとだ。で?」


「あ、はい。で、その脳内に語り掛ける際、必要以上に脳を刺激してしまうらしく、繰り返し使うと人間の快楽を引き出すことも可能らしいのです」


「……」


 なるほど。要は直接脳内にアクセスするときに、脳の性感帯を愛撫するようなイメージか。エロキューションじゃなくてエロ急所じゃねえか。ASMRというやつと一緒だな。

 確かにあれは脳にクる、聴き続けていたら廃人になるレベルで。


「人間の脳には本能をつかさどる部分と理性をつかさどる部分がある、と言われています。この魔法具によって本能をつかさどる部分が究極の刺激を受けてしまうと、いわゆる本能に沿った行動を止められなくなるようで」


「……それを、実験で確かめたと?」


「はい。研究員の女性一人が実験台になった結果、それまで貞操をかたくなに守っていたその女性が、一か月も経たないうちに両手両足三人分の経験人数を得るまでに性長しました」


「一日に三名以上か……乾く間もなさそうだな」


「結果、研究員の仕事を行うこともできなくなり、おととい解雇されました。新しい命を宿していると聞きましたが、今後どうするつもりやら……」


 それ、性長というより、ただのおビッチ様に落ちぶれただけじゃねえの。というか、尊い研究の犠牲者なのだから、それくらい研究所で面倒見てやれよ。


 しかし貴重な情報だった。王家にかかわること以外、ブレニムの口は軽そう。


 で、今の話から推測するに。


「ひょっとすると、その魔道具を、ジェベルが譲り受けて所持していた……ということだったりするのか?」


「その通りでございます。次に戦争が勃発した際には、おそらくは侯爵子息様が軍を率いることになるだろうということで、現侯爵様が直々にお渡しになったと」


「あー、確かに……十年間の停戦合意、だからなあ」


 まあ、ジェベルがそれを悪用したのは間違いない。つまりあいつは魔法具の性能を知っていた、ということになるな。使ってるうちにたまたま気づいただけとしても、不具合といっても差し支えない事項のほうを。


 それでも今やジェベルはサオなし。物理的快楽を与えるのが指と口以外で無理ならば、魔道具の人をダメにする二次被害に関しては無視してもいい……のか?

 自分が絶頂できないのにパートナーが快楽でもだえ苦しむのを見るのは、ある意味生殺しだしな。



 ―・―・―・―・―・―・―



 とりあえず、妊娠がわかってから、ミュリエルは公爵家内で今まで以上に過保護に扱われるようになった。現公爵家当主から『いたわれ』と言われれば従わざるを得ないよ、そりゃ。


「……具合は、どうです?」


 つわりというものなのだろうか、昼過ぎの少し暑い時間帯、調子悪そうにベッドに横たわるミュリエルに建前の言葉を投げる。


「ご心配ありがとうございます。少し気分がすぐれませんが、このまま貴方がそばにいてくれるならば、すぐよくなりそうです」


 建前の言葉には、建前しか返ってこない。それは当然だ。それが貴族の日常だ。

 期待しすぎてはいけない。


「そうか。無理だけはしないでくれよ」


「ええ、もちろんです。将来の公爵家を背負う命が、ここにあるのですから」


「……ああ。だが、男児だとは限らないぞ」


 むしろ、男児じゃなくていい。女児ならば、再度子作りをせねばならない制約はあるにせよ、少なくともジェベルの種である可能性はゼロになる。


「いいえ、きっと男の子だと思いますわ。きっと」


 しかし、俺の心の中を読んだうえであてこするように、ミュリエルはそう言い切った。


「……そうか」


「はい。わたしは、正直ほっとしています」


「……? なにをだ?」


「自分の役目を果たせることができて」


「……」


「無事、跡取りを産むことができれば、わたしがこの世に生を受けた意味があったんだと、わたし自身が思えるようになるでしょうから」


 なんとも深い意味がこもっているミュリエルの言葉だ。

 いや、深い意味がある、と俺が思いたいだけなのかもしれないが。


「無事子供を出産して、それが男児だったら、きみは──」


 ──役目を果たしたとばかりに、俺たちを見捨てて、公爵家を出て行ってしまうのかい?


 だから、こう深読みして、最後まで危うく口に出しそうになって、思いとどまる。

 おかげで、ミュリエルは微妙に違う意味にとってくれたようだ。


「はい、もちろん全力で愛し、育てます。将来、立派な公爵になれるように」


「……そうか。ならいい」


「はい」


「まあ、今はまず無理をしないことだ。何かあったら、侍女にすぐ言うように」


 子供に向ける愛情の何分の一が俺のほうへと回ってくるのだろう、なんて真っ先に思ってしまった俺は、何かを飲み込むように、目の前で横たわるミュリエルの手を優しく握った。


「……はい。少し、休んでもいいですか」


「ああ」


 安心しきったように目を閉じるミュリエルは、すぐに寝息を立て始める。


 ミュリエルが発する言葉など、どこまでが本気で、どこまでが嘘なのか。

 自分の妻となった今でも、俺には分からないのだ。


 ──握る手に力を込めて、いっそ壊してもいいか?

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