それぞれの思惑

 王女が退院してから三日後。

 俺はエーゲンドルク公爵家当主である父、フォルリ・エーゲンドルクに呼び出されていた。父も俺と同じ赤毛で、その卓越した財務処理能力から『レッドゴッド』なんて二つ名で呼ばれている。なんかまさしく種牡馬風味だな、異世界貴族ってやつは。


 ちなみに王族が持つのは金色の髪と瞳。父か母どちらかが王族の場合、その子は必ず金髪になるらしい。まあ顕性遺伝ということなんだろう。

 ただ、王族の血が薄まっていくと、当然ながら金髪が生まれる可能性は下がっていく。なので、王族から派生した公爵家は、定期的に王家の血を取り入れていかねばならない、という王国法があるのだ。


 裏を返せば、金髪でない公爵家当主ってのは肩身が狭い、ということでもある。エーゲンドルク家はわりと長い歴史をもつ由緒正しい家柄なのだが、公爵家の序列が低い理由もこれにつきる。

 そのぶん、個人の有能さで何とかなっているにすぎない。


「……ところで、アズウェル」


「なんでしょうか、父上」


「王家のほうから、王女との婚姻を早めてほしい、と、要望という名の命令があったのだが」


「……は?」


「一月後に式を挙げろと。調整は王家のほうでやるそうだ」


「はああああ!? 本来なら来年の建国祭に合わせた日程で式を挙げる予定だったじゃないですか。なぜそんなに急かすんですか、陛下は」


「……さあな。ただ、王女の記憶が戻って面倒なことになる前に既成事実を作りたいだけかもしれん。一度式を挙げてしまって、王女の記憶が戻ろうと何もできなくするために。国賓も招くとなれば、他国にも王女の婚姻が知れ渡ることになるだろうから」


「……はあ」


 なんということだ。まさしく産業廃棄物を処理する廃品回収業者だわ、公爵家が。さすがに表立って話を広める命知らずはいないにしても、人の口に戸は立てられないわけで、王女が浮気しているという噂で酒場が盛り上がってる可能性が高いのは明らか。

 だから少しでも早く結婚させてみんなを黙らせたい、ってわけね。しかしもう手遅れじゃないかな、エルバジェ伯とかブレニム医師ですら知ってるんだから。


 ……とは思っても、父上は『要望という名の命令』と言ってきたわけだから、そう従わざるを得ないってことなんだろう。


 みんな寄ってたかって、そうまでして俺の足かせを増やさなくてもいいのに。

 いじめかよ。


 了承するしかないなんて、俺の転生ライフ、まるで選択肢のないテキストアドベンチャーみたいだ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうして、王家からの要望があった日からピッタリ一か月後、無駄に派手……いや、予想以上に大掛かりな結婚式披露宴が執り行われた。


 ゴンドワナ大戦後に友好条約を結んだすべての国から、王や皇帝の名代として王太子とか皇太子とかがきちゃったもんだからそりゃもう大騒ぎよ。たかが落ち目の公爵家嫡男と、美しいだけで特に秀でた才能がない第三王女の結婚だよ? なんで? 

 無駄に民からの税を浪費している気がして、式のあいだじゅうずっと心苦しかった。あいさつ回りにも気を遣うしさあ。


 ま、もしも王女との結婚生活が破綻して公爵家没落とかになったら、顔が広いほうが他国に亡命しやすいかもしれない、とポジティブに考えておこう。


「この日を……待ちわびておりました。これからは未来の公爵夫人として、誠心誠意エーゲンドルク家とアズウェルのために尽くします」


 そしてなんかが憑依したレベルの変わり身を見せたミュリエル王女は、そんな殊勝なセリフを式の途中で口にした。

 おいおい、そんなこと口に出しちゃっていいの? 言質とられるよ? 記憶が戻っても身動き取れなくなるよ? だいいち王女は口に出されるほうだったんじゃないの?


 ……ま、自分で自分の首を絞めるだけならいいか。アソコの締まりは期待できなくともさ。


 ちなみに、その後の初夜は、かなりの黒歴史だったので割愛したい。あと、やっぱり王女の純潔は誰かの手によって散らされていた模様。


 期待してなかったからいいけどね。ほんとだよ。


 ほんとだってば。

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