これからどうするべきか

 さて、今日も今日とて、婚約者としての務めを果たさなければならない。


 まず最優先は、ミュリエル王女のお見舞いだ。

 ワープで移動すると従者を連れていけないのが欠点だが、特に誰かに襲われる可能性があるわけでもないので問題ない。


 しかし、正直に言うと、王女のお見舞いに行くのは気が重かった。


「……王女殿下、体調はいかがですか」


「アズウェル様のお顔を目にすれば、病魔もどこかへ去ってしまいますわ。お気遣いありがとう存じます」


 いちいち見舞いに行くたび、金色の瞳をキラキラ輝かせてこんなゲロ甘なセリフを吐くんだよ。俺のSAN値減少待ったなし。

 おまけに、事故前はジェベルのやつとこんなクッソアマアマなやりとりしてたのかとか余計なことを考えると、心の中に悪魔が降臨しそうだ。いまだに痛々しい王女の姿があるから、なんとか闇落ちしないですんでいる。


 しかし、冷静に考えてみれば、こうなる前は王女殿下と目を合わせて会話することがなかったように思う。王族の特徴である金色の髪と瞳がこれほどまでに美しいとは。

 このくらいの美しさを持つ王女なら、たとえ性格が多少ねじ曲がっていようが浮気しようが許してしまう男性も多いだろう。


 まあ実際、王女を娶らないとお家存続の危機を迎えてしまう俺としては、王女のおイタを許す以外の選択肢はないわけだが。


「婚約者に社交辞令など不要ですよ、王女殿下。こんな醜い赤毛の男など、王女殿下の金色こんじきの美しさの前では、ひとえに風の前の塵に同じです」


「そんなことはありません! アズウェル様の濃紺の瞳は吸い込まれそうなくらいに魅力的で、その瞳になら私のすべてを晒してもいいとさえ思ってしまうのですから」


「……」


 全てを晒すってなんだ。いやなんだかわかるよな、事故に遭った時の状況が状況だし。

 視察と称して乗り込んだ馬車の中でオーラルパラダイス真っサカりとか、異世界の伊藤博文かよおまえらは。というかこの世界でも尺八技法があったことに驚きだったわ。くさそう。

(※伊藤博文は女遊びが激しかったことで有名)


 つまり、この一連の流れからして、王女は間違いなくこの世界のビッチなんだろうなあ……それともヘラっちゃってるほうか。



 ―・―・―・―・―・―・―



 王女殿下と会話してると、いろいろ複雑な感情が生まれてきて俺もヘラっちゃいそうだったので、適当に言い訳して切り上げてきた。

 いちおう世間に向けて『仲のいい婚約者同士』をアピールすることで、醜聞を防ぐ意味しかないんだけど、俺にとっちゃほんと拷問だよ。


 王女殿下がどこまで本心であのセリフを言ってるのかすらもわからないのも厄介ではある。が、とりあえず王女が回復するまではこの日常を繰り返さねばなるまい。


 滅入りそうな気持ちに鞭を入れ、医療施設を出ようと思ったら、入口のほうから見知った銀髪の紳士が歩いてくるのが見えた。


「……エルバジェ伯、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


「アズウェル様! いやあ、アズウェル様に教えていただいた『エフェドラ』という薬草がとてもよく効きましてな、おかげさまでつつがなく過ごせております。感謝の念に堪えません」


「いえいえ、こちらこそ今回の件で本当にお世話になりっぱなしで……」


 この銀髪の長身紳士こそ、このあたり一帯を治めているラーイ・エルバジェ伯爵その人である。人格者で領民の信も篤い『いい貴族』なのだがいかんせん身体が弱く、いわゆる喘息みたいな持病を持っているのだ。

 なので前世の知識チートでそれに効く薬草を教えてあげただけだったりする。この世界にも『麻黄マオウ』という生薬もどきがあったのには驚いたよ、ここじゃ雑草扱いだったけど。


 伯爵自身が持病に苦しんでいたから医療施設が領内で発展した、っていうのは怪我の功名ってやつかな。おかげで助かったようなそうでないような。


「何をおっしゃいますか、公爵家の皆様から受けた恩、この程度で返せるわけもありません。ところで今日は王女殿下の……」


「ああ、はい。ですがそれも終わりましたので、そろそろおいとましようかと考えていたところです。エルバジェ伯は、施設の視察に?」


「ああ、いえ……これから、ゲイロード侯爵様が直々にこちらまで足を運ばれるようでして……」


「……」


 ああそうか。当然ながら、ジェベルのサオなしもここで静養してるんだったわ。王族以外が使える医療施設でここよりいいところは国内にないから、それも当然ではある。

 だが伯爵が気を遣ってくれたのか、やつは違う棟で静養してるので関係者と顔を合わせることはなかった。


「ジェベルはもう回復したんですか? 男根、あ、いや、断根以外は」


「そうですね……患部の状態が悪化さえしなければ、命の危険はありませんでしたから。次世代の命は危険どころか生まれてすらこなさそうですけどな、はっはっは」


 そこでわざとらしくウインクをしてくるあたり、この伯爵もお茶目さんである。やはり事情はすべて把握してるな。


「違いないですね、ははっ」


「子息がああなってしまっても、侯爵家ともなればうかつに養子をとってあとつぎにするわけにもいきませんしなあ、これからが大変かと存じます。無事養子のめどが立っても、王の許しが出るかどうかという問題もありますし……」


「確かに」


「まあ、どうなるかは神のみぞ知る、ですな。念のためブレニムが噛みちぎられたモノを酒精に漬けて保管しているようですが、おそらくもう使い物になりませんでしょう。仮に接合できても、侯爵子息が立って用を足せる、程度にしかなりませんな」


「カリだけに」


「は?」


「あ、戯言です。それを聞いて安心しました」


 ジェベルのフランクフルト酒かー! 精力アップに役立ちそうだが、もしそんなのがあっても絶対飲みたくない。

 あと、伯爵の言葉通りなら、もうジェベルは表舞台から退場確定だな。ついでに、ゲイロード侯爵家に迎えられた養子が家督相続することを認めないよう、陛下に頼んでおこうっと。


 探せばどこかにジェベルの血を引いた子供がいそうなのが、ちょっと怖いけどね。

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