45 姉への告白①

 叶歩は、自室でぺたりと座り込んで、ビーズクッションを抱えている。抱き心地の良い編み地に顔をうずめながら、もそもそと頭を揺らすと、彼女の質の良い髪がつぶれてぺたんこになる。

 そうして落ち着かない素振りを見せる叶歩は、壁にかかった時計を定期的に、ちらちらと気にしていた。


「……大丈夫?」

「なっ、なにが!?」

「その不安そうな態度が、だよ」


 陽菜乃が声を掛けると、叶歩は微妙に痛そうな表情で俯いた。

 叶歩はこれから、自分が神様と交わした契約のことについて、姉の美咲さんに打ち明けるつもりらしい。美咲さんは今日バイトがあるから、帰ってくるまであと一時間ほどかかる。叶歩はそれまでの間に、どのようにして秘密を姉に告白するのか、考えているのだろう。


 陽菜乃はそんなふうに悩む叶歩を、切ない瞳の中に映す。


 叶歩の痛みに、敏感になりたい。

 きっと叶歩は、美咲さんに打ち明けて、何かが変わってしまうのが怖いのだろう。

 事情を何も知らない美咲さんが、叶歩の言い分をすっと信じてくれるのかすらも、怪しい。

 この告白は、叶歩がスカッとケリをつけるためにも、きっと重要な儀式になるのだ。


「まだ一時間くらいあるから、練習とかしたいな」

「そうだな。叶歩が満足できるように──」


 陽菜乃がそう言いかけた時、「がちゃん」という音が玄関から響いた。その数秒後に扉の開く音が聞こえたのだから、叶歩は瞳孔を広くさせた。

「えっ……」

 陽菜乃はドキッとした。叶歩の話によれば、美咲さんは今日は帰りが遅くて、同居人も他にはいないのだから、この家の玄関が開くはずは、ない。

 そのはずなのに、玄関から「ただいまぁ」と、聞き覚えのある声が響き渡る。



「……おねえちゃん、おかえり」

「お、おじゃましてます」

「あ、陽菜乃ちゃんどうも。今日は泊まってくんだっけ?」

 陽菜乃は「はい」と言って叶歩のほうをちらりと見る。ちょっとだけびくびく震えて、落ち着かない様子だった。

 そんな叶歩を見て、美咲さんは「どした?」と肩を叩く。

「そ、その、帰りがいつもより早いな、って」

 それを聞いた美咲はきょとんとして「たまたま早上がりだっただけだけど、なんか邪魔しちゃった?」と呟く。

「ち、ちがうよ!ただ気になっただけだって」

 叶歩は顔を押さえて、リビングへと逃げてしまった。


 陽菜乃は、叶歩の隣に黙って座る。

「……大丈夫?伝えられそうか?もしアレならまた明日でも──」

「ううん、大丈夫。時間は大切にしたいの。ボク、がんばるから」

 叶歩は少しだけ汗のこびりついた手を震わせ、立ち上がる。


「えっと……おねえちゃん。大事な話があるから、来てくれる?」

「……どしたの?」


 叶歩はそんな姉を見て「いいから」と催促する。

 美咲さんは、完全にきょとん、としてしまった。

 しどろもどろになってしまう叶歩と、困惑する美咲。

 自分がどうにかしなければいけない。陽菜乃はこの空気を目の当たりにして、そう感じる。


「あのっ、美咲さん」

 陽菜乃は、二人の間に割って入った。迷子のような顔をする叶歩を放っておけなかったのだ。

「叶歩の話、聞いてあげてください」

 それを聞いた美咲さんは、叶歩がいつもと違う深刻な空気を放っているのを察し、「じゃ、座ろっか」とだけ呟いた。


 どこか湿った空気になった部屋の中で、叶歩がいきなり切り出す。

「いまから言うこと、きっと信じてくれないかもしれないけど──ボクはね、ほんとうは男なんだよ」

 その言葉を聞いて、美咲さんはやっぱり、きょとん顔になった。しばらく唸って「どゆこと?」と聞き返す。


「ボクと陽菜乃ちゃんは、もともと男だったの。黒いランドセルをしょって、一緒に学校に行ってたし、腕相撲の強さとかも競って盛り上がれた。なんでお姉ちゃんがそのことを思い出せなくなってるかというと、それは科学じゃ説明のつかない、不思議な力のせいなの。ともかく、ボクたちは女の子に変わる前も、最高の男友達だったし、お姉ちゃんもいまと同じようにボクのことを大事に育ててくれた。でも、それをお姉ちゃんは忘れてしまってるんだ」


 美咲は黙って、叶歩の“信じがたい話”を聞く。


「そしてね、ここからが本題なんだけど──ボクは、おかしいの。優しいお姉ちゃんがいて、隣に優しい親友がいて。それなのに、物足りないと思っちゃったの。」

 叶歩はそのまま、話し続ける。自分が女の子になりたかったこと。神様に出会ったこと。神様に頼み込んで、“最も大事な物”を失うのと引き換えにクラスメイト全員を女の子にしてしまったこと。そして、“最も大事な物”はおそらく命であり、その有効期限はこの夏一杯であること。


 ただひとつだけ、その契約を交わした理由が『陽菜乃と恋愛がしたかった』ことだということについては、叶歩は一言も話さず、ぼかした。自分の選択が陽菜乃のせいだ、と美咲に思われないように、配慮したのだろう。


 そんな叶歩の主張を最後まで聞いて、美咲は眉をびくびくと動かす。

「叶歩、自分がいま、どれだけ可笑おかしなことを言ってるのか、わかる?」


 叶歩は何も言わず、ゆっくり頷いた。

 その瞳にはほんの少しの罪悪感と、現実と向き合うまっすぐさがあった。


「そう。叶歩が言ってることは、とっても可笑しいことなんだよ。でもね……叶歩はいつも、嘘をつくとき足をばたばたさせるし、私と目を合わせようとしないんだ。それなのに今の叶歩は、そうしない。なんだか太い芯が通ってるように見えるの。叶歩の言うことが、嘘に聞こえないんだよ。どうして?」


 嘘じゃないからだよ、と叶歩がつぶやく。


 それを見た美咲さんは急に立ち上がる。そして、表情を見せないように踵を返し、

「ふたりとも、来て」

 とだけ、言い放って玄関へ向かった。


◆◆◆

(あとがき)

こんばんは。いろんな書き方を模索してたり、他のところで作品をあげてたりしていたら更新が遅れてしまいました。ゴメンナサイ。これからはまた定期的に更新していけたらなと思います。

連載ものは処女作というのもあっていろいろ安定しなかったりすることもありますが、なんとかブレイクスルーできるようにがんばります……


本題:いつも応援してくれるひと、ありがとね。励みになってます

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