記憶の行方
「……善処しておこう」
というわけでところかわって王宮。
さっそく陛下に『ゲイロード家の養子縁組を簡単に認めないでほしい』旨をお願いしに来たのだが、とてもあてにならないお言葉をいただいた。
王女の浮気を知っていながら咎めなかった後ろめたさからもう少し色いい返事が訊けるかと思ったが、やはり一国の王である。そんなに甘くない。
確かにゲイロード家の現当主は騎士団団長などという役職に就いていて、国防のかなめともいえる人物。ないがしろにはできるわけもない。
俺の父でもあるエーゲンドルク公爵家現当主は財務長官という、これもかなりえらい役職に就いているんだけど、有事における発言力はだいぶ開きがある。
「だが、余が何もしなくとも、ゲイロード家はかなり苦しい状況に置かれていることは間違いないぞ」
不満げな態度の俺をなだめるかのように、陛下は言葉を続けた。
「……そうなのですか?」
「うむ。先のゴンドワナ大戦で、ゲイロード家の分家子息はことごとく戦死したからな」
「ああ……」
ゴンドワナ大戦。
このエデンブルグ王国とその周辺国をすべて巻き込んだ、十数年にもわたる大規模な世界大戦のことだ。ゲイロード家はもともとが武力の優れた一族、ノブレスオブリージュを立派に果たしたともいえるが、その代償も大きかったってわけね。
だからこそ、あちこちに種をばらまくジェベルのようなタンポポ野郎を放置してたってところもあるのかもな。
「しかし、こうなってしまっては、侯爵も必死になって息子の血を引いた者を探し出すであろう。本気で探せば五、六人くらいすぐに見つかるやもしれぬ」
「……陛下。それはさすがに、家督争いが激化する要因になりませんか? 下手すれば国が割れますよ?」
「……」
「……」
内戦だけはマジ勘弁。不毛すぎる。
「ま、まあエーゲンドルク家には直接関係ないことだ! こうなってしまった以上、ミュリエルの嫁ぎ先も小公爵のところ以外にないからの! よろしく頼むぞ!」
「……御意」
なんか陛下の言い方が引っかかるな。産業廃棄物を引き取る廃品回収業者になった気分。自分に言い聞かせて心を鎮めよう。
お家存続のため、お家存続のため。
―・―・―・―・―・―・―
「……もう、健康上の問題はなさそうですね」
事件から一か月ほど経過し。
ミュリエル王女は奇跡的な回復力を見せ、ブレニム医師のお墨付きも貰い、無事医療施設から解放されることとなる。
見舞いのたびに削られる俺のSAN値が尽きる前に全快してよかった。まあ、結婚したらしたでさらにゴリゴリとSAN値が削られる生活になるだろうけど、現実から目をそらせば大丈夫、たぶん。
「ミュリエル王女殿下、ご快復おめでとうございます」
「ありがとう存じます。すべては、心細かった私を誠心誠意励ましてくださったアズウェルのおかげですわ」
「いえ、そんなことは……これもひとえに王女殿下の徳というものでしょう」
「アズウェル……なぜ、ミュアと呼んでくださりませんの?」
「……」
「私は、あなたに『ミュア』と呼んでほしいのに」
あー困った。
お見舞いに行くうちに、いつの間にか『婚約者なのだから他人行儀はやめましょう』とか言われて、愛称呼びを強制されてしまったんだよなあ。半力で拒否したのに。
心から愛する人なら──いや、心の三分の一でも愛することができれば、そのくらいの条件は飲んでもいいんだよ?
だけどさあ。
「……俺でいいんですか? ジェベルに、ではなくて?」
こんなわだかまりがあるうちは、愛称なんて呼べるわけないじゃない。
全快するまで待とう、と思って聞くのを控えていたけど、さすがにもう聞いてもいいよな。ちょっとだけ厭味ったらしく聞こえるのも好都合だ。
「ジェベル……?」
事故に遭う前のことではあるが、愛のない婚約者に対して、隠そうともせずあれほどまでに怒りや憎しみを向けていたんだからな。
その性質は今でも変わることはないだろう。
「どなたですか、その方は? 名前を存じ上げませんが……」
「……本気で言ってます?」
「私、嘘は苦手です。本当に存じ上げません」
「……ジェベル・ゲイロード侯爵子息。事故に遭う前の王女殿下の恋人の名前……だと言ったらどうします?」
「そんなわけありませんわ! 私のお慕いする殿方はアズウェルただ一人です。婚約の儀を交わしたあの日から、ずっと……」
「……」
拍子抜け。目を見ればだいたいわかる、どうやら嘘をついているわけではないようだ。でも記憶の改ざんっぷりがあまりにも都合よすぎない?
ほんと、神のいたずらにもほどがあるよ。
それでも、不安は募るばかりだ。これだけきれいさっぱり記憶が飛んでると、結婚したあとにふとしたはずみであっさりと記憶が戻ることもあるように思えて。
そして、もし記憶が戻ってしまったら、きっと王女は……
ああ、やっぱ現実から目をそらしても未来が暗いわ。
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