MDB(まるで別人)な王女殿下
「陛下! 王女殿下の意識が戻ったという報が!」
俺が悪い笑顔を浮かべていると、いきなりあわただしくそのような報告がやってきた。いかんいかん、気を引き締めねば。
「なんと! まことか?」
「はっ。ただ、困ったことに……記憶が一部、欠落している様子で」
「記憶の……欠落?」
「なんと!?」
とんでもない情報である。
一部の記憶、ということは自分の名前とか出自とかをきれいさっぱり忘れてしまったわけじゃなさそうだが。だいたいこういうのって、自分が常日頃から『忘れたい』って思ってることを忘れるんだよな。
…………
つまり、王女は俺のことを忘れてるんじゃないの、これ?
俺が婚約者だっていう事実から逃れたいがために、王女っていう立場なのに人目を忍んでジェベルとイチャイチャしてたわけだからさあ。
となると当然、婚約も白紙になって、公爵家存続危機の可能性がストップ高に……
「……陛下。私はエルバジェ領へ向かわせていただきます」
「うむ、余の代わりに頼んだぞ」
とりあえずこうしてはいられない。『王女殿下に会ってきてもいいですか』と間接的なお伺いを立て、許しが出たのでこのまま向かうことにする。
エルバジェ領まで、馬車だとおよそ一刻……か。まあ比較的近いんだけど、時間ももう遅いし、ここはワープの魔法を使って向かうことにしよう。
こんな状況じゃないと、転生ボーナスで得たチートを使う機会がない。
―・―・―・―・―・―・―
というわけで、はやる気持ちを抑えながら、俺はエルバジェ領内の医療施設に足を踏み入れた。
「これはこれはエーゲンドルク公爵子息様、このような時間にお越しいただき……」
「挨拶は不要です。ところで王女殿下の様子は? 記憶が一部欠落してると聞いたのですが……」
医療施設の責任者からのあいさつなど鬱陶しいだけだ。今は王女殿下の容態だけを知りたい。
「は、はっ。ま、まことに申し上げにくいのですが……」
「……やはり、か」
俺と王女は、いちおう爵位的な理由もあって大々的に婚約発表などしたもんだから、平民も含め王国内で知らない人間などいないはず。
施設責任者が言いよどむということは、やはり婚約者である俺のことを忘れているに違いない。最悪の状況である。
「王女殿下は、自分の出自などは記憶に残っているのでしょう?」
「は、はい。そして、公爵子息に大変、会いたがっておられました……」
「…………は?」
予想外どころか、大気圏外の答えに思わず歩みを止めてしまう。
「どういうことです……? 王女殿下は、私のことをきれいさっぱり忘れてしまったわけじゃないのですか?」
「い、いえ、違うのです。事故に遭われるまでの直近の記憶が、全く残っておられないようで……あ、な、なにかお気に障ることがありましたでしょうか……」
「……そうではありません。気を遣わせてしまいました」
「な、ならいいのですが」
とんでもなく怖い顔になっていた自覚はある。ごめんね、と心の中でつぶやいたのち、俺は王女殿下が静養している部屋へ案内された。
すぐに、ベッドに横たわる傷だらけのミュリエル王女と、目が合う。
今まではただただ憎たらしく思えてた王女ではあるが、ベッドの上の王女はただただ痛々しくて。
「王女殿下……ご無事で何より、です」
無意識に膝をついてしまい、社交辞令とは思えない言葉が口から出てしまった。
すると、ミュリエル王女はこれ以上ないくらいに目尻を下げ。
「ああ、アズウェル様……誰よりもあなたに会いたかった。私の、いとしい人……」
心底嬉しそうに、そうのたまったのだ。
はぁぁぁぁ!?
なんじゃそりゃ、俺が知ってる王女とまったくの別人28号だよこれ!
だいいち俺と会うときなんか、これ以上あがらないってくらいにいつも目尻をあげたきつい目をして、心底忌み嫌う男を見るような感じだったのに!
てことは……忘れたのは、ジェベルの現・サオなし野郎と浮気してた期間の記憶なのか?
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