誰のため、なんのため

 ミュリエルを六月の花嫁として公爵家へ迎え入れてから一カ月半が過ぎ。


「ご懐妊、のようですね」


 ここ最近ミュリエルの具合が良くなかったのでブレニム医師に診てもらったら、状態についてそう告げられた。


 もしもあの初夜で的中したのであれば、百発百中のまさしく理想の種馬なのだが。


「……ブレニム医師」


「なんでしょう?」


「出産予定日は……いつくらいになりそうだろうか」


「……なんとも申し上げられません。来年の春が来る前、くらいかと」


 割とあいまいにブレニムに尋ね、あいまいに答えられる。だが、種がヒットしてから出産までは、およそ十か月くらいとは聞いている。

 初夜の子作りがヒットしたとすれば、出産予定日はだいたい春を迎えて三月から四月、というところになるだろうが、どうやらそれよりも前になるだろう、とブレニムが言っていることは理解した。


「……つまり」


「小公爵様、それ以上はいけません」


「……」


「私の立場から、それを認めるわけにいきませんので。これでもいちおう王宮医ですから」


 あれから王女の様子を診察してもらうため、ブレニムを呼び寄せ何度か話をした。おかげで多少打ち解けられたとは思うのだが、意外とこの男義理堅い。王族を下げるような発言はできないということか。


 確かに誰が訊いているのかわからない。濁して聞くべきなのだろう。

 ブレニム相手なら理解してくれるはず。


「……そうでない可能性は」


「もちろんありえます。個人差もあるでしょうし、早まることも遅くなることも。生命ってのは、一概にはまとめられないものです」


「……そうか」


「私としては、この国のため、王家のため、無事に産まれてくることを願うだけですよ。愛らしい子だといいですね」


 このブレニムという男、あくまで忠誠は王家にあることを崩さない。うまくかわされたと言えなくもないが、信用できる男だと言っていいだろう。


 まあ、あとは侯爵家の種馬の被害に遭った仲間、という部分で同情を引き、仲間意識を強くするべきか。純粋な行為だけで友人関係などは成り立たないのだから。


 …………


 こんなことを考えてしまうあたり、貴族の思考回路にどっぷりとハマってるな、俺も。

 どのみち、王女を丁重にあつかわなければ、公爵家は立ち行かなくなる。割り切れないのは俺の気持ちだけなのだ。どちらが重いことなのかは明らか。


「まあ、王女ミュリエルの記憶が戻らなければ、いいんだがな」


 俺が犠牲になれば丸く収まる。が、傷は少ないほうがいい。そんな気持ちで弱音を吐いてしまった。


「……」


「どうした、ブレニム医師?」


「ちょっと、アズウェル様にお訊きしたいことがあるのですが……お許し願えますか?」


「あ、ああ、かまわない」


 だが、俺の言葉に同意も否定もせず、ブレニムは真剣な色を帯びた目を向けてくる。少しひるんだ。


「王女殿下とアズウェル様は、幼いころから面識がございましたのですよね?」


「それはまあ……これでも公爵家の嫡男だから」


「ご婚約が決まったのは?」


「私が十五歳、ミュリエルが十三歳のときだが……」


 ちなみにこの国は十五歳で成人と認められる。俺が成人したことで次の公爵と王家に認められ、そのうえでの婚約決定だった。


「それまでの王女殿下との仲は、険悪なものでしたか?」


「……いや、少なくとも私は、そうは思っていない」


 小さい頃の俺は、二つ年下のミュリエルを妹みたいにかわいがっていたし、ミュリエルのほうもよくなついてくれていた。そこに恋愛感情というものはなかったかもしれないが、思わず皮肉めいた笑いが出てしまうな。


「では……傷をえぐるような質問で誠に申し訳ありませんが、ゲイロード侯爵子息が王女殿下の専属護衛騎士になったのは、いつ頃でしたでしょう」


「……ミュリエルが成人の儀を終えてからだから、二年ほど前のことだ」


「それで、王女殿下の態度が豹変されたのは、いつくらいからなのですか?」


「記憶にある限りでは、一年ほど……前だな。露骨に態度に出るようになったのは。ゴンドワナ大戦の停戦条約が締結され、少し経ってからだ」


 そういわれてみると。

 ミュリエルが俺に対して嫌悪感を前面に出すようになったのは、些細なことで言い争いをした一年前のあの時からではあるが……その前の様子は大戦に対する不安はあれど、強く当たられたことはない。確かに豹変といっていいくらいだ。


 ミュリエルは、昔から『お姫様』であった。よく言えば夢見る王女、悪く言えば特にとりえのない美しいだけの王女。


 ──きっと、素敵な殿方が、私を迎えに来てくれる。そう願うような。


 王女として生を受け、自分の思い通りの婚姻など不可能だと頭ではわかっていたとしても、それを運命だと受け入れるのもおもしろくない。

 そんな思いが心のどこかにあって、自分の恋心に素直になれば。


 俺という婚約者がいながら、いつもそばで自分を守ってくれるジェベルと禁断の恋に落ちることを止められなかった。それだけの話なのかもしれない。


 まあ、ジェベルはそのころ、将来を期待された若手騎士で。

 ゴンドワナ大戦も、隣国のボワルセル王国がエデンブルグへと攻め込んできて激しい戦いが繰り広げられていた時だったから、王族の守りはかなり重要なポストだった。

 事実、あと少しで王城をめぐる攻防になるほどにまで、エデンブルグは追いつめられていたのだから。


 だが、攻め入るボワルセル王国軍を命を惜しまぬ大胆な戦術で押し返し、逆に滅ぼすことができたのは、間違いなく軍を率いたゲイロード家の力あってこそなのだ。

 だからこそ、王もその後のジェベルの乱行を見て見ぬふりしてたように思える。


 仕方ない、と自分をむりやり納得させるような考えしか浮かばない。そりゃ表情もむなしくなるってもんだ。

 そんな俺に、ブレニムは丁重にも頭を下げてくる。


「お辛いことを語らせてしまい、申し訳ございませんでした」


「……いや、構わない」


「おわびに、面白い情報をお伝えします。ボワルセル王国に勝利した際、戦利品として手に入れたボワルセル王家の秘宝がゲイロード家へ下賜されたことは、アズウェル様もご存じでいらっしゃいますよね?」


「ああ、確か『サイレント・エロキューション』と呼ばれる魔法石、だったか。離れている人間に言葉を伝達できる通信用魔法具、と聞いたことがある」


「はい。その魔法石は二つありまして、有事の際の備えとして一つはゲイロード家へ、もう一つは魔法具研究所で詳しい性能などを研究されていたのですが……これに関して面白いことが分かりまして」


「おもしろいこと?」


「はい。今、その魔法石は研究所の中では『ブレイン・クラッシャー』などと呼ばれている始末です」


 なんだその物騒なようなそうでもないような通称。脳破壊できるような魔法具ってことなん? そんな魔法具使わなくても、脳破壊だけだったら恋人のNTRビデオレターとか送れば一発じゃん。


 というか、守秘義務どこ行った?

 俺の中でブレニムに対する信頼度が少しダウンしたぞ。王家以外はどうでもいいんか。

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